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最高失敗事例

 マリセル共和国ではある研究が行われていた。

 それはセルバン帝国での剣士育成実験のことであった。もちろん、とてつもなく高い技術力を持っている帝国と全く同じ環境で実験をすることはできなくとも、それに近い実験を行うことは当時の共和国では可能であった。

 高い技術力はなくとも高い実力を持った剣士をどうしても育成したいと考えていたマリセル共和国にとっては一番重要な研究であった。

 研究が始まって十数年……グランデローディア領制圧のちょうど一年前にとある男がセルバン帝国でエレインの叩き出した最高成績とまったく同じ成功事例が生まれた。


 俺、ベジル・ジアゼイーナはその最高傑作として施設内で教育を受けていた。その育成プログラムも最終段階に入っている。


『ベジル・ジアゼイーナ。自分のなすべきこととはなんだ』


 無機質な機械音声がスピーカーから聞こえてくる。どうやらこの俺に質問してきているようだ。俺の背後には同じ育成プログラムでともに過ごしてきた男たちがいた。この国の育成は本元のものと若干違う。

 本元の育成計画では男女ともに育成していくのだそうだが、ここマリセル共和国では違う。男女に分かれてそれぞれ異なる施設で教育されていく。

 理由はわからないが、おそらくは技術的な問題でもあったのだろう。

 まぁそんなことは俺には全く関係ないことだ。

 なぜなら……


「俺のなすべきことは強くなること」

『その先に待っているものはなんだ』

「頂点だ」

『……そこに立って何をする』

「もちろん決まっている。俺だけの世界を作り出すんだ」


 俺がここで教育を受けている理由は非常に単純だ。この世界の頂点に立つこと、それこそが俺のなすべきことなのだ。

 魔族も人間も関係ない。すべての存在は雑魚なのだ。

 俺の後ろに立っている奴らもどうせ俺の成績の足元にも及ばないような奴らだ。

 名は知らないが、帝国では同じく最高成績を叩き出したとか言う男がいるようだが、そんなこと、俺には無意味なもの。

 そのセルバン帝国とやらは魔族の侵攻によって滅ぼされたのだからな。つまり、現存している中で俺が一番強いことになる。

 エルラトラムの剣聖とやらも所詮は雑魚の中の一人に過ぎない。聖剣やらの能力がなければなんの力もない奴なのだろう。


『…………』


 スピーカーの声はまだ何も言わない。

 一体何を考えているというのだろうか。もう答えは決まっているはずだ。俺こそが、頂点に相応しい。俺こそが、この育成プログラムの最高傑作なのだから。


「なんだよ。最高だから驚いてるのか? この俺が、帝国の最高傑作と同じで……」

『…………』


 それでもなお、スピーカーからはなんの声も聞こえてこない。

 すでに一分以上も沈黙を貫いている。

 サーというホワイトノイズだけが、そのスピーカーからかすかに聞こえてくるだけだった。


「あ、あんなやつがこの施設をクリアするなんて……」

「仕方ないよ。実際に強いんだから」

「この前、ベジルと対戦した男、肺が破裂してたんだって。もう剣を握ることも、自由に走り回ることもできないらしい」

「肺だけじゃねぇだろ。骨が見えてたじゃねぇかっ」

「どちらにしろ、素手であんなことをするなんてひどすぎるよ」

「でも、それぐらいしないと強さは証明できない……」

「あぁ、なんでこんなことになるんだよ。強さだけじゃねぇだろっ」


 俺の背後から雑魚が騒ぎ始めた。

 そもそも、この施設に集められた以上、強さを証明しなければいけない。力こそが、自らを証明するのだからな。

 弱いやつはすべて淘汰されていくだけのこと、俺の攻撃を守ることのできない雑魚が死んだところでなんら問題はないだろう。逆に弱いやつと一緒だと自分も弱くなるだけだ。

 それに、あの最後の対戦相手は死んではいないはずだ。あの状態だと重度の後遺症が残る。もう戦うことはない。つまりは戦場に行かなくていいということだ。感謝されることはあっても非難される筋合いはないだろう。


「ここの育成では剣の強さがすべてだ。人の良さなんて実際の戦場では意味がないもの」

「だ、だけどよっ」

「僕たちだってまだ戦えるんだ。ゆっくり着実に訓練を続けていれば強くなれるよ。彼のようにね」

「もし、そうだとしたら俺はなりたくねぇ」

「俺もだ」


 なぜだ。

 どうして強くなろうとしない。どうして戦おうとしない。戦わなければ意味がないというのに。

 俺は段々と腹が立ってきた。

 まぁ所詮はこいつらも雑魚だということだ。強いやつが生き残り、弱いやつが世界から排除されていく。

 俺以外の雑魚は全員……


『審議の結果、想定しうる最悪の事例と判断……。速やかにベジル・ジアゼイーナを……排除せよ』


 しばらくの沈黙が破れたと同時に大音量でそのような事を言った。

 そしてその直後、俺の後ろで立っていた奴らの天井から大量の鉄製の剣が落ちてくる。


「排除するって……」

「あいつをやれってことだよなっ」

「……な、仲間を殺すなんて」

「っんなこと言ってる場合かっ。命令だぞ」

「仕方ない。やるしかないみたいだね」


 落ちてきた剣を彼らは拾い上げる。よく見るとその刃はかなり鋭く研がれたものだ。

 本気で俺を排除しようっていうのか。


「……くっ。どうしてだっ。どうしてなんだっ」


 俺はスピーカーに向かってそう叫んだ。


『”シナリオ十三、無用の強者”に相当するケースとして、ベジル・ジアゼイーナの排除が決定されました』

「何を勝手にっ」

『排除の後、この施設は完全に放棄されます。被験者のみなさま、今までご苦労さまでした』


 そう言ってスピーカーの電源が完全に落とされた。

 すると、他の電気も消え、再び点灯した。

 奥にあるランプをみるとどうやら”非常電源”に切り替わったようだ。つまり、この施設は完全に放棄されたということ。


「な、何を言ってんだ」

「今は何も考えるなっ。ベジルを排除しろとの命令なんだ。それさえ、できれば俺たちは施設から出れるんだっ」

「……わかった。わかったよっ」

「おらぁああ!」


 鉄製の剣を持った男が俺へと突撃してくる。

 もちろん、俺には剣がない。

 だが、なにも怖いことはなかった。

 むしろ、幸福感に包まれていた。この施設ではいろいろと制約があったからな。放棄された今、俺には自由を与えられたということだ。

 もう何をしても成績には関係ない。


「ふっ、まずは一人、そして二人……」


 この施設には俺を含めて五十人もの高度教育を受けた男がいる。

 その中で最高傑作は一人で十分。

 俺は思考を高速化し、自分の中で戦闘モデルを形成していく。

 目の前の男が剣を構えて一歩、また一歩と走っている。しかし、時間はゆっくりになっている。ここまで遅いと退屈になるものだな。

 思考を終えると俺は一気に地面を蹴った。


「ぐぶぇえ!」


 高速に移動した俺はまず目の前の男の胸部へと腕をねじ込んだ。

 すると、彼は目、鼻、口から大量の血液を吐き出す。俺の手には生暖かくヌメッとした感触が伝わってくる。

 少し本気を出した程度でこのざまとはな。やはりこいつらは強者の世界には必要のない存在、排除されるべき存在ということだ。

 グジュグジュと俺は男の胸内部を弄る。そして、強く激しく脈打っているものを握りしめると俺はそれを一気に引き抜いた。


「がぐぃっ」


 男の体が力なく倒れていくと他の人たちが恐怖に(おのの)いた。


「な、なんなんだよっ」

「構えを崩すなっ。教えられたとおりにやれば勝てるっ」

「あ、あんなの聞いてねぇよっ!」

「どうした? 俺を排除しろとの命令だったな。命令に背くのか?」

「……」


 俺がそう問いかけると男たちは少しばかり考え始めた。

 施設内で感じられなかった究極の恐怖とやらに彼らは戦意を失いかけている。

 なにも無理はない。雑魚には丁度いいだろうしな。


「まぁ戦わずに死ぬのもまた運命。弱者に生まれたことを憎むんだな」

「ひぃいい!」


 手に持っていたものを躊躇していた男に投げつけると、さきほど倒したやつが落とした剣を俺は蹴り上げてつかみ取る。

 もう俺を止める存在はもういない。

 それに、何も恐れる必要などないのだからな。この世の弱い奴らをすべて抹殺する。人間も、魔族も全てな。

 それが世の常というものだろう。


 それから二十分程度で戦いは終わった。

 地面は肉片と、壁には火花で黒く焦げた部分と血液で禍々しく色付いている。


「……」


 俺と同じく教育を受けていたやつらだ。

 もっと張り合いのある戦いになるだろうと思っていたが、それは俺の勘違いだったようだ。


『非常用電源、は、あと…で……』


 最後まで言い切ることなく、施設内の明かりが消えていく。


「本気で放棄したってことか」


 俺は真っ暗な中、進んでいく。

 子供の頃の記憶を頼りにこの施設の入口へと向かう。

 この通路を通るのはもう何年ぶりだろうか。どちらにしろ、俺はこの施設からでるのだ。なにも思い出す必要などない。

 すると、ほんの少しだけ明かりがこぼれていた箇所を見つける。どうやら扉のようだ。

 電源が完全に切れて開きかけているのだろう。

 俺は剣を扉に突き立てて、てこの原理でこじ開ける。

 すると、扉の外は森の中だった。


「グルルゥウ」


 俺が外へと出た途端、動物とも人間ともつかない声が聞こえてきた。いや、声というよりかは咆哮に近いものに聞こえる。


「っ!」


 振り返り、その声の方を向くとそこには人のそれでも、動物のそれでもない未知の存在が立っていた。

 間違いない明らかに魔族であった。


「グルウゥアア!」


 その直後、その魔族は俺へと襲いかかってきた。

 なるほど、この施設は共和国内ではなく、完全に国外だったようだ。施設の外は魔族が蔓延る森の中。

 そこまでして、俺を殺そうとはな。

 なにも、悪い話ではない。国に縛られず、一人で生きていくにはその方が都合がいい。

 聖剣などもあとで見つかることだろうしな。

 俺は剣を握り、魔族へと構える。


「聖剣しか倒せないとの話だが、どうだろうな」

「グラアァア」

「お前一体だけ、いろいろと試させてもらおう」


 そういって地面を蹴った。

こんにちは、結坂有です。


新章冒頭からいきなり激しく残酷な描写となりました。

とてつもなく強いベジルという人物は一人野放しとなってしまいましたね。

これからの展開はどうなっていくのでしょうか。


それでは次回もお楽しみに……



評価やブクマもしてくれると嬉しいです。

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