自分たちと似た存在
俺、エレインは宿に戻っていた。時刻はもう五時を指している。
春先ということもあって、まだ肌寒さの残る気温だ。
とはいえ、この国は断崖に囲まれているということもあって風が吹き荒れるということはない。心地よい風当たりが吹いている程度だ。
雨が少ないということを除けば、エルラトラムの次に住みやすい場所と言えるだろう。
「エレイン様、レイさんはシャワーに向かいました」
宿に戻り、真っ先に俺はシャワーを浴びた。その次にリーリア、最後にレイという流れになっている。
リーリアが戻ってきたということはレイがシャワー室へと向かったのだろう。
まだ濡れたままの髪をタオルで押さえるようにして乾かしている彼女がそういった。
宿代を抑えるために三人で一つの部屋を借りている。まぁそれ以外にも見知らぬ土地で三人が離れてしまうのは危険でもあるからな。それなりに広い部屋ではあるものの、少し窮屈さの感じる広さではある。
まぁフラドレッド家本家の屋敷などと比べるのは間違っているのかもしれないがな。
「そうか」
「……何か考え事ですか?」
「他国の俺が考えるようなことではないと思うのだがな。先ほどの黒髪の少女が気になっていたところだ」
昼頃に起きた事件、それを俺たちに知らせてくれた黒髪の少女のことが気になった。状況的にも話ができるような余裕がなかったから名前を聞きそびれてしまった。
しかし、あのような状況になっていても落ち着いていたところをみるとただの少女というわけではないのだろう。それに二本の刀をもった男を見たときに退くべきだとも進言してきた。少なくとも少女とあの刀の男は面識があるようでもあったからな。
「あの女の子ですか? 可愛らしい人でしたね」
「そうだな」
「……」
幼さの残る顔立ちではあるものの、目はまっすぐに物事を捉えていた。大人びた態度からも見た目から違った印象を受けたな。
見た目では無邪気や純粋と言ったような言葉が似合う少女ではあったが、その目の奥には深い何かが隠されているような不思議な女性だったな。
年齢もセシルたちと大差ないことだろう。
ただこの国では十八歳が成人と呼ばれているようだ。骨格からしてすでに成人となっているのだろう。
「どうかしたか?」
「いえ、その、黒髪がお好きなのかと思っただけです」
「髪の好み? それは関係ある話なのか?」
「私にとっては、あります」
若干ムッとしたままの彼女がそう断言するように言った。
しかし、俺には好みと言うものがいまいちよくわかっていない。その人物に似合った髪型であればそれでいいと思っているからな。
そのことを正直に伝えるのはよくないだろうし、どう答えればいいのだろうか。
「……リーリアの茶髪は似合っている。総合的に見れば俺の好みなのかもしれないな」
「っ!」
そう言ってみるとリーリアはタオルで赤くなった頬を隠すように顔を覆った。
そして、タオルから目を覗かせるとうるっとしたような目で俺へと何かを訴えかけている。
なにか悪いことでも言ったのだろうか。
泣いているような様子ではないが……
「エレイン様、急に嬉しいことを言うのは……反則ですよ」
口元に人差し指を立ててリーリアがそういった。
どうやら嬉しすぎて高揚してしまったということのようだ。
「ところで、あの黒髪の少女のことですが、どういった点が気になったのですか?」
大きく息を吸った彼女はタオルを脱いでそう俺に聞いてきた。
もう落ち着きを取り戻すことができたのだろう。まぁ気になる点と言っても個人的な感想にしかならないからな。一応話しておくか。
「立ち居振る舞いが普通と違ったように思えてな。彼女からは俺たちと似た印象を受けた」
そう俺がリーリアに伝えると彼女も深く考え始める。
俺は長いこと一般の生活に慣れてきたことだからな。当然だが、施設を出てすぐの頃よりかは一般人に近い感覚を持っている、はずだ。
ただ、まだ一般に溶け込めないでいた俺に近いものを彼女からは感じる。
まさか、俺たちと同じような境遇の子どもが何人かこの国にいるとは考えたくない。だが、それでもそうなのかもしれないという可能性もある。
「……もしそうなのだとしたら、この国でもエレイン様と同じように特殊な訓練施設があるのかもしれませんね」
「やはりそうなるだろうな」
「はい。少なくとも今日見た訓練施設では普通でしたからね。少し変わった……いえ、大きく違った訓練を行っている施設があるということもありえますね」
「この国のことについてはほとんどわかっていなからな。明日帰るつもりだったが、もう少しこの国に滞在して調べてみるのも必要なのかもしれない」
そう俺が言うと少し考え込んだ彼女はふっと口元が緩んだ。
「どうかしたか?」
「……その、もっと旅が続くと思うと嬉しいという気持ちがこみ上げてきただけです」
「そうか。なるほど」
なんとも反応に困る言葉ではあったが、嬉しいと思ってくれているのならそれでいいだろう。
俺との旅がそんなにも楽しいものなのだろうか。剣聖という立場もある。命の危険だってまったくないわけではない。普通の感覚であれば、平和な場所でゆったりと生活したいと思うのが普通だと思っていたがな。
どうやら彼女はそうではないようだ。
「まぁ明日エルラトラムに戻るかどうかは明日決めるとしよう。もう報告書の方は終わったのだろう?」
「はい。エレイン様がシャワーを浴びているときに終わらせました」
正直言ってこの国の裏のことなどエルラトラムにとってはどうでもいいことのようだ。問題なのはまともな育成施設があるかどうかがエルラトラムの判断基準の一つだからな。
どのような訓練施設であれ、聖剣を扱えるほどの人材がいればなんでもいいのだ。人格が破綻していれば、聖剣に宿っている精霊が拒絶する。とはいえ、魔剣であれば話は別だがな。
聖剣取引に必要なのは強い人材がいるかどうかであって、その裏で蔓延る陰謀などは加味していないのだ。
と、そんな事を話しているとレイがシャワーから出てきたようだ。
「……では、そろそろ寝ましょうか」
リーリアがそう言って真ん中のベッドへと向かい、俺は窓際のベッドの方へと腰を下ろしたのであった。
こんにちは、結坂有です。
いろいろと闇の深そうなマリセル共和国ですが、これからどうなっていくのでしょうか。
次回は激しい戦闘が入る予定です。
それでは次回もお楽しみに……
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