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恐怖の対象たるもの

 翌朝、俺たちは市場へと出向いていた。

 昨日の段階でこの国の環境については調べたばかりだ。聖剣を渡しても問題ないほどの剣士を育成する施設も揃っている。

 マリセル共和国の問題もいくつかは確認されてはいるものの、聖剣を渡し、結果としてエルラトラムの脅威になるというわけでもない。この国の問題はこの国自体が解決するべきだろう。

 しかし、市場を歩いてみたが、特に変わった様子はない。

 昨日と同じく、市場では貿易が盛んに行われているようで多くの人が行き来しているぐらいだ。まぁここに来てからずっと監視されているのは変わっていないのだがな。


「……エレイン様、なにかわかりましたか?」

「いや、変わったところはないな」


 俺が剣聖ということで好奇の目を向けられるのは仕方ないとして、それ以外は変わった様子はない。


「昨日みてぇに黒髪の女が来たりとかしねぇのか?」

「どうだろうな。どちらにしろ、どういった目的で俺たちを監視しているのかはわからないままだ」

「はい。調べるとしてもあまり大げさなことはしたくありませんからね」


 俺から接触してみることも可能ではあるが、それで戦闘になったりするのは不本意だ。

 問題を解決することはあっても自ら問題を引き起こすのはそれこそ剣聖としての信頼が下がるかもしれない。

 それだけは避けたい。俺だけでなく、エルラトラム議会にも迷惑になるからな。


「まぁ市場では何も起きていないようだな。調べるところもなさそうだ」

「そうですね。次はどこに行かれますか?」

「この国の地図をみて気になったところがあってな。そこに向かうか」

「気になったところ、ですか?」


 その場所というのはこの国の裏手にある部分だ。

 この国は大きな谷底にある場所だ。片方を大きな門で閉ざしている。断崖を削り、徐々に国土を広げていった歴史があるそうだ。そして、その断崖も常に一定の高さを保っているわけでもない。

 その少し低くなった場所なら、乗り越えて国内へと入ることが可能となるかもしれない。

 地図で記された標高的には難しいと考えられるが、調べてみないとわからない。

 崖の形状によっては登れたりするからな。

 俺は地図でその気になる部分を指差すとリーリアが大きくうなずいた。


「わかりました。確かにここは怪しいですね」

「では行くか」


 俺はそう言ってその地図の場所へと向かうことにした。


 歩くこと数十分ほど、建物が徐々に少なくなっている。

 国土の拡大を続けているものの、人口が急激に増えるわけでもない。それに国土のすべてを住宅地にはしないだろう。

 おそらくこの場所は特殊な施設を作るために作られた土地にも見える。


「……」


 目を閉じ、気配へと集中する。

 俺たちと監視している連中の他に、二人ほどがこの区画のどこかにいるようだ。


 キャリンッ


 微かな金属が削れるような、それでいて聞き慣れた音が聞こえてくる。


「エレイン様、どこかで戦いが起きているようです」


 その音は一回だけでなく、何回も聞こえる。剣を交えた戦いをしているのだろう。


「行ってみるか?」

「ああ、訓練をしているだけならいいのだがな」


 それから俺たちは音の鳴っている方へと急いでいくことにした。

 進むに連れ、民家と呼ばれるものが少なくなり、次第に建築途中のまだ骨組みだけとなっている建物が多くなってくる。

 そして、建築途中もなくなにもない場所で二人の男が剣を向けあっていた。一方はかなりの傷を負っているようにも見える。


「おい、あいつらって……」

「ファデリード司令と市場で出会った男の人ですね」

「そうだな」


 当然ながら、どちらが優勢なのかは言うまでもなく市場で出会った男の方だ。

 ファデリードの方は傷を負っているものの、どれも致命傷となっているわけでもない。あの男が手加減をしているのか、それとも別の理由があるのだろうか。


「エレイン様、どうなさいますか」

「……来たな」


 そうリーリアが俺に話しかけた途端、市場で出会った男の方から声が聞こえた。

 それなりに距離は離れているのだが、まぁ実力者なのだとしたら気配でわかるか。


「っ!」

「ファデリード、お前とのやり取りはこれまでだ。拠点の魔族は全滅させた。もう一度いう。権限は……」

「はっ、そんなもの俺一人で決められるわけがない。この国のすべての権限は共和議会にて決める」

「……全ては嘘だったということか?」


 手負いながらもファデリードはまっすぐ剣を男へと向けている。その剣は聖剣というわけでもない。対する男の方は間違いなく聖剣、それも魔剣の分類されるものだろう。

 彼の持つ真っ黒な刀身は過去の俺の魔剣に似ている。しかし、決定的に違うのは形状だ。俺の魔剣は大きめの片手剣、男の持つものは日本刀の形をしている。

 すると、ファデリードは俺に向けて声を上げた。


「他国の要人を俺らの問題に巻き込むわけにはいかない。見ぬふりをしてくれっ」

「ちっ、お前との関係はこれまでのようだ」


 そうファデリードが言った直後、男がさっと振り向いて超高速の剣技で彼の剣を巻き上げると横一線に剣閃が走る。刀身の、それも剣先部分だけが光っているように見えた。

 あの光は剣の能力とは関係ないあの男自身の技術だ。それも俺やアレクと同等レベルの技術を持っていることになる。


「あいつっ」


 俺の横でレイが警戒態勢に入った。

 それも当然だろう。あの技を平然とやってのけるというのは、彼は俺たちとほぼ同じ訓練を受けて育ったということの証でもあるからな。

 それでその男が国の重鎮と呼ばれる一人を殺した。


「……お前が剣聖か」


 すると、男は剣先だけを俺に向けてくる。


「そうだ」

「エレイン様っ」


 リーリアが小声でそう呼びかけるが、遅かった。すでに俺は剣聖だと認めた。


「俺は最強になるために育てられた。当然だが、現時点で最強と呼ばれる剣聖を倒すのも俺の存在意義だ」

「それで、俺に勝つつもりでいるのか?」


 男はゆっくりと俺の方へと首を向け、口を開いた。


「勝つだけじゃ物足りねぇだろ。訓練形式ではなく、実戦で、それも生死を分けた本物の戦いでなっ」

「……そんなことをやって意味はあるのか?」

「意味ならある。最強が誰なのか、それではっきりするだろ?」


 もし、俺たちと同じような訓練が彼にも施されているのなら俺も真剣に戦わなければいけない。普段のように手を抜いてるようでは足をすくわれることだろう。

 そして、彼に負けると言うことはつまり死を意味している。


「エレイン様、私も戦います」


 そう、リーリアが俺の横へと立とうとする。

 だが、俺は手を上げて、彼女を制止する。


「リーリア、一度しか言わない。下がれ」

「え……ですがっ」

「おい、聞いただろ。下がってろって」


 それでも俺の横へと立とうとするリーリアをレイが引き戻す。


「私はっ」

「エレインのあの顔はガチだ。俺たちじゃ足手まといなんだよ」


 そう言って、リーリアを説得している。

 別に足手まといとは思っていない。ただ、安全を保証できないということだ。普段の戦いであればそんなことは言わないが、今回の戦いにおいては違う。

 同じような技術を持っている以上は勝負の行方が全くわからない。双方の技量が全く同じとなれば、勝つか負けるかは二つの要素で決まる。どんなことにでも言えるが、一つは運、もう一つは……


「一対一、わかってるな」

「それが望みなのだろう?」

「へっ、そのとおりだっ」


 そういった途端、俺の視界から消える。いや、消えたわけではない。意識の外へと相手が逃げただけ。

 つまりは彼も俺と同じように相手の意識下というものを分析した上で攻撃を仕掛けている。

 とっさに俺は聖剣イレイラを引き抜き、彼の攻撃を防ぐ、つまり自分の意識していない部分へと剣を構えた。


 ガギィインッ


 刃と刃が激しく火花を上げる。

 ということは、聖剣としての剣格はどちらも同じと言える。上位の聖剣、もしくは魔剣ということのようだ。


「余計なことを考えている場合か?」


 攻撃を防がれると男は急激に体を捻らせ、また別方向からの攻撃を仕掛けてくる。これもまた意識の届かないような場所を狙って攻撃してくる。

 相手が先手を維持している。

 俺は攻撃を避けることもできず、防戦一方を強いられている状態だ。


「昨日も言ったが、剣聖ってのは見かけだけなんだなっ」


 さらに相手は剣の攻撃を強め、手数も増えていく。

 そのことからも相手がまだ本領を出し切れていないという様子だ。


「ふっ」


 剣を向きを瞬時に変え、相手の攻撃の隙を狙って反撃に出る。


「見えてるぜっ」


 しかし、俺のその攻撃は意味のない攻撃だ。

 本当の攻撃は彼の後ろ、聖剣イレイラの能力を使って攻撃する。


「……っ!」


 隠した攻撃だったにも関わらず彼は器用に剣を背後にして防いだ。

 俺としても彼がこの程度の攻撃で致命打を喰らうような男ではないと思っていたが、完全に防ぐとは考えていなかった。


「それがお前の能力ってか。まぁいいぜ。俺も似たようなものだしなっ」


 カチャンっと手慣れた手付きで逆手に持ち替える。

 その時、彼の影だけが動き始める。


「くっ!」


 彼の持っている剣の影が俺の胸元へと向かっていく。

 異様な殺気を感じた俺はとっさにその影から刃を予測して防御態勢に入る。


 ジャギィンッ


 刃が擦れる鋭い音が聞こえた。


「防ぐと思ってたぜっ」


 間髪入れずに男が下から切り上げてくる。

 俺はそれを寸前で避けると、防御の難しい足へと攻撃。しかし、それも簡単に避けられてしまう。


「もう一つの剣は飾りなのか?」

「……」


 彼の言っているのは魔剣の方のことだろう。確かに魔剣の能力を使えば勝てるかもしれない。とはいっても、そんなもので勝ったところで彼は納得しない。俺なら納得しないからな。


「対等な勝負、その方がいいってか?」

「どうだろうな」


 俺は口では肯定しない。

 この戦いになぜか楽しさのようなものを感じている。久しぶりの本気の勝負、魔族と戦うのとは全く違うこの感覚はなかなかに楽しい。

 今までの平和な世界とは一変した技術だけの戦いはこうも面白いものなのだな。


「いいぜ、なら全力で来いよ」

「……言われるまでもない」


 さっと距離を取った彼へと俺は魔剣の能力を使わずに自らの技術だけで攻撃を仕掛ける。


「速いじゃねぇか」

「この速さに追いつくとはな」

「それが全力だって言うのか?」

「まさか」


 さらに速度を増して、俺は攻撃を強める。

 ここまで全力で、それも技術だけで挑んだのは地下訓練施設以来だ。剣神との戦いもここまで長くやったわけではなかったからな。


「……やるな」

「口を開いている場合か?」


 地面を蹴り、俺は相手の腹部を中心に攻撃を集中する。この速さを実現しているのは腕力ではなく足の力だ。

 脚力をうまく利用してその力を剣先へと集める。そうすることで高速な剣技が可能になるのだ。

 この技を体現するのはかなり高度な技術が必要となる。


「くっ」


 ほんの一瞬だけ、彼の姿勢が崩れた。

 それを見逃さずに俺はさらに追撃を仕掛ける。もちろんだが、腹から腰を狙う。


 チリィイン


 心地の良い音が刃から伝わってくる。

 それを合図に俺は逆手に持ち替え、相手の刀を巻き落とす。

 技量が同じ相手との戦いにおいて勝つためには時の運もあるが、その他にも勝敗を分けるものがある。それは練度の差だ。同じ技術でもその練度が違えば戦いの行方も変わってくる。


「なっ」


 そして、俺は大きく一歩踏み出して、剣先を相手の首元に……


「待ってくださいっ」


 そう言って建物の影から走って出てきたのは昨日市場近くで出会った黒髪の少女だった。

こんにちは、結坂有です。


ついにベジルとの戦いが始まってしまいましたね。

ですが、決着が付く前に何者かに止められてしまいました。

これからの展開が気になりますね。


それでは次回もお楽しみに……



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