目的は常に一つ
それから数日、俺、エレインは家でセシルとの訓練を続けていた。その間にも小さき盾の人たちはそれぞれ自分たちの仕事を続けていたそうだが、あまり詳しくは聞いていない。
なにか重要なことがあればミリシアやアレクが話に来るはずだからな。夕食などで一緒に食べることも数日の間にあったものの、そのような話をしなかったことからもあまり重要なことは起きなかったのかもしれないな。
あったとしても俺に話すような内容ではなかったということもあるが、どちらにしろ、あの騒動以降は大きなことはなかったのだろう。
今日も俺は何事もなくセシルの訓練に付き合い、何事もなく夕食を食べ終え、自分の部屋に戻っていた。
当然ながら、俺の横にはルクラリズがいる。魔族である彼女がこのエルラトラムで生活するには俺の監視下にいる必要がある。まぁ彼女自身もそのことには満足しているようで良かったのだが、あまり自由な生活とは言えない。不満はないと口では言っていても内心はどう思っているのかは不安だ。
最近、オシャレということを嗜むようにはなってきた。俺の近くでないといけないのでは、自由に商店街に行かせてやることもできないからな。
すると、ベッドに座って上着を脱いだルクラリズが俺の方を向いて口を開いた。
「……また考え事?」
ここ数日の間のことを思い返していると彼女はそう話しかけてきた。確かに考え事ではあるのだが、そこまで深刻なことは考えていない。
むしろ彼女やラクアたちのことを踏まえて将来を考えていただけだ。
「別に大したことは考えていない。ただ、何も起きていないように感じるが、ゆっくりと時が進んでいるんだなと思っただけだ」
「なにそれ」
「……まぁ気にしなくていい」
言葉だけだと妙な意味に捉えられてしまいそうだが、俺が言いたいことはこうしている間にも他の場所で何かがゆっくりと進行しているんだなということだ。
なにも魔族の問題はエルラトラムだけとは限らない。まともに国として成立している場所が十数カ国しかないとはいえ、それでも誰かが戦い、誰かが何かを企んでいる。もちろん、何も知らない俺たちがそれらのことを考えるのは意味がないわけだがな。
「エレインが一体どんな事を考えているのか、全くわからないけれど、私が考えている以上にいろんな事を考えているっていうのはわかるわ」
「どういう意味だ?」
「ん? そのままの意味よ?」
そう言われても彼女の言いたいことがいまいちよくわからない。
「……そう言えば、セシルのこと。彼女の様子はどうなの? 窓越しからだとよくわからないから」
しばらく何も喋らないでいるとルクラリズがセシルのことを切り出してきた。
確かに窓越しからではどのような調子なのかはわからないな。何を気にかけているのかはわからないが、とりあえず自分の感じたことだけでも言っておくか。
「体感としてはそこまで変わった印象はないな。前よりも徐々に強くなっている気がするが」
「……前よりも強くなってるって?」
「力そのものも強くなっているのかもしれないが、それ以上に冷静に戦況を見つめることができるようになっているな」
「冷静になれているってことかしら」
冷静になっているというよりかは周りを見れる余裕が生まれたと言ったほうがいいだろうな。学院にいる頃の彼女にはそこまでの余裕は感じられなかった。自分のことで精一杯になって周りをよく見れていなかったからな。
ただ、悪いばかりでもなかった。一対一では依然として高い実力を発揮できていたからな。周りが見れないほどに集中しているということでもある。
しかし、最近になって……いや魔の力が覚醒してからの彼女はよく周りを見ているように見える。足元の微かな違和感も彼女は感じ取ることができていたからな。
「必ずしも冷静になれているとは言えないがな。それでも着実に進化し続けているというのはたしかなのだろう」
「それ以外に感じたこととかない?」
「それ以外、か」
「……魔の力が消えかけてるとか」
セシルとの戦いを振り返ってみても戦いの途中で魔の力が弱まったり、消えたりしたということは今までに一度もない。長時間使ったこと以外に違和感を感じたことはなかった。
「いや、そういった印象は今のところはないな」
「そう、それならいいのだけど」
ルクラリズが何を危惧しているのかはわからない。それでもセシルのことを気にかけているというのは間違いないだろう。セシルのことを俺よりも考えているのは彼女なのだからな。
俺は心配こそすれ、深くまで考えれるほどの知識がないわけだからな。魔の力関係のことはルクラリズに任せるべきだな。
「なにか気になることでもあるのか?」
「うーん、あまり気にかけるほどのことでもなかったのかもしれないけどね。もともと人間の彼女がどうしてそのような力を維持することができるのか不思議に思っただけよ」
「不思議、か」
「魔族でもなんでもない人間がどうして魔族と同じ力を手にすることができるのか……」
「俺が天界に行ったときに神の一人が魔族は人間を素材に作られていると行っていたな。まだルクラリズに話していなかったがな」
そう俺が話をすると、ルクラリズは目を丸くして驚いた。
確かに天界に行ったなんてそんなこと一言も話していなかったからな。驚くのも無理はないか。ただ、俺の行ったことは人間がどうして魔族の力を手にできるのかと言う問いのヒントになるかもしれない。
魔族の素材が人間だとしたら、その素材となった人間もまた近い力を扱える可能性が高まる。
「……エレインが天界に行ったということはまた後で聞くとして、魔族の素材が人間だということは初めて聞いたわ」
「そうか」
「それでもおかしい点は解決しないわね。そもそも、魔族の力っていうのは天界のものなのよ。この下界でその力を引き継ぐなんてまず不可能なのよ」
「なるほどな」
話を聞いた神の一人も言っていたな。天界の力は下界ではなんの役にも立たないとな。
それを言うなれば、神を喰らった魔族が下界でその力の片鱗を発揮できるというのはどうしてなのだろうか。
どちらにしろ、天界と下界の常識が必ずしも魔族に通用するとは考えられないしな。
魔族が作られ、その魔族が神を喰らった時点である意味変革が起きたのだ。常識が大きく変わったとて何ら不思議はない。
「色んな意味でも私たちは何も知らないのよ。人間も魔族ですらもよくわからないことばかりだから」
「ああ、それは天界の連中も同じことなのかもな」
「……神も混乱してるっていうの?」
「俺が行ったときは混乱している様子だったがな」
邪神の力がどのようなものだったのかは聞かされていないが、強力な力だったことには違いないだろう。
天界の連中も詳しい内情までは教えたくないことでもあるからな。
「結局はよくわからないのよ。ただ、私たちができることは生き残ることだけね」
「そうかもな」
「……」
「……」
なぜかルクラリズは俺を見つめたまま黙り込んでいる。
何かを訴えかけているのかもしれないが、俺にはなにか悪いことを言ったつもりはない。
「なんだ?」
「……子孫を残すっていうのも目的の中に含まれる、よね?」
「確かにそうかもな」
「それじゃ……」
ルクラリズがそう言いかけた瞬間、扉が勢いよく開かれた。
扉を開けたのはリーリアであった。彼女の着ているネグリジェは乱れは一切なく美しく着こなしている。その美しさの中に色気も混在しているのはなぜなのだろうか。
「エレイン様、私もご一緒します」
「なにをだ?」
「それは……」
そこまで言ってリーリアは俺とルクラリズをそれぞれ一瞥すると言葉を続ける。
「睡眠です」
裏があると感じさせるような物言いだったが、一緒に寝たいということは嘘ではないようだ。
とはいえ、さきほどの俺とルクラリズの話も聞こえていたはずだ。それを聞いて何を思ったのかはもう言うまでもないかもしれないな。
「エレイン様、こちらに……」
そう言ってベッドの上で両腕を軽く広げたリーリアはどこか嬉しそうにしている。
「……」
まぁこうして平和を堪能しておくのも悪くはないか。
「セシルさんなら、ぐっすりと眠っておられます。ですので……」
「ちょっと、リーリア。じょ、冗談よね」
「何がですか?」
いたずら顔のリーリアは楽しそうで、ルクラリズは困惑している様子だ。
「確かに今日の訓練は彼女にとっても疲れたことだろうな。俺も明日に備えて早めに寝るとしようか」
俺はリーリアとルクラリズを無視するようにベッドへと潜り込む。
「はい。私も精進致しますっ」
「じゃ、私もっ」
その言葉を聞いたのを最後に、俺の体は彼女たちの柔肌に埋もれたのであった。
こんにちは、結坂有です。
三日ほど急なお休みとなってしまいましたが、いかがだったでしょうか。
これからも彼女たち、いえ、主人公たちの活躍に期待ですね。
それでは次回もお楽しみに……
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