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剣聖のすべきこと

 俺、エレインは目を覚ました。

 何度も見たこの天井だが、いつもと何かが違う。それは温もりだ。

 顔を横にしてみるとルクラリズが椅子に座って軽く目をつぶっている。どうやらいつものように一緒にベッドへと入っていないようだ。


「……」


 昨日の記憶が思い出せない。窓の外を見てみると朝日、というわけではなく夕日が差し込んでいる。

 グランデローディア領の領主を倒した後の記憶がいまいち思い出せない。倒したというのを確認した俺に強烈なめまいが襲いかかってきた。それから、ルクラリズに抱えられて……


「……んっ、エレイン?」


 昨日のことを思い出そうとしていると椅子に座っていたルクラリズが目を覚ました。


「今、起きたところだ」

「起きた……具合はどうっ」


 さっと椅子から立ち上がった彼女はベッドに手を突いて俺の顔色をうかがってくる。

 しかし、今のところめまいがしている感じも、どこか体調が優れていないというわけではない。いたって普通と言ったところだ。


「いや、大丈夫だ。それより、あれからどうなったんだ?」

「……エレインが倒れてから急いで前線まで戻ったのよ。そこで小さき盾の人たちに保護されて、ここに戻ってきた」


 どうやら俺がグランデローディアを倒してからかなりの時間が立っているようだ。それは外を見ればわかる。俺があの魔族を倒したのは昼間だったからな。あれからだいたい半日近くは経っていると見たほうが良さそうだ。


「そうか。戦いの方はどうなったんだ? グランデローディアは倒したが、他の魔族は掃討できていないのではないか?」

「ううん、それは大丈夫よ。ザエラを装っていた魔族を倒した瞬間、能力持ちでない上位種や下位種の魔族が撤退を始めたのよ」

「撤退?」

「ええ、別の領主のもとに向かったのでしょうね」


 グランデローディア領にいた魔族はその領主を失った。また別の領主のもとに向かったらしい。

 全滅は最初から考えていなかったが、俺としては決死の覚悟で攻撃してくると考えていた。まぁそのような事態になって大きな被害が出なくてよかったというべきか。


「……なるほどな」

「それより、体調の方は? 今は大丈夫かもしれないけれど、なにがあったのよ」

「俺にもわからない。強いめまいのようなものがして……」


 それ以降を思い出そうとすると、考えが停止してしまう。まるで何者かに考えの流れをせき止められているかのようだ。

 とはいえ、魔剣や聖剣が反応していないあたりを見ると俺が魔族化し始めているというわけでもない。


「……少し無理しすぎたのよ」

「そうかもしれないな」


 確かにグランデローディアとの戦いの前にも戦闘があったわけだからな。無自覚の内に俺も疲弊していたとみるべきなのかもしれない。

 そう自分の中で整理をしていると、扉が開いた。


「ルクラリズ、エレインの様子は……」


 部屋に入ってきたのはどうやらカインのようだった。


「起きたの? いつ?」


 そう言って彼女も俺の様子を伺いに駆け寄ってくる。


「つい先ほどだ」

「……心配したのよ? 体の様子を見てみても怪我していなかったし、治癒もしてみたけど全く目が覚めないし……」

「すまない。心配かけたな」

「もう、今は問題ないのよね?」


 そう聞いてきた彼女に俺は軽くうなずいてみせると、小さく息を吐いてベッドから離れる。


「戻ってきたらリーリアにも話しておくわ。しばらくエレインはベッドで休んでて」

「俺はもう……」

「さっきまで意識なかった人がそんなこと言わないっ」


 彼女は指を立ててそう俺に注意した。

 体調が戻っているとはいっても、それは今だけであって立ち歩いたりすればまためまいがするかもしれないしな。

 もう少しベッドで休んでおいたほうが良さそうだ。


「ああ、わかった」

「それでよし」


 そう言って彼女は扉を閉めた。

 カインに聞きそびれたが、リーリアや他の人たちはどこかに向かっているのだろうか。まさか、別の方面から攻撃を受けているということなのだろうか。


「……ルクラリズ、リーリアとセシルはどこかに行ってるのか?」

「ええ、議会の方にね。いろいろと報告することがあるみたいだからね。小さき盾も一緒よ」

「報告、か。本当なら俺がするべきことだったのかもしれないがな」

「いいのよ。彼女たちもエレインとずっと一緒にいたわけなんだから」


 ルクラリズがここにいるのは単に自由行動ができないからだろう。形式上、俺の近くにいることが条件なのだからな。

 まぁそれはさておき、今後のことも考えなければいけないだろうな。

 グランデローディアを倒すことだけが俺の目的ではない。世界を救うと決めたのだ。領主を倒してそれで終わりというわけではない。むしろ、これが始まりと言っていいだろう。

 ふたたび平穏を取り戻すことが俺の使命のはずだ。それだけではない。

 平穏を崩すのはなにも魔族だけではない。人間の中にもそのような存在がいる。魔族も十分な脅威ではあるが、そのような人間もまた脅威とみなすべきだ。俺の戦いはまだ始まったばかりなのだからな。


「……それより、エレイン」

「なんだ」

「また別のこと考えてたりするの?」

「別のこと?」

「たとえば、またどこかの領主を倒そうだとか思ってない?」


 今まさにその事を考えていたところだ。

 ただ、具体的になんかが決まったというわけではない。今そんなことを考えたところでしっかりとした目標は見つからないからな。


「まぁそう思ったところで意味がないと思ったからな。今はもう考えていない」

「今はってことはついさっきまで考えてた?」

「……そうだな」

「そういうところ、自分だけ頑張れば解決できるって思ったら大間違いよ」


 そう言ってむっと頬をふくらませるルクラリズだが、今日の彼女は一体どうしたというのだろうか。

 いつものクールな印象が崩れてしまっているように見えるが……


「自分で全て解決できるとも思っていない。それに、頑張ろうにも目標がなければいけないからな。とりあえず、今は自分の回復に集中する」

「……それならいいのだけど」


 そう言うとルクラリズはまたゆっくりと椅子に座った。

 体調が戻ったといったが、まだ椅子に座るところを見るとやはりいつもと様子が変だ。

 あの戦いから何かがあったというのだろうか。


「様子が変だが、なにかあったのか?」

「え?」

「いつもならベッドに潜り込んでくると思ったのだがな」

「……少しね。ちょっとね」


 気になるところではある。しかし、あまり言及するのもよくはないのかもしれないな。あまり聞かれたくないことなのかもしれない。


「……エレインの見方が少し変わったって言ったほうがいいわね。こういうの尊敬というのかしら」

「尊敬、か。まさかルクラリズからそのような言葉が聞けるとは思っていなかった」

「なによ。問題でもあるの?」

「いや、別にそういった意味で言ったわけではない。気にしないでくれ」

「もう……」


 こうして誰かに尊敬されるというのは悪い気はしないな。

 セシルも俺のことを尊敬してくれているが、表立って言うような性格でもない。まっすぐものを言えるルクラリズだからこそ言えることなのだろうな。

 それにしても、俺のどの部分を見て尊敬という念を抱いたというのだろうか。


「あの戦いでなにか変わったのか?」

「その、理由はわからないけれど……いや、ないわけではないけれど……」


 歯切れ悪くいう彼女の目は少し泳いでいるようにも見えた。

 あまり聞かれたくないことなのだろうか。


「とりあえず、尊敬したって感じだと思うのっ」


 そう大声で言ったルクラリズはものすごく恥ずかしそうに顔を真っ赤にした。

 人に対して尊敬しているというのがそこまで恥ずかしいものなのだろうか。

 と、そんなことを思った直後、扉がまた開いた。


「エレイン様、ご無事でしたかっ」


 急いでここに戻ってきたのかほんの少しだけ服が乱れている。

 カインから話を聞いて取り乱しながらも、ここまで来たということのようだ。


「リーリア、そんなに急がなくても……」


 すると、少し遅れてセシルも俺の部屋へと入ってきた。


「心配をかけたな。もう体調の方は戻っている。安心してほしい」

「……急に倒れたときは何事かと思いました。今は大丈夫なのですね?」

「ああ」


 俺がそういうとリーリアはほっと、胸をなでおろして安心した。

 セシルも口では落ち着いているようではあったが、表情をみるとひどく心配していたというのが見て取れる。


「議会への報告はもう終わったのか?」

「……はい。アレイシアさんから指令書も頂いてきました」


 休む暇のなく、また別の問題が起きようとしているのだろうか。

 まぁ魔族側からすれば、領主を討伐されたわけだからな。すぐに何らかの動きがあっても不思議ではない。

 エルラトラムもこれから忙しくなるのだろう。


「”年が明けるまでの休暇を命ずる”だそうです」

「……それは指令なのか?」

「はい。いくらなんでもエレイン様は頑張り過ぎなのです」


 自覚していないわけでもないが、確かに学院に入ってからというものほとんど休みなくなにかの事件が起きていたからな。

 年明けまであと数ヶ月、その間ゆっくりと休みを取るよう言われるのは当然か。


「そうよ。エレインは頑張り過ぎよ」


 続けてセシルもリーリアと同じくそういった。


「わかった。その指令書に従うよ」

「はい。エレイン様だけでなく小さき盾のみなさんも休みを命じられました」


 確かに彼らもほとんど休みなく動いていたわけだからな。

 大きな問題の一つが解決したのだ。少しばかり休みをしたとて悪くはない。


「そうか」

「これから二人でゆっくりと過ごせますね」


 すると、どこか嬉しそうにリーリアがそういった。

 確かにゆっくりと過ごせるのは幸せなのかもしれないが、二人である必要はあるのだろうか。

 俺も休みを取るのだからリーリアも休みを取ればいいのだ。今まで十分俺のために尽くしてきた。

 メイドと言う立場からして自由な時間が限られていたことだろう。この数ヶ月は自由を満喫すればいい。


「リーリアも休んでいい」

「いいえ、そういうわけにはいきません。それに、エレイン様のお世話に休みなんてありませんから」

「自分のことは自分でできる。だから……」

「いけません。二人でゆっくりと過ごしましょう」

「ふ、二人じゃないわよ。私もいるわよっ」


 リーリアの横からルクラリズが割り込んできた。

 確かに休暇とはいってもルクラリズを自由にすることはできないからな。二人、ではなく三人が正しいことになるか。


「……ルクラリズさん、あなたはもうメイドではありませんよね?」

「そうだけど、尊敬してるわよ」


 対抗意識からかルクラリズは胸を張ってそういった。


「それは尊敬ではなく、かっこいいと思ったからでしょう」

「ち、違うわ」

「いいえ、私は見ていました。エレイン様のあの一撃のあと、ルクラリズさんは目を輝かせてエレイン様を見つめていたました。まるで初恋をした乙女のように……」

「なっ、そんなわけないわ」


 俺は見ていたわけではないためになんとも反応に困るのだが、別に尊敬だろうとなんでも構わない。俺がルクラリズの監視をするといったのだからな。


「どちらにしろ、ルクラリズは俺が監視しなければいけない。三人でゆっくりと過ごそう」

「……エレイン様がそういうのでしたら私は構いません」

「ちょっと、私はどうなのよっ」


 ムッとしたセシルがリーリアの後ろからそう俺に向かって言ってくる。


「わかった。セシルも一緒だ」

「もうっ」


 なんとも自分勝手な人たちだ。いや、自分勝手ではないか。俺のことを慕ってくれているからこその言動なのだろう。

 こうした人たちに囲まれているということは本当に俺は恵まれているんだなと、そう実感した今日であった。

こんにちは、結坂有です。


グランデローディアとの大きな戦いを終えたエレインたちですが、これからはゆっくりと過ごすことになりそうですね。少なくとも年明けまでは活動できないそうです。

まぁ戦う以外にもラクアやマナのこともありますからね。


そして、今回にてこの章は終わりとなります。

次回からは舞台が大きく変わり、マリセル共和国の話となります。


一体そこでは、どんなことが起きるのでしょうか。

それでは次章からも引き続き、楽しみにしていただけると嬉しいです。



評価やブクマもしてくれると嬉しいです。

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Twitter→@YuisakaYu

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