発現した見えない力
訓練場でセシルは自らの力をさらに進化させ、本当の意味で魔の力を発現させることに成功した。
もちろん、意図的に起こしたことには変わりないのだが、それでもここまでの力だとは俺も思っていなかった。もとから小さき盾に匹敵する素質は持っていた彼女がまさか、ここまで急成長を遂げるとは誰が想像できただろうか。
まぁそれもこれもゼイガイアが魔の力を彼女に植え付けようとしたことがきっかけだ。
最初は本当に利用できるのかはわからなかったからな。実際にはこうして戦いに活かすこともできるのであれば、問題ないと言えるか。
「セシルっ。さっきのは……」
外から訓練場の中を見ていたルクラリズが扉を開けて駆け寄ってくる。
距離があったとは言え、訓練場の外からでもセシルの異常な魔の力を感じることができたことだろう。特にルクラリズはそういった力に敏感だ。
セシルの力が一体どういったものなのかもすぐに理解できたことだろう。
「……わからないの。戦わないとって思っていたら急に体が軽くなったわ」
「魔の力を発現させたのね。普通は上位種に見られるものなんだけど……人間だったセシルがそこまでの力を手に入れるとはね」
どうやら魔族としてもそれはかなり珍しいことのようだ。
上位種に見られるらしいが、詳しいことは後で聞くとしよう。今大切なのはセシルがもう一度その力を発現させることができるかどうかだ。
「魔の力、本当に私は魔族なのね」
「妙な気分か?」
「ええ、思っていたよりも強力な力みたいだし。ちょっと自分でも戸惑っているって感じかしら。初めて聖剣を手にしたときに似てるわ」
精霊の力を聖剣というものを使って間接的に手に入れたときと同じような感覚なのだろうな。確かに俺も初めてアンドレイアと出会ったときも似たようなものだったか。
ただ、アレイシアから渡された聖剣の能力はうまく使いこなす間もなく、すぐに進化してしまったからな。”追加”という能力に進化する前はどのような力だったのかはよくわかっていない。
アレイシアから聞いた話ではおそらく”減量”だっただろうと予想されていたそうだ。なにぶん、精霊との対話を一切したことがなかったそうだ。まぁイレイラ自身もあまり理解していなかったそうだからな。話ができたとしてもよくわからなかったのかもしれないな。
「まぁそうだろうな。その力をもう一度発現させることはできそうか?」
「もう一度?」
「……やってみるわ」
そういって目を閉じたセシルはゆっくりと息を吐いて集中し始める。
彼女の持つ魔の力が一体どのようなものなのか、自由に引き出すことができるのかも気になる。あまり無理はさせたくないが、こればかりは知っておくべきことだ。
「力が強まってるわ」
ルクラリズがそういったと同時にセシルの目が赤く光り始めた。
力を発現させている間は目が光るのだろう。
禍々しくも美しいその目の光は彼女の信念を現しているかのようだ。
「……っ」
そう言って膝を付いた彼女はひどく息が荒れていた。強大な力ゆえに体力を多く使うらしい。
「大丈夫か?」
「うん。大丈夫。でもこれ以上は難しいかな」
「……魔族の世界だと訓練次第で長く使えるようになるわ。普段の訓練に取り入れる方がいいかもしれないわね」
普段から使い続けていると自然と発現させ続ける時間が伸びていくようだ。それもこれも彼女の努力次第ということだろう。
しかし、完全に使いこなせるようになるために長く訓練をしているような時間はない。残念ではあるが、状況が状況のため仕方ない。
「それって私でも可能、かしら」
「わからないけれど、おそらく同じだと思うわ」
確実と言える根拠はないものの、セシルが今後もっと伸びるであろうということには違いない。魔の力がほんの少しでも使えるのだとすれば、それを応用した技なども取り入れていくべきだろうな。
どちらにしろ、今は休憩を取るべきだな。
「リーリア、お茶を頼めるか?」
「……わかりました」
「セシル、詳しい話はリビングで話そうか」
「ええ、そうね。休憩したいわ」
それから俺たちはリビングの方へと向かった。
◆◆◆
私、ミリシアは小さき盾として議会の支援を受けながら、様々な場所へと調査に向かっていた。もちろん、横にはアレクもいる。
今回は私とアレクの二人で行動している。このような調査任務ではレイが退屈そうにするから仕方がない。ただ、何もしていないというわけではなく、ラクアの訓練に付き合ってくれている。議会の中でしか訓練ができていないが、それでも強くなれるのならとラクアが望んでいた。
確かに強くなるためには自分より強い人とする方が上達も早いことだろう。
それはさておき、今は自分の任務のことに集中するべきだ。
「ミリシア、そろそろだね」
「……ええ」
そう私の横でアレクがつぶやくように言った。
今私たちのいる場所はとあるカフェだ。ここで私たちが待ち構えているのは古くから伝わっているという宗教団体を調査するためだ。
先日の戦いでいろいろな謎が出てきたと同時にそれを解決する糸口も見つかった。
この国では古い時代から妙な思想が根付いている地域が存在するらしい。当然ながら、グランデローディア領と関わりがあるのは間違いないのだろう。それに、アレイシアが議長権限で資料を調べてくれたおかげでそこの領主との契約のことについてもわかってきたことがある。
その思想のもとで活動している小規模な宗教団体、その人たちが交流目的でよくこのカフェに来るそうだ。調べたところ資金力がないためにこうした場所を使っているのだそうだ。
と、そう思い返していると真っ黒に金色の刺繍が施されたローブをかぶった男がカフェへと入ってきた。
そのあまりにも不自然であまりにも奇怪なその風貌は魔法使いを連想させる。多くの本を読んできたが、度の本にも魔法使いという単語は悪いイメージしかない。
「先日の件はお世話になりました」
「いえいえ、これもすべて私たちがあるべき姿に戻るためですので」
そういってローブを深くかぶった男が首を振って受け答えしている。顔まではわからないが、その短いやり取りでその男が深く関わっているということがわかる。
「それにしても、議会が早急に対応しましたね。不自然なほどに」
「不自然、ですか?」
「ええ、とてもじゃありませんが、なんの情報もなくあのような対応はできませんからね」
「……それは、つまり情報を流した人がいるということですか」
「間違いないでしょうね。ここに集まっていない人も多いことです。こちらとしても調べるに越したことはありません」
どうやら彼らは先日の件を不可解に思っているらしい。
確かに迅速な対応ができたと思うが、それでももう少しうまく立ち回れたかもしれないと思っている。
まぁそのことは今は関係ないか。彼らはどうやら自分たちの中に裏切り者がいるという可能性を考えているようだ。もちろんだが、それらの情報筋から聞いて作戦に至ったというわけではない。
なんの前情報もなく行った戦いだ。
「もしくは、議会に優秀な諜報部隊がいるのかもしれません」
「諜報部隊が新しく結成されたという話は聞いたことがあります。詳しいことまでは公開されていませんけれど……」
「……ここに入るときから気になっていたのですが、ここのカフェの評判は?」
「ひょ、評判ですか?」
「重要なことです」
そう言って年配の男性が店主の顔色を伺いながらも正直にこのカフェの評判をローブの男へと話し始める。
「地元では評判がいいのですが、他方から来る客はほとんどいません。立地も悪く、観光で来るような場所でもないですから仕方ありません」
「……であれば、そこの二人はなぜここにいるのですか」
すると、ローブの男が私たちに話しかけてきた。顔をこちらに向けていないとはいえ、明らかに私たちに向かってその言葉を投げかけてきている。
民間人を装ったつもりなのだが、こうも早い段階で気付かれるとは思ってもいなかった。
「僕たちのことかな?」
しかし、そんなことは想定済みだ。
遠い場所へと出向いて調査するのだから、見慣れない顔がいれば警戒も強くなる。
「ここには君たちと私たち以外に誰もいません」
「……僕たちが邪魔ならもうカフェから出るよ。ちょうど飲み終わったところだしね」
「その必要はないでしょう。君たちも私たちの仲間になればいいだけです」
「悪いけど、妙なことには巻き込まれたくないものでね。失礼するよ」
そう言ってアレクが立ち上がるとローブの男が軽く手を上げた。すると、男たちが一斉に私たちを取り囲んできた。動きからして、議会軍にいたことのある人のようだ。ただ、聖剣を持っているというわけではなさそうだ。
「盗み聞きなんてふざけたことを……」
「諜報の基本ですからね」
ガチャッと店主の人が店の鍵を閉めた。
どうやら彼もこの人たちの仲間だったようだ。虎穴に入らずんば虎子を得ずという。敵地に入らなければ新しい情報は得られないということだ。
「さて、どうですか? 私たちの取り組みに興味はありませんか?」
「へっ、悪いようにはしねぇぜ。お嬢ちゃん」
舌を舐めずりながら卑劣な男が言った。言葉からも下卑た心が透けて見えている。
この人たちが宗教団体とは、まったくどういった活動理念があるのか知りたいわね。まぁろくなことではないのでしょうけど。
「僕の友人をそんな目で見ないでくれるかな? 気味が悪いよ」
「なんだ? ヒョロガキのくせになんか文句でもあんのかっ」
「……薄汚い目で、僕の友人を見ないでほしい」
再度アレクがそう言うと強面の男が拳を鳴らしながらゆっくりと近付いてきた。
「これでも俺は元軍人でな。おめぇみてぇなガキなんざ一瞬で殺すことができるんだぜ?」
「一瞬で……それは見てみたいところだね」
「クソガキが、どこまでもなめた口をっ!」
そう言って強面の男が彼へと飛びかかる。その大きな拳は彼の顔面へと向けられている。
「その澄ました顔を無茶苦茶にしてやるぜっ!」
しかし、その拳はぶんっと音を鳴らすだけで彼の顔へと届くことはなかった。
彼と拳まではあと一歩だけ距離が空いている。
「てめぇっ」
もう一度男が拳を殴りつけてくるが、それも彼には届くことはなかった。
「なっ、クソガキがっ」
「……」
すると、アレクが私に向けて視線を向けてきた。
今から何をするのかを目で訴えかけている。想定していたこととは違うのだが、私にはこの男たちを懲らしめたいという気持ちで一杯になっていた。
考えてみれば、彼らは剣を持っているとはいっても聖剣ではない。最初から恐れることなんてなにもない。
そう考えた私は小さくうなずくことにした。
こんにちは、結坂有です。
世の中にはいろんな事を考えるような人がいるということですね。
魔族と協力するなんて普通では考えられません。
ですが、彼らには彼らの望みがあるようです。一体どういったものなのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに……
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