与えられた誇り
市場の事件の後、いろいろと話をファデリードから聞いたのだが、まぁこの国ではよくあることのようだ。
この国は貿易で成り立っているような国でもある。その貿易で不正をしようと荒くれ者が門番の監視をすり抜け、極稀に侵入してくるそうだ。奥で倒れていた男たちはどうやらその荒くれ者たちのようで違法な物品を売買していたのだそうだ。
とはいえ、あの仕打ちはやりすぎな気もするがな。
怪我は聖剣で治るとは言っても心に植え付けられたトラウマというものはそう簡単に癒えることはないだろう。
それよりも気になることがある。それは今、俺の目の前に立っている黒髪の少女だ。
「……いろいろとお世話になりました」
そう言った少女は足早に俺たちから離れていこうとする。
「ところで、要件はそれだけなのか?」
踵を返した彼女にそう俺は問いかける。
すると、彼女は一瞬立ち止まったと同時に俺の方へと顔を向ける。
「はい。それだけです」
それだけ言った彼女は向き直って再び歩き始めた。
「エレイン様、不思議な人でしたね」
「ああ、立ち居振る舞いが俺たちと似ている気がしてな」
「気のせいってわけでもなさそうだ」
レイもどうやら彼女の不自然さには気付いたようだ。
この国のことはよくわかっていない。しかしながら、俺としてはあまり干渉したくないのが本音だ。魔族のことならもちろん協力する。しかし、今回の彼女のことも市場での一件もどれも魔族とは関係のないことだ。
明日にはこの国を出る予定だ。
特に何も起きなければ問題ないのだがな。
◆◆◆
私、アイリスは平静を保つので精一杯であった。
ボロは出ていないと信じたいが、剣聖のあの様子だときっと不審がられていることだろう。
とはいえ、あの状況でなぜファデリードと例のベジルがいたのだろうか。
剣聖に退く方がいいと進言したことが大きな失敗と言えるだろう。
「アイリスっ」
すると、市場からいち早く退避していたシンシアたちが呼びかけてきた。
「シンシア、無事でしたか」
「ええ、あの男が現れたときはびっくりしたけど」
「……すぐに作戦中止にするべきでしたね。大失態です」
「気にしなくていいわよ。想定外の事が起きたんだから」
コミーナがそう励ましてくれる。
確かに想定していないことが起きたのだから仕方ないと言えば仕方ない。
私たちのやり方としては、昨日の夜のうちに不法行為をしている存在を利用しようと手配した。もちろん、彼らがばったりとあの市場の奥で遭遇するように仕向けたのだ。同業者同士、仲良くするべきなのだろうが、彼らは喧嘩を始めた。それも武器を使った大きなものだ。
いつか起きるであろう事件を意図的に誘発させた私たちはすぐに撤退、そして、私が剣聖に声をかけたというのが流れであった。
大男の取り押さえ方から実力を測り、対応でどうするのかを調査するためだ。
言うまでもないが、それらの作戦はベジルの乱入によって失敗に終わった。
「それで、次はどうするの? 剣聖って人は明日に帰ってしまうよ」
再び宿に戻ると、リシアがそう私に聞いてくる。
そう、調査対象となっている剣聖は明日に旅立ってしまう。帰ってしまっては調査続行は難しくなることだろう。
ここはなんとか彼らに留まってほしいところだ。
「……もうこうなっては仕方ありません。あの方法を使うしかないです」
「あの方法って、一番リスクのあるやり方のこと?」
「はい。その方法が一番確実と言えるでしょう」
私がこの任務を聞かされてすぐに考えた作戦は私たちの正体を彼らに知ってもらうやり方だ。その方が相手との信頼も得られることだろう。
そもそも、尾行や監視で彼らの情報を手に入れるのはとてもじゃないが二日間では不可能に近い。明日にはその方針で作戦を進めるべきだろう。
「……だけど、あのやり方って剣聖が一人になるタイミングで話しかける、だったよね? 今日見てて思ったのだけど、ずっと誰かと一緒だったわ」
「確かにそうね。相手が二人だとどうしても……」
コミーナが言い終わる前に私は声を出した。
どうしても言いたいことがあったからだ。
「一ついいですか」
「いいわよ」
そう一息間を開けて私は口を開いた。
「私たちが監視していること、あの剣聖は知っています。それもこの国に来た段階でです」
「本当なの?」
「はい。彼と話して確信しました」
私が立ち去る直前、彼は要件はそれだけかと聞いてきた。監視されていることを知っているからこそそう聞いてきたのだろう。私が彼と接触したのはただの偶然ではなく、仕組まれた出来事とわかっていた。
「……もう、隠れていても仕方ない、ということね」
「そのようです。なので、相手が二人だろうと三人だろうと接触は試みるべきです。そうしなければ確実に情報は得られません」
この作戦は相手が魔族であった場合、不利益を被るのは私たちだけでなくこの国の機密機関にも影響が出るようなことだ。
リスクが大きい分、慎重にならなければいけないことではある。ただ、任務の遂行には大きな決断が必要になる場合もある。剣聖が魔族だった場合はこの国だけではなく、人類世界全体に関わる大問題となることだろう。
そして、その剣聖がこの国に来るのは今回ぐらいだ。次の機会はいつになるのか全くわからない。
「私たちの存在を知られているのならもう気にする必要はないわね。正体を明かして、相手の反応を観るしかなさそうだわ」
「……それじゃ誰が最初に剣聖と接触する? アイリスは、もうやったわけだし」
「別に私でも構いません。一度接触しているわけですから剣聖も警戒は緩めることでしょう」
「でも、魔族だったらどうするのよ。剣はまともに扱えないのでしょ?」
もちろん、今の私ではシンシアたちには到底敵わない。
しかし、それは彼女だって同じだ。相手が魔族であったのなら聖剣を持っていない私たちが挑んだところで勝ち目はないのだから。
「私たちは聖剣を持っていません。結局のところ、相手が敵だった場合は誰であれ死ぬリスクがあるのです」
「だけど……」
「それに、今の私は無力な存在です。こういうことでしか役に立てないのです」
戦いにおいて、私は全くの無能だ。
剣を持っているだけで動くことができない。剣を振るっても力が全く入らない。体が、脳が拒否しているような感覚だ。
一種のトラウマのような症状に似ているが、それとも違うだろう。
原因がわからなければ、治すことも難しい。ここは自分のできることで彼女たちに貢献したい。
そんな事を考えていると扉がノックされた。
「ファデリードだ。入っていいか?」
「……ええ、もちろん」
そう言ってシンシアは扉の鍵を開けた。
すると、少し疲れた様子でファデリードが部屋へと入ってきた。
「聞きたいことはたくさんあるだろうが、まず報告を聞いてほしい」
「わかりました」
彼の表情はいつにも増して真剣そのものだ。よほど重要な報告があるのだろう。
「まず、剣聖の調査は続行してくれても構わない。だが重要なのは自分たちの身は自分で守れとだけ言っておく」
「どういうこと?」
「説明すると、ベジルという男のことだ。彼もお前たちと同じで特殊訓練施設出身だ。ただ、問題なのはその性格だ」
それから詳しく彼はベジルのことについて話し始めた。
今まで黙っていたところを見ると私たちに余計なことを考えてほしくなかったのだろう。
話によると、ベジルと言う男は国外にあった施設にて私たちと同じように訓練を続けていた。それも私と同じ最高成績を余裕で叩き出した逸材だったそうだ。
しかし、最終試験項目にて彼はとてつもない発言をした。
『俺だけの世界を作る』
力への追求が著しく強い彼は強い存在だけの世界を作ると言った。それも自分と同じ実力者だけの集まりだ。
もちろん、世界中どこを探してもあの特殊訓練施設で最高成績を出せる人材などごく一部、いや私と彼以外いないのかもしれない。そんな彼は想定シナリオの”無用の強者”として完全排除された。
ただ、排除されても彼は生き残った。
施設の外で蔓延っていた魔族からも生き延びたということのようだ。
それだけでなく、彼は魔族の鹵獲していた魔剣を二本手に入れたのだそうだ。聖剣とは違い、精霊の掟に縛られない魔剣は聖剣よりも自由度が高くとても強力なのだそうだ。
「……そんな存在を野放しにしてたっていうの?」
「そんなことはしていない。彼がまだ生きているとわかった時点で俺も動いた」
「それで、市場での事件が起きたってこと?」
「今までは交渉で暴れないよう指示していた。だが、それも今日までのようだ」
「どういうことよ」
続けてファデリードは説明した。
今までベジルには魔族に拠点を一人で攻撃させていたそうだ。それも死ぬことを前提としたような内容だ。
任務を無事にやり遂げた暁にはこの国の主導権を与えると契約していたのだ。
その提案に彼は快く引き受けてくれた。その拠点攻撃も自分の腕試しにもなると思っていたようだったらしい。
それから何日もの間、彼は周囲にある魔族の拠点を攻撃し続けた。拠点と言っても大きな集団というわけではなく、数十体程度の拠点なのだそうだ。当然ながら、魔族を斬り倒すことのできる魔剣を持っている彼はその尽くを制圧していった。
そして今日、さきほどの市場でその報告があったのだそうだ。
「……なんでそんな存在のことを今まで黙っていたのよ」
「それは俺の失態だ。これからその後始末を自分で行うつもりだ」
「まさかその携えている剣は彼と戦うための……」
「ああ」
自分の犯した失態は自分で片付ける。
そういった彼の目からは非常に重たくも強い意志が見て取れた。
「俺は今まで多くの罪を犯してきたからな。彼を止めることができれば……いや、罪滅ぼしにはならないな」
彼は踵を返して部屋の外へと出ようとした。
しかし、今この国で彼に死んでもらっては困る。
「待ってください。まだやらなければいけないことがあります」
「……アイリスか」
重たい表情のまま彼は私を見つめる。
「この国を守るのは司令官、あなたです」
「ふっ、俺の代わりなどいくらでもいる。ただ、特殊剣士育成計画を実行しただけの男だ」
「……」
私はその計画の被験者だ。
しかし、その計画の全容については何も知らされていない。教えられていない。
どのようなことをしてきたのかだけしか知らないのだ。
「それですが……」
「アイリス、同じようにこの訓練を完璧に終えたもう一人の男がいるのを知っているか」
「それは、セルバン帝国の最高傑作のことでしょうか?」
「ああ、もう滅んでしまったがな。血の繋がりはなくとも、その男とお前は兄妹みたいなものだ。自分の力を誇りに持て」
「……」
私はなにも言うことができなかった。
「最高傑作に恥じぬよう生きろ。俺が言いたいのはそれだけだ」
彼は私が剣を扱えない状態にあるのを知っている。そのうえでそのことを言ったのだろう。
何故かその言葉が今の私には遠いもののように思えた。
しばらくの沈黙の後、彼は「追いかけてくるな。これは命令だ」と言って、静かに部屋の外へと出ていった。
こんにちは、結坂有です。
マリセル共和国の上層部でもいろいろと事情があるようですね。
エレインたちはその事に気づいているようですが、他国の事情に干渉するのはあまりよくないことでもあります。
それなら……
それでは次回もお楽しみに……
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