知らないことばかり
夢の中、俺は一面真っ白な空間にいた。
意識ははっきりしている。起きているときと全く同じような感覚だ。
ここは聖剣に宿っている精霊イレイラの空間だ。しばらく顔を出していないと思っていたところなのだが、まさかイレイラの方から呼び出してくるとはな。
「イレイラか」
「……はい」
俺がそう呼びかけると美しくも無機質な声がどこからともなく聞こえてくる。そして、しばらくすると俺の目の前に姿を現した。
その表情は寂しそうな感じがした。
「しばらく見ていなかったが、なにか言いたいことでもあるのか?」
「……これと言って話したいことがあるというわけではありません。これは私の勝手です」
「そうか」
「ご迷惑、でしょうか」
「いや、迷惑とは思っていない。むしろ俺から話したいと思っていたところだからな」
俺がそういうと彼女は俺の目をじっと見つめながら首を傾げる。
「イレイラの見解で良い。セシルのことをどう見ている」
俺が彼女に聞きたかったことはセシルのことだ。
人間が魔族に変わった例として一番身近にいる存在だからな。魔族になり、敵になった者は多かった。話を聞くことも、一緒に訓練することもできなかったからな。
まぁマナの件もあるのだが、彼女の場合は物心がつく前から魔族としての要素を植え込まれたようだ。その点ではセシルとは全く違う。
「……セシルさん、人間でしたよね」
「ああ、学院の頃にパートナーとしてともに訓練していた」
「聖剣の中にずっといる私は視界がよくありません。皆さんの存在を気配などで感じ取ることぐらいです。あまり役に立つような情報はないかもしれません。声などは聞こえていますけれど」
「それでもいい。少なくとも俺とは違う感覚を持っているのだからな」
俺がそういうと彼女はまた小さく首を傾げた。しばらくすると何かを納得したのか小さくうなずいて口を開いた。
「私の感覚ではセシルさんは人間の力を少しだけ持っていますけど、間違いなく魔族です。ですが、エレイン様たちの声を聞いていると味方であることは確かなのでしょう。嘘の気配もありません」
まぁ味方なのには違いないだろうな。俺から見ても嘘をついていると言った印象はない。それに彼女が聖剣を手にしている時点でも精霊や人間の味方なのだろう。
ただ、気になるのはその点ではない。
「それ以外にはなにかないか?」
「……思い返してみれば、セシルさんの気配が不安定な気がします。ごくたまになのですが、薄れているような感じが……」
「薄れている?」
「はい。今のセシルさんは人間と魔族の両方の力を感じます。その人間の力が出会った頃から徐々に薄れていっているような気がします。私の感覚ですけど」
ということは魔族化が進んでいるということなのだろうか。
俺にはほとんど感じなかったが、セシルにはまだ人間としての力を持っているそうだ。ただ、それは日々薄れていっているらしい。もし、人間の部分が全くなくなったとき、セシルは果たして人間の味方になってくれるのだろうか。
今はまだ人間としての意識があるが、それが完全に魔族のものへと変わってしまったらそれこそ味方であり続けてくれるのだろうか。
「お役に立ちますでしょうか?」
「ああ、助かった。ありがとう」
「……っ」
一見すると無表情に見えるその顔もじっくりと見てみればよく分かる。頬を若干赤らめているところを見るに照れているのだろう。アンドレイアほどに変化が著しいわけではないがな。
まぁこうした難しい話ばかりではつまらないだろう。
気楽な話題へと切り替えるか。
「そう言えば、イレイラはいつも同じ服装だな」
「はい。この服は私が目で初めて人間を見たときに、その人が着ていたものをイメージしています」
言われてみれば確かに古いデザインのもののように思える。初めてイレイラの姿をみたときに感じた神秘的な印象はその服のせいもあるのだろう。おそらくはなんらかの儀式のときに着ていたもののはずだからな。
そう言えば、アンドレイアもクロノスも色こそ違えど似たようなデザインの服を着ているな。
「精霊はそういった服装しか知らないのか?」
「そういうわけではないです。人間にばれないように人間の世界に潜り込んでいる精霊もいますからね。その方たちは流行りの服などをイメージしています」
「なるほどな。イレイラは興味あるのか?」
「……ない、といえば嘘になりますね」
「それなら服装を変えてみたらどうだ? ここは夢の空間、イレイラの空間なんだ」
現実の世界とは違い、ここは彼女の創造した空間だ。
彼女のイメージでなにもかもが創られる。
「……わかりました。なにごとにも挑戦ですからね」
すると、大きくうなずいた彼女はゆっくりと目を閉じてイメージを膨らませていく。そしてイレイラの体が光に包まれ始める。
その光が消えるとイレイラの着ていた服が大きく変わっていた。
「……」
「どう、でしょうか」
「それは何をイメージしたんだ?」
「これは私の知っている精霊が流行りだと言っていた服です。今となっては古いのでしょうけれど」
それは古いも新しいもない。
明らかにおかしな服を着ている。いや、露出率を考えると着ていないと言ってもいい服装だ。
よくよく見てみると紐のようなものを体に巻き付けただけのようなものだ。
もはやそれは服と言えるのだろうか。
「……変、でしょうか」
「魅力的という点では変ではないだろう。だが、それは一般の服というわけではないだろうな」
「そうなのですか?」
とんでもなく肌の露出の多いその紐だけで作られた服を来た彼女がじっと俺の目を見つめてくる。
色気を感じさせない無機質な彼女はたった服が変わるだけで一気に豹変した。
今まで服で隠されていた部分が大きく露出している。神秘的すら思わせる真っ白で滑らかそうな肌、健康的で美しい体の曲線は俺の、男としての欲望を強く刺激してくる。
「エレイン様の表情を見るにとてもいい印象のように見えますけれど」
「いや、そうではない。……もう少し一般的な服というものを知るべきだろうな」
「……では、また今度お教えくださいっ。エレイン様の好きな服装がきになりますっ」
表情こそあまり大きく変化はしないが、楽しそうにしているのには違いない。
今度こそは普通の服というものを教えてやる必要がありそうだ。
こんにちは、結坂有です。
今回はイレイラとの回でした。
少しずつ親密になりつつあるエレインと彼女との関係はなかなかに面白いものですね。
次回は戦闘シーンとなります。
それでは次回もお楽しみに……
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