わからない先を見つめて
私、セシルは議長室でアレイシアと話を終えたあと、家へと戻った。
今日はどうやらユウナとナリアは正門の警備をしているわけではないようで帰るときに出会うことはなかった。
自分でグランデローディアに立ち向かうということを小さき盾と話をして起きたかったのだが、彼らもエレインと同じく私が無茶をしようと知るとおそらく止めるか一緒に来ることだろう。当然ながら、私はそれを望んでいない。
一人ですることに意味があるのだから。
とはいえ、一人であの魔族の軍勢に勝てるというわけでもない。暗殺を主体として動いていく必要がある。幸いにもその手の技術は私には持っている。
そんな先の見えないことを考えながら、家へと帰るとちょうど昼食の匂いが立ち込めていた。
ちょうど昼食の時間でもある。
エレインたちが昼食でも取っているのだろう。リビングへの扉を開くと思ったとおり、彼らは昼食を食べていた。
料理はサンドイッチのようで、挟まれている野菜がみずみずしく見ているだけでお腹が空いてくる。
「セシルさん。一緒にどうですか?」
そうリーリアが話しかけてくる。
皿の上に載せられたサンドイッチはまだ多く残っているようで私の分もあるようだ。
「ええ、いただくわ」
私もお腹が空いてきたところだ。
一緒に食べることにしよう。それに、エレインと一緒にいれる口実が生まれたことだ。 いや、口実どうこうでもなく、彼と一緒に過ごしたい気分だ。
「……議会でなにかあったのか?」
私が椅子に座ったと同時にエレインがそう話しかける。
「嫌なことでも?」
続けて髪を切って可愛らしくなったルクラリズも私のことを見つめながら聞いてくる。
別に嫌なことがあったというわけでもないが、顔色が悪いというのはたしかに事実なのかもしれない。未だに覚悟の決まらない自分へ苛立ちを覚えている上に、死ぬかもしれないというなんども味わった恐怖に打ち勝てずにいるのだから。
「いえ、嫌なことがあったというわけではないわ」
「なら体調でも悪いのか」
「ううん。大丈夫よ」
そう首を振った私は一切れのサンドイッチを手に取った。
それにしてもルクラリズの印象が大きく変わった気がする。思い返してみれば、彼女は腰まで伸びる美しい銀髪をしていた。それが今となっては半分以上も切られ、胸元あたりになっている。そして、サイドの髪は内側へと軽く巻かれて彼女の小顔がより強調されている。
後ろからみるとその美しい銀髪は静かに、それでいてまっすぐに流れている滝のようにも見える。
美しさと可愛さを両立したような彼女はとてもじゃないが、人間のようには見えない。悪い意味ではなく褒め言葉としてだ。
「美容室にでも行ってきたの?」
そう私は人形のようなルクラリズに話しかけると彼女は小さく首を縦に振って肯いた。
「ええ、似合ってる……かな?」
「とても可愛らしいわ」
素直にそう褒めると彼女は「えへへっ」と照れるようにして笑った。容姿を褒められると嬉しい気持ちになるのはどうやら彼女も同じなのだろう。
生活の中でときどき垣間見える可愛らしい仕草は彼女の可愛らしさを引き立てている。リーリアのような綺麗な所作では決して醸し出せないそれはどこか妹のようにも感じる。
私には妹という存在はいなかったのだが、もしそんな存在がいたとすればこんな感じなのだろうか。
そう考えてみたものの、ルクラリズは私たちよりも何倍も生きてきた存在だ。そんな彼女を妹とは言えないか。
サンドイッチを一口食べる。新鮮な野菜に塩気の効いたハムがいい具合に互いを引き立て合っている。そして、それらの調和に変化をつけるようにして調味料が振られている。控えめではあるが、飽きのこないいつまでも食べたくなるようなそんなサンドイッチだ。
前々から思っていたのだが、やはりリーリアの料理はいつ食べても美味しい。
長くこの家に住んでいるから当然のようにと慣れていた。こうしてシンプルな料理ではより料理人の技量が問われるものだ。
改めて彼女の料理が美味しいということを実感した。
「エレイン」
「なんだ」
そう私はエレインに話しかける。
いつまでも隠しているわけにもいかない。話すべきことは話すべきだろう。ただ、詳しいことは伝えずに。
「私……」
「だめだ」
言いかけた私を止めるようにして彼は言った。
「え?」
「詳しい内容はわからないが、なにを考えているのかはセシルの顔を見ればわかる」
「どういうこと……」
「死の覚悟に迷いのある場合はどうしても顔に出やすい」
指摘されて私も自分の顔を触ってみた。ところが、触ったところでどのような表情をしているのかはわかるわけでもないのだが、反射的にそう手が出てしまった。
「……その動きからして図星なのだろうな。悪いが、その話には乗ることができない」
そう言ってエレインは再びサンドイッチを食べ始めた。
どうして私の話を聞いてくれないのだろうか。いや、それ以前にどうして私は彼を超えられないでいるのだろうか。
剣士としてだけでなく、こうして話をするだけで見え隠れする彼の強さは私にはどうしても理解ができないでいた。
「まぁ話したくないのならそれでいい。だが、一人でなにか行動するというのは容認できないな」
「……私はまだ何も言っていないわ」
「詳しい内容は聞いていないが、ある程度は分かる。グランデローディア領へと潜入しようとしているのだろう。あわよくば領主の暗殺も企んでいる。とてもじゃないが、認められないな」
「っ!」
動機はどうであれ、確かに無茶なことをしようとしているのは間違いない。とはいえ、いっときの感情に流されて決めたわけでもない。それなのに完全に覚悟が決まっていないという自分の未熟さもある。
すべてを見透かされたような感覚に陥った私はこれ以上話をすることができなくなった。
剣聖、いやエレインを超えるなんてできるのだろうか。本当に彼の横に並ぶことができるのだろうか。議会を出る前まではできると考えていた。魔の力、これを使えばなんとかなるとすら思っていた。
しかし、それは私の思い上がりだったのかもしれない。実際のところは彼に一歩すら近づくことができていないのに。
「まぁ一人での攻撃は容認できないが、複数人での攻撃は別に問題はないと思っている。正面突破でも潜入でもどちらでもな」
「……」
そう言って一切れのサンドイッチを食べ終えた彼は話を続けた。
「つまりは俺と二人で潜入、というのはどうだ」
その言葉がエレインの口から出てきた。
私はその言葉を理解することができなかった。
「エレイン様、それはいくらなんでも危険過ぎます」
「そうよ。領主を甘く見ないほうがいいわ。それにゼイガイアのときだってあるし」
私が彼の言葉を理解するよりも早くにリーリアとルクラリズがそう言った。
まるで彼の発言を撤回させようとしているように。
「ゼイガイアを完全に仕留めることはできなかったが、今度は失敗しない」
そして、私が彼の言葉を理解すると同時に彼は立ち上がった。
「食べ終わったら訓練場に来てくれるか」
そう言って彼は訓練場の方へと歩いていった。
それを追いかけるようにリーリアが彼のあとに続いていく。
「……行っちゃった」
二人がいなくなってからぼそっとつぶやいたのはルクラリズであった。
「悪いこと、したかしら」
「別に悪いことはないと思うわ。私たちの平和を取り戻すにはグランデローディアを倒すしかないからね」
当然ながら、脅威が存在している以上は安全とは言えない。市民の平和を守るために私たちは聖剣を手に取ったのだから。
「それでもエレインを巻き込んでしまったわ」
こんな形で巻き込むことになったのは私もアレイシアも望んでいないことだ。
でも、結局のところは同じなのかもしれない。私が話さなくともアレイシアが何かを言ったはずだ。
結果としてエレインを巻き込んでしまうのは仕方のないことなのかもしれない。
「私もエレインのことがようやくわかってきた気がするの」
「わかってきた?」
「ええ、もちろんリーリアやセシルのように長く彼と過ごしたわけではないけれどね」
そういった彼女はどこか諦めているような、それでいて尊敬しているような眼差しで言葉を続ける。
「魔の手から人を救いたい、それが彼の根底にあるのかもしれないわね」
あえて、彼女が魔族と断言しなかったのはおそらく魔族を倒すことだけが彼の目的ではないからだ。害をなす存在、それは魔族だろうと人間だろうと同じことだ。
相手がどんな存在であれ、彼はきっと立ち上がり剣を手にそれらを断ち斬っていくのだろう。
「……」
実力の高さではなく、志の問題なのかもしれない。剣聖になるには真の覚悟を決める必要があるらしい。魔族を倒すというのではなく、人を助けたいと強く思うこと。
その信念こそが、彼の強さを示しているのだろう。
「まぁ口では簡単に言えるけど、並大抵のことではそういったことはできないわ。街中でいろいろ見てきたけれど、みんな自分のことばかり気にしてるから」
「エレインはいろんなものを見てる……」
「そうね。だから強いの」
見ていないようで見ている。
それは日常生活の中でもわかっていたことだ。ほんのちょっとした仕草で相手の癖を読み取って実戦に活かす。戦い以外にもこうしたコミュニケーションにも使っているのだろう。
どちらにしろ、私がエレインの横に並ぶことはまだ先……いや、届かぬ夢なのかもしれない。
こんにちは、結坂有です。
本日二本目となりました。
セシルがエレインの横に立ち並ぶにはもっと多くの段階を踏んでいく必要がありそうですね。
それでも人々から『剣聖』と称されるのは時間の問題かもしれません。
実力だけで言えば、かなり高いのですから。
それでは次回もお楽しみに……
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