負の契約を……
私、セシルは議長室の中でアレイシアと話をしていた。もちろん、話の内容は魔族グランデローディアのことについてだった。
戦いの直後に詳しく話そうとしたのだが、パベリのこともあって議長は非常に忙しい状況だった。そのためユレイナに報告して、後日詳しく詳細を話すことにしたのであった。とりわけ緊急を要するようなことでもないし、ブラドも裏で動いてくれていることだ。
ただ、どうしても確認したいことがあったことがひとつだけあった。
「……本当にそのような契約があったの?」
「ええ、調べたところ本当よ」
そう重々しく口を開いた彼女から放たれた言葉に私は言葉を失った。
「でも、それは古い過去のことよ」
「古い過去といっても、魔族の寿命は半永久だと聞いているわ。そんな彼らにとって百年なんて……」
「それでも人類にとっては十分です。それにこうして魔族に対抗するための力も得ることができたのもまた事実です」
私の言葉を遮るようにユレイナは言った。
感情に揺れる私の心を鎮めるようなその優しい口調はある種の諦めを含んでいる用に思えた。
「この事実を知っているのはほんのごく一部らしいわ。今年で九〇歳になる人に議長権限で話を聞いたの。彼らは当時の議長から口止めされていたそうよ」
「つまりは、知っていても話すことができなかったってこと?」
「話せばどうなるか、その人から聞いたところ一族もろとも滅亡させるつもりだったみたいだしね」
百年ほどの前のエルラトラムはほとんど独裁に近い状況だった。そんな当時であれば、その話すことなど口が裂けても言えなかったのだろう。ただ、今は違う。
百年も経てば国の方針も施策も変わってくる。当時のような独裁ではない。それでも話すことができなかったのは内容が内容だからだ。
「……確かにそうなのかもしれないわね。だけどもっと早く知っておけばよかった」
「私も話を聞くまではなんら不思議とすら思っていなかったわ。思い返してみれば普通、百五十年以上も前の聖剣を持っていなかったエルラトラムがここまで神樹を守り続けるなんて不可能だからね」
よくよく考えてみればそうだ。
魔族の侵攻によって聖剣を持っていない人類は速やかに滅亡へと進むはずだった。この謎は以前からも話題には上がっていたが、どれも仮設段階の陰謀論で終わっていた。
そして、今……
アレイシアの議長権限による調査によって明らかになったのだ。私は再度、ユレイナのまとめた資料を眺める。
そこには太く強調された部分がある。
『人類を奴隷にすることで魔族は恒久的な利益を得ることができる』
『奴隷化を進めるにあたって遺伝子レベルでの洗脳、または人体改造が必要となる。そのため人類には百年以上の安定期間を設ける』
『人類にも魔の力を付与することでその生命力はその力を増幅させる。さらに魔族はそれを食らうことで自身の力を強化することができる』
『そして、魔族はそれらを無事遂行できるよう監視する目的でエルラトラム国内に潜伏させる』
他にもいくつか条件や説明などが書かれているが、重要な点はこの四つの文言だ。
そのどれも私には覚えがあった。そして、アレイシアも、ユレイナも同じくそう思っているようだ。
魔の力を持った人が一定数いること。この国に魔族が長年、潜伏していたこと。そして、今までエルラトラムに超大規模な攻撃がなかったこと。
これらの謎はこの調査によって解決した。
いや、再発見したというべきだろう。元議長であるザエラはこのことを知った上で極秘にしていたのだそうだ。結局のところ、ザエラの思惑まではわからなかったもののそれでも重大なことだということには変わりない。
「……そんな契約は今はどうなったのかしら?」
「わからないの。でも、いつのまにか消えていたようね」
しかし、それらの契約は守られているのか、実行されているのかすらわかっていない。百年以上もの中で自然と破棄されていったのだろうか。
それにしても不自然な点はいくつもある。
「グランデローディアという名前を話を聞いた方に話すと聞いたことがあるそうでした。契約した当人でなくとも関係していたと見るのが妥当ですね」
「どちらにしろ、エルラトラムをずっと監視してきた彼らが今回に限って攻撃してきた。それに死んだはずのザエラも現れたわ。大きなことが起きようとしているのは間違いないようね」
当然ながら、これらの事実はエレインに伝えるべきだろう。
「エレインには……」
「このことは伏せておくわ」
「どうして?」
「……」
そう質問してみるも彼女は口をつぐんだままで何も答えない。
「彼もこの事実は知りたいはずよ。それなのにどうして……」
「この事を話したら、彼はどうすると思う?」
それ以上は言葉を話さなかった。
話さなくても私にはわかる。
彼がどのような人間で、どのような行動をするのか大体は予想できる。きっとこの事実を知れば、彼はこの国を守るために元凶を絶とうと動く。
問題があればすぐに駆けつけるのが彼の特徴だからだ。
「エルラトラムを守るには剣聖という力は必須よ」
「……」
「だけど、彼を危険に巻き込みたくない。それなら」
そう言って私はアレイシアに近寄り、机を手のひらで叩きつけた。
「それなら、私が剣聖になるわ」
「え?」
「今すぐには難しくとも、してみせるわ。グランデローディアを討伐すれば私は剣聖に匹敵する称号を得れるはずよね?」
そう彼女に問い詰める。
エレインは千体以上の魔族を倒し、いくつもの上位種の魔族や問題を解決してきた実績を持っている。そんな彼に一瞬で追いつく唯一の方法は……
「魔族領の奪還……」
すると、アレイシアの口からそう溢れるようにつぶやかれたその言葉はエルラトラムを救う方法でもある。
その糸口となる勝利を達成すれば、私は剣聖と呼ばれることになるだろう。
「セシルさん、それはあまりにも無茶ではありませんか? 私にはとても……」
「私はこの国に多大な損害を与えることになったわ。私の意図しないことだったとしてもね。だから、罪滅ぼしみたいなものよ」
そう、私は一度この国を、人類を裏切り傷付けた。
洗脳によって私の意図に反したものだったとしてもそれは事実だ。それに私の体は人間であって人間ではない。埋め込まれた魔の力を捨て、人間に戻ることも不可能。
「なにもそこまで……」
「私に信用なんてないのよ。学院の頃から何も変わっていない」
ただの孤高の存在というわけではない。
私の実力は偽りであり、見せかけであり、そして作られたものだ。全て自分の力というわけではない。私のことはすべて自分ではない”誰か”によって評価されたものだ。
それを私は意味もなく誇りに思い、振りかざした。
実際のところはなにもないのに。
「小さき盾やエレインのように目に見える”事実”を残していないのよ」
「それは……」
「これは私の勝手だから。エレインにも小さき盾のみんなにも言わないで」
「……」
「言っていることはアレイシアと同じよ」
私はそう言って議長室を出た。
口ではあのように言ったものの、覚悟ができたというわけでもない。実力が伴っているとも思っていない。
だから、あともう少しだけ、もう少しだけ私には時間が必要なのだ。
エルラトラムの負の契約を……打ち破るためにも。
こんにちは、結坂有です。
本日はもう二本の投稿もできる予定です。
次回は、二時頃となります。
そして、セシルは剣聖になれるのでしょうか。
十分な素質はありそうですが、どうなのでしょう……
それでは次回もお楽しみに……
評価やブクマもしてくれると嬉しいです。
Twitterではここで紹介しない情報やたまにつぶやきなども発信していますので、フォローお願いします。
Twitter→@YuisakaYu




