衝撃に身を委ねる
俺は鉄でできた剣を手に取り、セシルの方へと切っ先を向ける。
ここは家の中の訓練場だ。そして、今俺が手にしている剣は鉄製ではあるものの刃があるものではない。完全に訓練用のもので筋力向上を意図した少し重ためのものだ。当然ながら、打ち合うためのものではない。
「手合わせといこうか」
「……私も同じものを使ったほうがいいかしら?」
「いや、聖剣を使うといい。実戦に近い状況で訓練をしたほうがいいからな」
俺はそういうとセシルは少しだけ驚いた。
それもそうだろう。聖剣同士の訓練なら学院の頃でも行ってきたことだが、聖剣と訓練用の剣とで打ち合うというのは殆どないと聞いている。
聖剣という剣は武器としては最上級のもの、それに比べて俺の持っている剣はそれに張り合えるほどの代物ではないからな。
「それで本当に大丈夫なの?」
「問題ない。俺も少しは本気で挑むつもりだ」
「……いくらエレインでも私の聖剣に挑むなんて難しいと思うのだけど」
「一度やりあえばわかることだ」
訓練として成り立つのかどうかは実際にやってみればわかることだ。とはいえ、この状況でセシルが俺に勝つという想定は立てられないのだがな。
そんなことを考えているとセシルが小さく息を吐いて集中し始める。
どうやら訓練をする気になったのだろう。
「リーリア、少し離れてくれるかしら」
「はい。思う存分に戦ってください」
そうセシルに声をかけてからリーリアは訓練場の端へと向かった。
おそらくなのだが、リーリアは俺が万に負けるという事は考えていないようだ。まともに訓練としてセシルのためになると信じているようだ。俺のことをよく知る彼女なのだからわかって当然か。
今のセシルでは俺に勝つことができない。それは聖剣を持っていてもだ。
「ふぅ……。行くわ」
そう言ってセシルは二本の聖剣の一本を引き抜いた。
輝く刃は俺の持つ鉄製の剣よりも美しく光を放っている。その反射された光からはその剣に聖なる力が宿していると暗示しているようであった。
「いつでもいい」
その俺の合図でセシルが攻撃を開始した。
地面を蹴り、素早い動きで一気に俺へと近付いてくる。近接戦においては彼女に軍配が上がることだろう。聖剣の力はそれほどに強力なのだからな。
しかし、彼女には小さき盾のような実力を持っているわけでもない。剣の扱いで言えば、俺たちよりもうまいわけではない。まぁ一般的と比べれば高いほうなのだが、今そのことを考えるのは意味がないだろう。
能力的には俺たちと近いものを持っているのは確かなはずだ。それなのにそれをうまく使えていないというのが彼女の大きな問題のひとつなのだろう。アレクいわく、彼女はすでに恐怖を克服しつつあるようだ。それならば俺がやることはこれしかない。
「ふっ」
俺は体を瞬間的に回転させることで相手の攻撃を避ける。
もちろん、彼女もその動きを予想していたようで剣を回し、再度追撃を仕掛けてくる。その攻撃がどうやら本命のようで聖剣の能力を少しだけ使っている。
彼女が今持っている聖剣はグランデバリスと呼ばれるもので自由に剣の重さを変えることのできるものだ。外見としてはサーベルのような形をしているものの、そこから生み出される威力は大型の剣にも匹敵することだろう。俺の持っているイレイラは重さだけでなく、斬撃をも”追加”することができる。
俺の持つ聖剣の下位互換にも聞こえるが、実際のところは全く違うもの。イレイラは一から十にと増やす事ができるのに対して、彼女のグランデバリスは〇から十まで自由に変化させることができるというものだ。軽くも重くも自由自在と言った極めて自由度の高い聖剣。そのため、大聖剣級とも呼ばれている。
「はぁっ」
足を交差させ、体に回転をつける。そして、聖剣の能力を使って軽いものから重たいものへ、高い威力を回転力で増幅させて絶大な威力をこの一撃に宿している。
俺の持つ魔剣であれば簡単に防ぐことができるかもしれないが、今手にしているのはただの鉄製の剣だ。聖剣の能力を打ち消すこともできない。
とはいっても、この手の攻撃は地下訓練場時代からいくつも経験してきたことだ。
俺はその強烈な剣撃を剣の腹でそらす。流れを止めるのではなく、横へと逃すようにして攻撃の方向を変える。
「っ!」
この攻撃がそらされるとは思っていなかったようで、彼女は戸惑いを見せた。しかし、それはほんの一瞬だけですぐに態勢を整え始める。
「……本気で挑んだほうがいい。俺よりもセシルが怪我をすることになるからな」
「挑発のつもり? でも、乗ってあげるわ。次こそはっ」
別に挑発したつもりはなかったのだが、そう捉えられてもおかしくはないか。
「はっ」
彼女はもう一つの聖剣を引き抜き、二刀流で攻撃を仕掛けてくる。以前よりも速く、そして鋭い攻撃へと進化している。学院のころとは別物のように思えるぐらいだ。
とはいえ、本質的なことは何一つ変わっていないようで、彼女の攻撃はすぐに読むことができる。何度も手合わせしたのだからな。当然といえば当然か。
ギャシャンッ ギャシャンッ
二刀流となった彼女の攻撃は勢いを増すばかり。それに対して俺は防戦一方だ。
「やっぱり、聖剣がないと難しいわよねっ」
「……」
俺は彼女の剣筋を見極めている。
どのような剣捌きをしているのか、どのような癖があるのか、そして、”伸びるであろう長所”はどこか。
今回の訓練において勝つか負けるかは関係ない。一番重要なのは彼女の特徴を見つけ出し、それを伸ばすことにある。今の彼女にはとてもじゃないが、小さき盾に匹敵するほどの能力があるとは思えない。素質はあるものの、それだけでは意味がない。
しっかりとしたものにしない限りは小さき盾に並ぶことは不可能だからな。
「無口ね。でも、そんなエレインは初めてみるわっ」
確かに無言の時間が続いている。
しかし、それは彼女の攻撃を分析しているからだ。普段よりもより精密に正確に分析している。集中するのは当然だろう。
本気を出すとは言ったが、剣を交えることに関して言ったわけではないのだ。
「防戦が続いていたが、俺からも攻撃しようか」
「聖剣がない状態だけど、本当にいいの?」
「ああ、問題ない」
そう言って俺は素早いステップでセシルから距離を取り、すぐに地面を蹴った。
強烈な俺の刺突は彼女の心臓へとめがけて突き出される。
すると、見覚えのある構えを取り始めた。なるほど、ここまで速く切り替えることができるのだな。
「冽斬陣っ」
そう彼女が言うと、俺の攻撃がベルベモルトによって防がれ、続けてその勢いを維持したまま彼女の神速の一撃が下方向から迫ってくる。
防ぐことが難しいと考えたのだろう。状況を冷静に見ることも身に付いているようだ。
ただ、このままでは俺の体は縦半分に斬り裂かれる。感心している時間はないな。
「なっ!」
彼女の下からの攻撃は空を斬っていた。
攻撃を受ける直前に体をひねることでその攻撃を躱したのだ。無理な態勢ではあったものの、不可能というわけではないからな。
そして、俺は彼女の背後へとすり抜けるように回り込む。
「くっ」
彼女も早い段階で察知し、俺の方へと振り返る。
しかし、いくら早いとはいっても先手を取ることはできない。すでに俺の剣は振り上がっている。
ギャンッ
鋭い金属音が響く。
守りに徹していた彼女にベルベモルトを弾いたのだ。
「今度は俺の手番のようだな」
「っ……」
表情を引きつらせた彼女へと俺は自分が持てる最速の連撃を繰り出す。
ズギャンッ ズギャンッ ズギャンッ
数回の剣と剣が交わる鈍い音が訓練場を轟かす。
「ちょっ……」
火花が花火のように舞い、セシルの攻勢を削っていく。
聖剣ベルベモルトの耐久力はかなり高いもので、聖剣ではない俺の剣では切り崩すことは不可能に近い。しかし、扱っているのは五本の指を持った手だ。
何も難しい話ではない。
ズギャンッ ズギャンッ
力を緩めた瞬間を見切った俺は剣先をうまく操り、相手の剣を巻き上げる。
「うそっ」
俺が攻勢に出て、十秒。
今の彼女は剣を持っていない。手にしていた剣はすべて地面に落とされているからだ。
そして、俺はさらに追撃を仕掛ける。
俺は彼女の”本気”というものを見てみたいからな。
「……」
間合いに入るまであと一歩と言ったその時、彼女の目が禍々しく赤く光り始める。
光の反射ではなく、明らかに光っている。それと同時に彼女から放たれる魔の力がより強力になる。
そして、一歩踏み出し間合いに入った瞬間、彼女は姿を消した。
まばたきしたわけでもない。物理的に反応できないような速度で俺の側面へと回り込んだ彼女は俺へと足を突きつける。
その蹴りを俺は鉄製の剣で防ぐ。嫌な予感はしたが、別に問題はない。
ジュゴォンッ
強い衝撃が体へと伝わると同時に鉄製の剣が砕け散った。脆い石が弾けるように。
「ぐっ」
目を開けたときにはすでに俺の体は宙を舞っていた。
間違いない。これは明らかに人間の力ではない。セシルの持つ魔の力だ。
横目で彼女の方を見てみると動揺している彼女がいた。
自分の繰り出した攻撃に驚いていることだろう。経験したことのないことだ。誰でもそうなるのだろう。
衝撃は強かったものの、早い段階で姿勢を切り替えたために受け身をすぐに取ることができた。
地面に手を付いて舞い上がった態勢を整え、両足で着地する。
「……エレインっ」
「エレイン様っ」
すると、二人が駆け寄ってくる。
「凄まじい一撃だったな」
「そ、そんなことより、怪我はない?」
「かなりの距離を飛んでいました。本当に大丈夫ですか?」
「別に怪我はしていないが……」
すると、セシルが詰め寄ってきた。
「嘘よっ。あんな剣が砕け散ったんだからっ」
そう言って指差したほうを見てみると先ほどの攻撃で砕けた剣が散らばっていた。
よくよく見てみると金属の厚い部分から破裂したかのように砕けている。瞬間的に強烈な力が加わったと見ていいだろう。
このような形で剣が壊れるとはな。俺が見てきた中でも一回しかない。
「とても強力な力だったな。それなら……」
「そうじゃなくてっ。怪我はないの?」
「見ての通り、怪我はまったくない。うまく受け身を取ることができたからな」
「……」
「……」
どうやら彼女が動揺しているのは自分の力の強大さというよりかは俺が怪我でもしていないかのほうが大きいようだ。
いや、九割五分それだろうか。
どちらにしろ、彼女の”長所”は見つけることができた。
つまりは今日の目的は果たされたということだ。
こんにちは、結坂有です。
激しい訓練となりましたね。
やはり、セシルの魔の力は絶大な力を発揮することができるそうです。そのようなもので、彼女はうまく使いこなすことができるのかはまだわかりませんが、彼女のこれからの成長に期待ですね。
あわよくば、第二の剣聖として活躍できるかもしれません。
それでは次回もお楽しみに……
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