狙うべきは敵地
翌朝、俺はリーリアとルクラリズの温もりに目が覚めた。
抱きつかないでほしいと昨日言ったと記憶しているのだが、眠っている内に抱きついたのだろうか。まぁ問題なく眠れたのだから別に気にすることもないか。
「……んっ」
横でルクラリズが息を漏らした。
俺が目を覚ましたことで彼女たちまでも起こしてしまうのも悪い。
窓の外を見てみてもまだ明るくなり始めた頃のようだ。この位置からだと時計は見えないが、体感的には早朝と言ったところだろう。
リーリアが起きていない点からもおそらくは五時前かもしれない。
「……エレイン様、起きましたか?」
「ついさっき起きたばかりだ」
「……本当ですか?」
「本当だ。別に抱かれているから起きたわけではない」
「そうですか。抱かないようにと言われていましたが、目が覚めるとこのような状態に……」
そう言っているものの、すぐに離れようとしないあたりを見るにもう少しこのままでいてほしいようだな。
それなら気が済むまでこの状態でいてあげたほうがいいだろうな。俺としてもこの状態は嬉しいし、心地が良い。恋愛といった感情とは違うのかもしれないが、気分としては悪いわけではない。
もう少しこうした状況についてもっと知っていくべきだろうな。
「それより、今日はなにかご予定とかあるのですか?」
「予定か」
「はい。昨日は何も考えていないと言っていましたが……」
そう言えば、昨日そのようなことを言ったな。正直なところ何も考えていないのは事実だ。その日その日で予定を考えていたからな。
とはいったものの、特にこれと言って準備するようなことがないからな。セシルとの訓練もそこまでハードなことでもなければ、準備をしておかなければいけないというわけでもない。
それに彼女のペースに合わせる必要もあるからな。
まぁ本当のところは予定を立てたくないと言ったほうが正しいか。小さき盾がどのような調査をしているのかがわからない以上、俺もあまり動きたくない。彼らから何かしらの要請があったときに動ける状態を作っておきたいからな。
「ああ、実際に何も考えていないからな」
「それはなにか理由があってのことでしょうか」
「まぁそうだな。小さき盾の要請にも応えないといけないからな」
「そうですか。わかりました」
今日も今日とてなにか大きな変化があるとは思えないが、常に動ける状態を維持しておくことに越したことはないだろう。グランデローディア領との戦いがまだ続いているわけだからな。
「じゃが、その状況ももう終わりになりそうじゃの」
リーリアがそう言い終えると俺の魔剣から急にアンドレイアが飛び出してきた。
「っ!」
「そう驚くではない。我が主はそこまで驚いておらんじゃろ」
アンドレイアはそう言うが、こういったことに慣れていなければ驚くのも無理はないのではないだろうか。
「そんなことよりも状況が終わるというのはどういう意味なんだ?」
「初めから説明しようかの。クロノス」
彼女はそう呼びかけると魔剣の中からまたクロノスが現れてきた。
「はい。私の感覚では相手が動いている兆候を感じます」
「……またあの能力を使ったのか?」
そう言えば、クロノスとアンドレイアの二人は時空を加速させて未来をある程度観ることができると言っていた。
しかし、神樹からの力の供給がなくなった今、そのような事ができるとは思えない。
無理でもしていなければ良いのだが。
「いいえ、使っていません。今の状態ではそのような荒業は使えませんから……」
「周囲に漂っている小精霊たちが騒いでいるのじゃ。おそらくは今の精霊族長がなんらかの危機を察知したに違いない」
「今の精霊族長は私たちのように”予知”と言った能力は持っていません。ですが、与えられた多くの情報から”予測”することはできます。その精度は族長となった今、かなり高いものになっていると思われます」
そう丁寧に説明したクロノスは続けて説明を続けてくれた。
今の精霊族長はどうやら”予測”といった能力を持っているそうだ。時空を隠そさせて未来を観ることはできないそうだが、それでも多くの情報を集めることでその予測精度はかなりのものになるようだ。
そして、精霊族長となってしばらく経ったことで能力がまだ発現していない小精霊を駆使することで多くの情報を集め、やっと力を発揮できるようになったと言ったところのようだ。
確かにそのような力を持っているのだとしたら、小さき盾が調べるよりも早くにうごくことができるはずだ。
「その、小精霊という存在は私たちには感じ取れないのですか?」
「敏感な人でしたらどうかわかりませんが、ほとんどの人は感じることはできないとされています」
「だから、色んな場所に潜り込めるんじゃ。情報を集めるには丁度いいじゃろ?」
「はい。それに小精霊たちも人間のことをよく知ることができますし、悪いことをしているというわけではありませんからね」
そう言えば、イレイラも儀式やらなんやらで人間のことを知る機会がいくつかあったと言っていたな。小精霊のころ、まだ能力が発現していないときのことなのだろう。聖剣に宿るようになってからは情報を得ることはできなかった。
人間に気付かれなければ、干渉しているわけにならず精霊の掟を破ることにはならないということのようだ。
「まぁおそらくはもうそろそろ精霊の泉で発表でもするのじゃろうな。前はブラドが担当しておったが、今はアドリスか」
確かに族長との対談が許されているのは聖騎士団の幹部あたりだったな。
「そうです。それに、昨日のミリシアさんの話を信じるとすればもう動き始めてもおかしくはないですね」
「どちらにしても悠長にしている時間はそうないということになるじゃろうな」
そう言えば、俺がセシルと訓練している間、アンドレイアとミリシアが何かを話していたみたいだしな。内容までは聞き取れなかったが、今調査している対象についてのことだったらしい。
とある宗教団体を率いている教祖的な存在だそうだ。
「まぁ予定を入れないでいたのは正解だったようだな」
「……このまま平和に過ごせるのならそれで幸せなのですけど、そのようなことを言っている場合ではありませんからね」
当然といえば当然か。今は魔族との戦いが続いている状況だ。動きが止まっているだけで始まった戦いが終わったわけではない。
「……んっ」
すると、俺の横でルクラリズが心地悪そうにして息を漏らした。
そう言えば、ずっと彼女は寝たままだったな。ここまでの長話になるとは思っていなかった。少し悪いことをしたかもしれない。
「……エレイン様、どうなされますか?」
どうと言われてもやることは一つしかない。
狙うべきは敵地にいるグランデローディアだ。その魔族さえ倒してしまえば、この戦いは一旦は落ち着きを取り戻すことだろう。運が良ければ他の魔族もその領地から追い出すことができれば、人類で初めて領地を取り戻した大勝利となるだろう。
「小さき盾がどのような判断をするのかはわからないが、俺としては今すぐにでも動くべきだろうな」
「ですが、相手がどう動いてくるかわからない以上、こちらから動くのは得策ではないように思えます」
「動きがわからないからこそ、こちらから動くんだ」
「……自ら動くことで相手の動きを制御する、つまりはそういうことでしょうか」
すると、クロノスがそのようなことを言った。
相手に動きを制限されるのは好きではないからな。俺としては自由に動けるタイミングで動きたい。
制限のある中で動くのはかなり難しいからな。今なら何も事件が起きているわけでもないからこそ自分で動いたほうが最善と言えるだろう。それに、相手はあまり大きなことをしたくないことだろうしな。
「簡単に言えばそうだな」
「では、早速行くのでしょうか」
「ああ、まずはセシルに状況を話さないとな。この場にいないわけだからな」
「わかりました。私はセシルさんを起こして来ます」
すると、そう言ってベッドから飛び出たリーリアはさっと崩れた衣服を整え、失礼しますとセシルの寝ている部屋へと向かっていった。
「ところで、我が主よ」
「なんだ」
「美人に囲まれた気分はどうじゃ?」
「どうと言われても返答に困るのだが」
「やはり気分がいいのじゃろ」
確かにそう言われれば気分が高揚している感じはするな。
「そうだな。そうかもしれんな」
「ふむ、そういったことはお主の下半身の状態がの。一見すればわからぬが、じっくりと見ればわかる。全くお主は理解しているようで理解できていないところが変わっているの」
男性の生理現象のことを言っているのはわかるが、まぁどちらにしろアンドレイアの言いたいことがよくわからない。
隣りにいるクロノスは顔を赤くして何を喋らないでいるあたりをみるに恥ずかしい内容なのには変わりないようだがな。
「……今は戦いのことを優先するべきだ。そのことはまた今度にでも教えてくれ」
「ふふっ、わしでいいのかの?」
「他に教えてくれそうな人はいないわけだからな。仕方ない」
「覚悟するがいいぞっ」
どこか楽しそうで、嬉しそうで満足そうな表情をしている。
教えることがそんなにも幸せのだろうか。よくわからないが、相手が喜んでいるのならいいか。
それよりもルクラリズを起こして戦いのことを伝えないといけないな。
それから俺は横でぐっすりと幸せそうに眠る彼女に罪悪感を感じつつも、肩を揺すったのであった。
こんにちは、結坂有です。
ついに敵地へと出陣することになりましたね。
どういった戦いになるのか、楽しみです。
それでは次回もお楽しみに……
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