戦えないとわかっていても
いわゆる特殊訓練と言われるものを受け、それを最高成績で終了した私はその直後のとある任務で剣を引き抜くことができなくなった。
正確には引き抜くことができるが、訓練当時の実力を発揮することができない。いや、むしろ今の私に素人ですら勝つことだってできるだろう。引き抜いた剣をうまく扱える自信がない。
そんな私が戦闘を主体とした任務をまともに遂行できるとは思えない。とはいえ、何もしないわけにもいかない。
共和国はとてつもない資本を投じて私たちを育成した。成功するか失敗するかはわからないが、何もしないわけにはいかないだろう。少なくとも私は私を育ててくれた訓練執行員である上司に逆らうことはできないのだ。
「アイリス……」
廊下を歩いているとシンシアとばったり出会ってしまった。まぁ目的地が司令室である以上、合流するのは仕方ないか。
シンシアは私に対して忠誠心のようなものを抱いているそうだ。訓練時代は彼女の弱点克服のために私も尽力したとは言え、忠誠を抱くほどのことまではしていないつもりだ。
「司令室に行くのですよね。ちょうどよかったです。私と一緒に行きましょう」
「……アイリスは無理に任務を引き受けなくてもいいのよ」
「そうはいきません。私に期待してる人は多くいることです。その期待には応えなければいけないのです」
そう私はシンシアに向かってそういう。
もちろん、私の今の実力だと彼女と対等に戦うことなど不可能だ。まともに剣を扱うことのできないのだから当然だ。
「でも……」
「剣の扱いに自信はありません。ですが、シンシアたちの戦闘の邪魔をすることはしません。それは約束します」
私自身、戦闘に全く役に立たないということはよくわかっている。
戦うことができなくとも立ち回りに関してはまだ訓練していたときと遜色はない。彼女たちの戦闘の邪魔だけは避けることができるだろう。
「わかったわ。そこまで言うのなら私は何も言わないわ。私にはアイリスを強制する資格なんてないのだから」
「では、行きましょうか」
「ええ」
それ以上特に言葉を交わすことはなく、微妙な空気が漂ったまま司令室へと辿り着いた。
司令室へと入るとすでに他の人も集まっていた。
どうやらこれから説明を始めるらしい。
机を挟んで、私たちの上司であるファデリードが説明を始める。
彼は訓練執行員の中でも一番のボスとも言える人物だ。当然ながら、私たちの訓練を全面的に監督していたのも彼だ。
「それでは任務の説明を始める」
そういって彼はゆっくりと立ち上がり、部屋の壁にかけられている地図の前へと向かう。
「三日後、エルラトラムで最強と名高い剣聖という人物がこの国を訪れる。それは君たちも知っていることだろう」
続けてそういった彼は私たちにそう問いかける。
確かに掲示板や新聞などで剣聖がこの国を訪れるということは知っている。ただの観光というわけではなく、なんらかの用事があってこの国訪れるらしい。画像として記憶した新聞の表紙を思い出す。
しかし、詳しく用事について記載されていないようだ。新聞には”公務”としか書かれていないのだ。
「それがどうかしたの? まさかその護衛を頼む、というわけではないでしょう」
リシアはそう彼に質問する。
エルラトラムで最強と言われているのならわざわざ護衛をする必要もないだろう。それに新聞には彼の他に付き添いとして二人ほど付いてくるそうだ。エルラトラム議会が派遣した剣聖の護衛とも考えられる。私たち四人が護衛をする必要もなさそうだ。
それに、聖剣をいまだ手に入れていないこの国に聖剣使いを倒せるほどの高い実力者がいるとは思えない。
具体的に聖剣がどれほど強いものなのかはわからないが、並の実力者だとしても歯がたたないことだろう。
「ああ、剣聖の調査が私からの命令だ」
「また調査、か」
「不満があるのは当然だろう。しかし、我々にはまだ聖剣というものを持っていない。魔族の攻撃は今まですべて聖騎士団に任せていたからな」
「それで、どういった調査なの? エルラトラムで最強と言われているのなら別に調べる必要はないと思うのだけど」
こうして剣聖として有名になるということはいくつもの調査がエルラトラム国内でも行われたはずだ。外部の私たちが調査する必要などどこにもないように思える。
調査の理由と目的を教えてほしいところだ。
「まず、この調査の目的を話そう。それは剣聖が魔族であるかどうかだ」
「……魔族だって?」
「そうだ。理由ならいくつも考えられる。昨年、エルラトラムは大規模攻撃を魔族領に仕掛けた。その結果は……もうわかるな」
「ええ、人類が勝ち取った完全勝利だと報じられていたわね」
「だが、それを証明する証拠はどこにもない」
「待って。証拠ならあるわよ。その魔族領は完全に開放されたのは事実だわ」
確かに支配されていた魔族領は開放された。今のところ、どこの国もその土地を領土として使っているわけではないが、貿易での安全なルートとして使用されている。
それにその貿易ルートで魔族と遭遇したという情報は一切ない。つまりは安全が確保されているということ、魔族がいないということになる。
「……私もそう思いたいのだがな。エルラトラムの動向はずっと調べていた。あの大規模攻撃の前にいろいろと怪しい事件が起きていたんだ」
「それはなんですか?」
「議会の人間が魔族と協力していた、という話だ。詳しくは国内でもかなり情報規制があったためにわからないのだがな」
「エルラトラムが、魔族に協力……?」
その話を聞いてとある最悪のシナリオが完成する。
すでにエルラトラムは魔族の手によって敗北、陥落していたとする場合。大規模攻撃によって勝利を勝ち取ったというのは魔族の自作自演となる。
そうすることでエルラトラムの存在を保ったまま、他国の人間を支配に誘導することができる。つまりは心理戦を仕掛けてきているということになる。
エルラトラムの信頼はもはや揺るぎないものとなっている。その信頼をうまく利用した作戦とも言える。
ただ、おかしな点はいくつもある。その大きな矛盾点は……
「聖騎士団はどうなのよ。聖騎士団は少なくとも魔族の手になんか落ちたりしないわ」
「そう言い切れるか? 議会からの招集命令で聖騎士団は本国のエルラトラムへと戻っていった。それ以降、今になっても我々の国に来ていない」
確かに大招集があったとは話に聞いている。今この共和国に残っている聖騎士団には高い地位のものは一人もいないらしい。
「通常の攻撃であれば、今のこの国に残っている聖騎士団でも対処はできるだろう。しかし、大侵攻が起きれば話は別だ」
残存してくれている聖騎士団よりも強い勢力が来た場合は防衛はもはや不可能。特殊訓練を受けた私以外の人も出動できるとは言え、聖剣を持っていない以上、魔族を殺すことは不可能だ。
「……それに、剣聖という人物は聖騎士団に所属しているわけでもない。その時点で怪しいと言えるだろう」
強いとされる聖剣使いは確実に聖騎士団へと入団することとなる。彼が聖騎士団に入団していないということはつまり、聖騎士団が認めるほどの実力を持っていないことになる。
「聖騎士団が嫌だったんじゃないの?」
確かにそれも有り得る話だ。入団を許されたとしても実際に入るかはわからない。しかし、聖騎士団に入るメリットは計り知れない。
聖騎士団の信頼は非常に強力なもの、その組織の信頼を利用できるというのはかなり大きいと言える。まぁエルラトラム出身の剣士、というだけでも十分過ぎる信用は得られるが、聖騎士団のほうが当然恩恵は大きいと言える。
「他にもある。彼の経歴は異常だということだ。千体以上もの魔族をたった一人で殲滅したという記録があるらしい。話によれば一万の軍勢を一瞬で殲滅したともな。真偽はわからないが、怪しいのには変わりない」
「それは……異常ですね」
私もこの国の訓練施設で常に最高成績を出していたが、実際に聖剣を持って魔族と戦ったというわけではない。
仮に魔族が弱い存在だと仮定する。それでも集団としての強さというものは指数的に増加していくもの、千体もの数を一人で対処できるとは到底思えない。もし、実際に行ったとなれば人間ではないなにかと言える。
「調査の理由は以上だ。剣聖が本当に人間だとするならそれはそれでいい。しかし、魔族だとすれば我々はエルラトラムとの関係を断ち切らなければいけない」
「かなり重要な任務になりそうね」
「加えて戦闘が起きるわけではなさそうね。アイリス」
すると、シンシアが私に向かってそう話した。
まぁ調査が目的という任務なら戦闘が起きる可能性も高くはないだろう。逆に言えば、戦うことになればそれは任務失敗と同義だ。
人間であれ、魔族であれ、剣聖に敵対されていると思われては調査続行が困難になるのだから。
「そうですね。ですが、油断は禁物です。以前の調査のこともありますし……」
思い出したくはなかったが、鮮明に脳裏に浮かぶ。
あの薄暗い中での、血腥く異質な施設のこと……
「その話はもういい。とりあえず、優先すべき任務はそれだけだ」
「……それで、その地図は?」
コミーナがファデリードの後ろに立てられている地図を見てそういった。
よく見てみると市街地の地図で、その道には赤と青の線が複雑に交差している。
「ああ、剣聖がここに来るのはとある公務があってだ。まず、彼らがこの国に来て向かう場所は兵士育成施設だ。お前たちとは違い、一般の訓練施設となっている」
「もしかして、剣聖が通るルートを書いてくれているの?」
「そうだ。この赤い線がそれに当たる。そして、お前たちが通れるルートがこの青い部分だ。このルート内ならすでに許可も通している」
任務を遂行するための下準備もすでに終えているということのようだ。
つまり、剣聖が来る三日間は私たちが作戦を考える時間とも言える。以前のように未知の空間に足を踏み入れるわけではないから少しは安心だ。
とはいえ、全く危険がないというわけでもない。相手がもし魔族だった場合は私たちの調査を阻止することだってあるだろう。
「わかりました。剣聖を調査すること、目的は魔族であるかどうか、ですね」
「引き受けてくれるな?」
「私は構いません」
「私たちもいけるわ」
私がそう言うと横で立っていたシンシアとコミーナ、リシアも同じく肯いた。
戦えなくともこの国の役に立てるのならそれで十分だ。私がするべきこと、私が応えなければいけないことは絶対に遂行してみせる。
こんにちは、結坂有です。
確かに剣聖エレインの功績は普通ではありえないことばかりですからね。
疑い深い人からすればその功績が怪しいと思うことでしょう。そう簡単には信じては呉なさそうです。
それでは次回もお楽しみに……
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