最高成功事例にして最弱
私、アイリス・セラスティンは自室で休んでいた。
私たちは特殊訓練を受けている女性部隊だ。その中でも私は突出して成績が良かったのだが、もちろん、他の仲間たちも順調に成績を伸ばしていっている。
私はすべての成績において満遍なく成績を維持しているのだが、才能を持った仲間も多い。
シンシア・クレイアモンは男の成績にも匹敵するような怪力を持っている。あの細い腕からとてつもなく高い威力の攻撃を引き出すことができる。その技は力を使うのではなく体全身を使った効率的な筋肉の使い方をしているからだ。技術としては私も習得しているものの、シンシアのそれには天性のような印象を受ける。
コミーナ・アライリアは知性的で知略に長けた戦い方をする。その点においては私にも引けを取らない非常に優秀な仲間だ。そのほかにも技術的な面でもその高い知性を活かして高い成績を維持している。
リシア・ミーネックは理性的かつ、思考速度の速い女性だ。知略に長けた戦い方ではなく、戦いながら相手を分析し、弱点を的確に攻撃するような戦い方をする。それができるのもその頭の回転の速さでもってのことだ。
そんな個性的でそれぞれ長所の違う彼女たちと私はほぼ同時期に施設を卒業した。
最高成績だった私なのだが、少しだけ大きな欠点がある。それは……剣を握れないことだ。
もちろん、施設で訓練していたときはなんら問題なく扱えていた。
握れなくなったのはとある任務のときだった。
〜〜〜
私は仲間のシンシアたちととある施設へと向かっていた。
施設を出て数ヶ月後、私たちに任務が与えられた。卒業して初めての任務ということで私も含めみんな張り切っていた。
「アイリス、準備はいい?」
「大丈夫です」
私がそう言うとみんなは一気に施設内へと入っていった。
任務の内容は国外のとある場所にある施設の調査だった。近くには魔族がいないということは確認済みだ。聖騎士団の人たちが掃討してくれたおかげなのだ。
狭い扉はどこか見覚えがあったが、私は気にせずそのまま中へと歩いていく。
明かりがなく、手持ちのライトで足元を照らしながらゆっくりと奥へと進む。聖騎士団が相当してくれたと言っても施設の中までは確認していないらしい。当然ながら、施設内に魔族がいた場合はすぐに撤退することも命じられている。
「……この臭い」
すると、先頭を歩いていたコミーナが鼻を塞いでそういった。
少し遅れて私にも臭いが伝わってくる。
この臭いは……死の臭いだ。肉が腐り、酸味の混ざったその臭いは吐き気を促す。
「っ! この施設……一体何なの?」
「わかりません。ですが、調べないといけません」
「……任務だからね」
ライトで奥を照らしてみる。
そこに広がっていたのは……
「肉の……山……」
「いいえ、人の山のようです。それも十数人はいるようです」
「アイリス……どうして、そんな冷静なのっ」
一番後ろに立っていたリシアがそう私に問いかけてくる。彼女は施設に入る前から怯えていた様子だった。
「冷静、ではいられません。今も私は恐怖に駆られています」
胸に手を当てるとドクドクッと心臓が力強く鼓動している。
心も体も恐怖を感じているということだ。
「……一体何人いるのよ、これ」
シンシアが周囲を照らしながらそうつぶやくように言った。
確かに奥にある山以外にも多くの死体が転がっている。
ここで惨殺事件でも起きたかのように。
「もしかして、魔族がやったっていうの?」
「違うようですね。強力な力であるのには変わりませんが、多くは剣によって斬り裂かれています」
「……なんの肉片なのかわからないぐらいなのに、よくわかるわね」
「腐敗していますが、断面が非常に滑らかです。それにこの剣……」
肉塊と化してしまった死体を手で触れないように棒でどかして剣を指差す。
「刃こぼれを起こしています。それに熱で変色している部分もありますね。激しく剣が交わったことで起きたに違いないでしょう」
「確かに、そのようね」
すると、コミーナが口や鼻をハンカチで覆いながらそう言った。
「そ、それにしてもこんなところに長居はしたくないわ」
「そうね。でも、このことをどう報告すればいいの? 施設内は死体だらけだって言えばいいのかしら」
そんな事を話していると、急に空気の流れが変わった。
「しっ」
私は口元に人差し指を当てて、みんなに静かにするよう合図を出した。
シンシアも気配に察知したのか剣を構え始める。
「……なんだ。おまえら」
すると、施設の奥から一人の男が出てきた。
「せ、生存者?」
「リシア、警戒してください」
「う、うんっ」
その男はどこかめんどくさそうに私たちの方へと近付いてくる。
腰には東洋に伝わる”日本刀”の形をした剣を携えている。
攻撃の意思は感じられないが、おぞましい雰囲気を漂わしている彼は私をじっくりと見つめてきた。
「……お前、強いな」
「それはどういう意味ですか?」
「そのままの意味だ。強いやつは見ればわかる」
「……それより、ここの生存者なのですか?」
すると、彼は剣の柄へと手を添えて口を開いた。
「ああ、そのとおりだ」
「でしたら、保護します。武器を外してこちらに……」
「悪いが、俺は一人だ。一人で十分だ。それにお前ら、国の連中だろ。なんの用があって来た」
「こ、ここの調査を任されたの」
リシアは男の人が苦手だ。
言葉を引きつらせながらも調査内容の記された資料を広げて彼に見せた。
遠くから彼は資料の内容を読み始める。
その様子から視力が非常に高いことがよく分かる。この暗い施設の中、ライトも持たずにそれもかなりの距離から細かい資料の内容を読んでいるのだ。並大抵の人ではないことは明らかだ。
いや、もしかすると、ここは……
「今更なんのようなんだ。何ヶ月も経ったってのに」
「あなたは一体……」
私がそう問いかけた途端、目の前から男の姿が消えた。
「ふっ」
腹部に力を入れたときのような声が私の真横から漏れる。
ギャギイィインッ
強烈な金属音が響き渡る。シンシアの剣が火花で光っていた。
「シンシアっ」
「みんなっ、下がれ! こいつとんでもなく強いっ」
彼女は両手で対応しているのに対して男は片腕で剣を振り下ろしている。
力自慢の彼女ではあるが、今の状況では押し負けている状態だ。
男にも負けを認めさせる彼女が両腕で押し負けているというのは今まで見たことがない。
「っ! シンシアっ」
「アイリスっ。ここは引いたほうが……うぐっぅ!」
「喋らずに戦いに集中しろ。今度は死ぬぞ」
「シンシアを……よくもっ」
リシアが剣を引き抜いたが、それも瞬時に移動した彼によって弾き飛ばされる。
「なっ」
「遅い。遅すぎる」
「あぐっ」
腹部に強烈な膝蹴りを受けたリシアは真っ赤な床へと倒れる。
「アイリスっ、引きましょう」
「仲間はおいていけません」
「し、しかし……」
コミーナが冷静に逃げることを提案するが、それも意味がない。
この男からはすぐに逃げられない。
この暗い中で迷いなく私たちへと攻撃を仕掛ける。それもかなりの速度でだ。明らかに人間離れしたそれはとてもじゃないが正面からの戦いで勝つのは不可能。もちろん、逃げるのも不可能だ。
「アイリスっ」
「判断が遅い」
「うぎっ!」
胸部へと強烈な一撃が加わったことでコミーナは一瞬にして意識を失った。
「お前、俺を目で追っているな」
「……」
倒れるコミーナを見ながら男が私にそう問いかけた。
私は答えるわけにはいかないと沈黙することにした。理由は特にない。ただ、直感がそうしろと命じたのだ。
「その剣は誰のためだ? 自分のためだろ」
「……」
「ふっ、人を守るためだとでも思っているのか? なら、上の連中がどうして全員に剣を持たせたと思う」
「それは……」
この環境のせいもあってか私は判断ができなくなっていた。
無意識の内に私の心は閉ざされていったのだ。
「自分を守るため、自分を勝たせるためだ。すべては自分自身を誇示するものなんだよ。剣ってのはな」
「そんなことは……」
「違うなら剣を抜いてみろよ」
私の腕は無意識にも剣に伸びていた。
それ以降の記憶はどうも怪しい。
気がつけば施設の外でみんなと一緒に倒れていたのだ。
夢だったのか、それとも現実だったのかは言うまでもない。さきほどの指令書にははっきりと書かれていた。
『ベジル・ジアゼイーナは生きている』
そう書かれていたのだ。その名前のことを私たちはなにも知らない。
任務を与えてくれた上の人に報告すると、ただ「ご苦労」とだけ言ってそれ以上のことは何も教えてくれなかった。ただ、真剣な眼差しでその文字を見つめるだけだった。
〜〜〜
それ任務以降、私は剣を引けなくなった。
恐怖からというわけでもない。剣を引き抜く意味がわからなくなったからだ。
シンシアから木剣を手渡されても腕の筋肉が弛緩するばかりでまともに扱えるような状態ではなかった。
それが私、アイリスの最大の欠点なのだ。
戦いにおいて、私は剣もろくに扱えない最弱というわけだ。
そして、今日。また新たな任務が与えられるそうだ。もうすぐその説明が始まることだろう。
自分としてはあまり気は乗らないのだが、やらないといけないことには変わりない。
私はベッドから起き上がり、引き抜くことのできない剣を携えて私は司令室へと向かった。
こんにちは、結坂有です。
今回から新しく登場したヒロインは今後、どのようになっていくのでしょうか。
気になるところですね。
それでは次回もお楽しみに……
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