事件の予感
「ダメよ!」
私、アレイシアは激怒していた。
その様子に横に立っているユレイナも驚いていた。
滅多に怒らない私でも流石に許せないのであった。
「なぜアレイシアが怒るんだ」
目の前のブラド団長はそう淡々と述べる。
そして、彼の横に立っている鉄仮面の女性も先ほどからずっと私を見据えている。
私の怒りが理解できないのだろうか。
いや、そのはずはない。
「議会と敵対関係になるなんてそんなの絶対に許さないわ」
確かに議会の越権行為は度を超えている。
それでも国政は安定しているのはその議会があってのこと、それを聖騎士団が乗っ取るというものおかしな話だ。
「議会の考えでは魔族には勝てない。今や軍事力というのは聖剣使いの数と言えよう。聖剣使いの数が多い聖騎士団は控えめに言っても世界最強の軍隊なのだ」
「軍隊ではないわ。あくまで魔族に対して力を振るう存在よ。人や国に対して振るう力ではないの」
そもそも私たちがどうして聖剣を手に入れたのか、それは魔族に対抗するためだ。
魔族は人間に対しても、また精霊に対しても攻撃を加えた。
そして、人間と精霊は手を組んだ事で聖剣という強力な武器を手に入れることが出来たのだ。
そう、私たちが力を手に入れたのは精霊の力であって自分たちだけで作り上げた力ではない。
人間同士の争いに精霊を巻き込むことは絶対に避ける必要があるのだ。
「魔族、つまり敵ということだろう。世界が一つにならなければ魔族になど勝てはしない。そして、一つになるには圧倒的な力で人類を統一しなければいけない」
「力以外で統一する方法を探さないわけ?」
力というものは単純なものだ。
支配することもその絶対的な力の前では簡単なのだ。
しかし、世界を一つにするのに力だけでは不十分な気がする。
「自分すら守れない奴に誰が頼ろうとするんだ? 力がなければ自分も他人も守れはしないのだ」
そう、ブラド団長の言う通りだ。
力がなければ何も守ることはできない。
それはそうなのだが、力が全てではないのも明白だ。
国同士の関係には軍事力以外にも利益を共有できなければ、そう簡単に同盟など組んでもらえないものだ。
国としての信用は大切だなのだ。
「団長は間違ってるわ。やはり聖騎士団が国を持つべきではないよの」
私は国を代表するフラドレッド家として、そう言った政治的な面もよく知っている。しかし、ブラド団長は政治的なことなど一切知らないのだ。
そんな彼が国を動かすなどできるはずがない。できたとしても悪政を敷いるだけだろう。
「それを決めるのは俺だ」
「私にも発言する権利はあるわ」
「どうしてだ? お前は聖騎士団でもなければ、聖剣すら持っていないではないか。そして、フラドレッド家は議会寄りの派閥だ」
言われてみればそうだった。
私はこの足のせいで聖騎士団から退団された。それに加え今は聖剣も持っていない。
「じゃ、なんで私の家に来たの?」
「議会と聖騎士団は敵対関係、それを第二の議会と言われているフラドレッド家の耳に入れて置きたかっただけだ」
「なるほどね。だから相談ではなく、報告だったわけね」
ユレイナに届けられた手紙には聖騎士団についての相談ではなく、報告だった。
そのことからも今回はただの情報を提供してくれただけに過ぎなかったということだ。
まぁ私にできることなど、何もないわけで聖騎士団の動きを止めることなどできない。
「ああ、報告は以上だ。行くぞ」
ブラド団長はそう言って椅子から立ち上がると、鉄仮面の人にそう呼びかけながら部屋を出ていった。
その鉄仮面の人はずっと私を見つめていたが、団長の言葉ですぐに部屋を出た。
ユレイナが二人を玄関まで案内するために部屋を出た。
「はぁ」
その間、私はしばらくため息が止まらなかった。
「……アレイシア様が怒鳴るのは珍しいです」
二人を玄関まで送り届けたユレイナが部屋の入り口でそう話しかけてきた。
「ごめんね。ちょっと感情が抑えられなかったの」
「そうでしょうね。私も少し憤りを感じていますから」
そう言ってユレイナはソファに座り、ゆっくりと紅茶を飲んだ。
どうやら彼女も同じ想いを抱いていたようだ。
それにしてもブラド団長は本気みたいだった。
「議会を乗っ取るのは無理だと思うの」
「無理、ですか。しかし、順序よく行けば可能だとは思いますよ」
議会を乗っ取る。口で言うは易しだが、実際は相当難しいことだろう。
まず、しなければいけないのは議会よりも強いと証明する必要があること、強いと言うのはそのまま力があると言うだけでなく、権力も強いと示さなければいけない。
そして、肝心なのは議会よりも信頼できる存在なのかどうかと言う問題だ。
この二つが揃わない限り、聖騎士団の政権獲得はできないと言っていい。
「そうね。それはそうなのだけど……なんて言えばいいのかな。本質的な意味で無理だと思うのよね」
しかし、問題なのはそこではない。
できるできないは関係なく、私は聖騎士団が政権を持つべきではないと言うことが言いたいのだ。
「聖騎士団には務まらないと言いたいのですか?」
「うん。だけど、その辺もうまくやろうとするのよね。団長は」
「本当にできてしまいそうですね」
ユレイナはそう言って小さく笑った。
笑い事ではないのだが、こうやって笑ってくれると心が落ち着く。
ユレイナの美しい笑顔はこの妙な空気感を払拭してくれる。笑顔というものが素晴らしいと改めて実感したのであった。
◆◆◆
俺は学院の授業を終え、下校していた。
放課後の訓練はなく、今は俺とセシルは剣術競技の休み期間を満喫しているのであった。
そして、リーリアと一緒に帰路についていると正面からブラド団長と鉄仮面の女性が歩いてきた。
「エレインか。先日の魔族防衛は助かった」
そう言ってブラド団長は深く頭を下げた。
今は俺とブラド、リーリアに鉄仮面の女性しかいないわけだが、もしここに学院の生徒がいたとしたらどんな反応をするのだろうな。
「俺の家に用事でもあったのか」
この方向から来たのならおそらくアレイシアに会いにいっていたようだ。
「ああ、アレイシアに報告したいことがあってな」
「報告したいことか。一体何の話をしてたんだ」
「それは言えないな。まぁこれから学院に行く予定なのだ」
俺がそう質問してみせるが、ブラド団長は詳しくは話してくれなかった。
何を隠しているのかわからない。まぁ俺が知ったところで何も問題はなさそうだ。
そして、ブラド団長は付け加えるように口を開いた。
「ただ、議会のことについては気を付けろ」
「そうするよ」
議会の何らかの攻撃について忠告してくれたようだ。
どう警戒するべきか言ってはくれなかったが、今まで以上に何かがあると言うのは確かなようだ。
すると、ブラド団長は俺の左横を通り、学院の方へと歩いていった。
鉄仮面の女性も俺の左隣を歩いていった。
「ん?」
彼女の動きに違和感があった。
「……どうかしたか?」
ブラド団長が俺の声に振り向いた。
「いや、ただの気のせいだ」
「そうか。では、気をつけてな」
「団長もな」
そう言って団長と鉄仮面の女性は歩いていった。
あの鉄仮面の歩き方、どこか懐かしく感じるものがあった。
「エレイン様、どうかしたのですか?」
「……妙なこともあるものなのだな」
「どう言うことですか?」
「気にしないでくれ」
これに関しては明らかに俺の問題だ。
ただの勘違いかもしれない違和感に声が出てしまっただけに過ぎないのだからな。
それにしても俺たちに向けての視線が複雑に交差している。
監視目的なのだろうが、俺とブラド団長を交互に見ているのがわかる。
「そうですか」
「ああ、帰るとしようか」
それから何事もなく自宅へと帰ることが出来た。
監視のような視線については途中から全く感じられなくなったため、尾行は途中でやめたと言うことだろう。
大人数でうまく連携を取って自然なように振る舞っていた。
玄関を開けるとユレイナがいつも通りに出迎えてくれてた。
「エレイン様、おかえりなさいませ」
「ただいま」
ユレイナは小さく一礼して、リーリアの方を向く。
「それではエレイン様、私たちは夕食の準備をしますので、ゆっくりなさってください」
リーリアはいつものようにそう言って、夕食が出来上がるまで待つようにと言ってくる。
この言葉を聞くと同時に空腹に陥る。
まるで条件付けられたかのように馴染んでしまった日常を俺は大切にしたいのだ。
「エレイン、おかえり」
ゆっくりと廊下から出てきたのはアレイシアであった。
「ただいま、今日は元気がないみたいだが、大丈夫か?」
「え? 別にいつも通りだよ」
そう言って頬を引き締めたアレイシアは明らかに元気がなさそうであった。
「……何か無理をしていないかと心配しているのだがな」
「無理なんてしてないからね」
アレイシアはそう言っているが、俺は彼女がユレイナと剣の訓練をしていることに気付いている。
体の筋肉の変化、靴や服のしわの付き具合から見ても確実だ。
だが、今日はそれが原因ではなさそうだ。
何か精神的な問題のようだが、それに関しては俺がどうこう言える立場ではないからな。
「まぁ不安なことがあったら話だけなら聞く」
「うん、ありがとね」
そう言ってアレイシアは顔を赤くして返事をした。
すでに水面下で何かが動いていると言うことを俺は予感している。
しかし、まだわからないことの方が多い。
ブラド団長が学院に向かったこと、アレイシアが落ち込んでいること、監視の目が複雑になっていること。
これらが意味することは一体なんだと言うのだろうか。
こんにちは、結坂有です。
話が複雑になってきましたね。
エレインの取り囲む環境が変わりつつあります。議会の思惑と聖騎士団の思惑が交差し、個人同士でも交差する展開となってきました。
これからどうなるのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに。
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