自身を知るには
リーリアとのお風呂時間を過ごした俺は、リビングへと顔を出す。
すると、そこにはルクラリズとカインが話し込んでいた。
カインは俺を見るなり、ジトっとした目を向けてきた。別段、いやらしいことなどなかったと言いたいところだが、今回に限っては見方次第では問題になる点がいくつかあった。
まぁ具体的には話さないが。
「リーリアとの幸せな時間はどうだった?」
ただ単に感想を聞いているのではなく、嫌味を込めてカインはそう俺に話しかけてきた。
普通に感想を述べるにしても、俺としては言葉に迷うものだ。
幸いにもリーリア本人がここにいないというのは救いなのかもしれない。
「カインの想像している以上のことはなかったとだけ言っておこうか」
「ス、スキンシップを超えた接触があったっていうの?」
「スキンシップを超えた……」
「だから、それ以上のことはなかったんだ」
「あったら困るわよ」
顔を赤くしたのはカインだけでなく、なぜか視線をそらしているルクラリズも表情が紅潮していた。ルクラリズには主従以外の関係はないと思っていたのだが、それは別なのだろうか。それともただの恥じらいなのだろうか。
どちらにしろ、彼女の扱いも今後考えていく必要がありそうだな。もし、リーリアと同じような感情を持っていたとすれば……
それは考えるだけ無駄か。直接本人に確認するまでは深く考えないでおこう。
「それはともかく、二人で何を話していたんだ?」
「……大した話じゃないわよ」
「そうか? かなり話し込んでいたように見えるが」
俺が戻ってきた直後のカインの様子からしておそらくそれなりに深い話でもしていたのだろう。昨晩の戦いのことや今後起こりうるかもしれない戦いについて話していたのだとすれば、俺も聞いておいて問題はないはずだ。
それともそんな戦いとは全く関係のない話なのだろうか。
「エレインの好きなタイプってどんな人なのかと聞いていただけよ」
「ちょっと、恥ずかしくないわけ?」
「恥ずかしい、けど直接聞いたほうが早いでしょ?」
「それはそうだけど……」
あからさまに動揺しているカインとは違い、ルクラリズは顔こそ赤くしているものの堂々とした態度で接してくる。
性格の違いというか、考え方の違いというかはわからないが、二人の良いところと悪いところがはっきりとしている。
しかし、答えないというわけにもいかないだろう。
思い返してみれば、好きなタイプなどという質問について考えたことはなかったな。恋愛的な意味合いで聞いてきていると考えると、どうも答えがわからない。
「そんなに言えないこと?」
答えに悩んでいるところ、ルクラリズがそう急かしてきた。
「いや、どう答えたらいいのかわからなくてな」
「例えのようなものがあれば少しは答えやすいかしら?」
「まぁそうかもしれないな」
こうしたやり取りをしたことがない俺にとってはそのような模範回答があれば非常に助かる。その回答を自分の考えに合わせて変えることである程度は答えられるだろう。
ただ、一度も考えたことがないということだけは確かなのだがな。
「うーん、じゃカインの好きなタイプは?」
「わ、私に聞くの?」
「だって、私も答えられないんだから」
そうルクラリズはカインの方へと向いた。
彼女も俺と同じく一度もそのようなことを考えてこなかったのだろう。今までの言動から察するに、最近になってそのような考えが芽生え始めてきたらしい。人間に馴染みつつあるというのは彼女にとっても良い兆候でもある。
俺が言えた立場ではないものの、このまま人間らしい考えなどを身に着けてくれれば御の字だろう。
「えっと、その……」
目を泳がせながらも必死に自分の言葉を紡いでいこうと頑張っているようだ。
正直なところ、話したくないのなら自分のことを話さなくていいのだがな。俺のヒントになる答えを教えてくれるだけで十分ではある。
「かっこよくて、強くて、たくましくて、それでいて優しいところもあって……いざとなったらすぐに助けに来てくれるような、そんな安心できるような人が好き、かな」
「なるほど、複数回答でもいいということか」
「かっこいいとたくましいの違いがわからないのだけど」
「どちらにしろ、ヒントにはなった」
恥ずかしさを堪えてカインが編み出した模範だ。それを元に俺の考えを付け足していけばいいだけだ。
「……」
色々と考えてみたものの、俺が異性に求めるものとは何なのだろうか。
利点となるようなことを頭の中で羅列してみたのだが、それらは別に異性である必要はない。剣術や学術などといった能力は男女関係なくそれぞれ持っているものだ。そこに特別性別が関わるわけでもない。
となると、あとは精神面でということになる。生きる上での利点で考えれば意味はないのだしな。
であるのなら答えはこれしかない。
「心を癒やしてくれるような愛らしい女性がいい、といったところか」
捉え方によってはなんとでもなるような回答となってしまったが、今俺が引き出せる言葉はこれが精一杯と言える。流石にこれ以上の言葉を紡ぐ能力も経験も持ち合わせていない。
「……可愛らしい人、なのですか」
すると、服を片付けて着てくれたリーリアがちょうど戻ってきた。
俺の回答をどうやら聞いてしまったらしい。
「可愛らしい、どういうことかしら」
「その、エレイン様がどのような人であっても私は気にしません。気にしませんけれど、可愛らしくないメイドで申し訳ございません」
「いや、リーリアに向かって言った言葉ではないのだが」
「ですが、可愛らしいといえばルクラリズさんは髪を短くすれば可愛らしくなると思います。美しい銀髪に幼さの残った顔立ち、それでいて大人のように発達したその体は男性にとっては眼福と言えましょう」
若干ながらムッとした表情でリーリアはルクラリズの容姿を見てそう分析する。
今のリーリアは誰がどう見ても大人びており、可愛らしいというよりかは美しいという言葉が似合う。ただ、顔立ちだけで考えるとリーリアも可愛らしい一面を持っているのは確かだ。
髪型や服装、仕草などで印象が変われば彼女は美しくにもなり、可愛くにもなると言ったところだろう。
「リーリアも可愛らしい一面はあると思うのだがな」
「それではいけません。メイドたる者、ご主人の品位を下げるような立ち居振る舞いは慎むべきです」
「そこまで束縛のある生活はしなくてもいい」
「いいえ、これも私の覚悟の一つです。エレイン様の品位を下げることは私の道理に反します」
先ほど、風呂場にて彼女の忠誠の誓いは強固なものだとわかったところだ。俺を第一に考える彼女にとっては可愛らしくなりたいとは思わないようだ。
「……じゃ、私が可愛くなればいいのかな?」
「それがよろしいと思います。ルクラリズさんはメイドというわけでもございませんから」
「あの、よければ……」
「私が可愛くして差し上げます」
ルクラリズの言葉を察したのか、リーリアはそう彼女に向かってそういった。
確かに彼女は人間として生きていくと決めてからそういった人間らしいオシャレというものをしたことがない。
銀色に輝く長い髪はただ切り揃えただけで、リーリアやアレイシアのように容姿を美しく見せるような髪型ではない。それに服装も戦闘を主体と考えた装飾のまったくないものを着ている。人間の生活に馴染むためにも良いことなのかもしれないな。
すると、リーリアは目を輝かせながら言葉を続けた。
「二人でエレイン様を満足させましょう」
何をそこまで興奮しているのかはわからないが、おそらくその中にはルクラリズのおめかしができるということも含まれていることだろう。
以前から、リーリアは彼女のことを気にかけていたからな。これでルクラリズも少しは人間らしい心を育むことができればいいだろう。
「……恥ずかしい思いをしてまで、結局はなんの得にもならなかったのだけど」
そんなリーリアとルクラリズのやり取りを見て、カインはそう小さくつぶやいた。
「なんのメリットもなかったというのは違うと思うがな」
「え?」
「カインの言葉で俺は少し自分の心について考える事ができたのだからな。まぁ俺が言えたことではないのかもしれないが」
少なくとも俺に考えるきっかけを与えてくれたのには変わりない。
これからも時々でいいから自問自答してみるのもいいのかもしれない。自分の思いの変化というものにも気付くことができ、より自分を理解することができるはずだ。まぁ俺にとって意味のあることなのかはわからないのだがな。
こんにちは、結坂有です。
リーリアとルクラリズ、二人とも可愛らしい一面を持ち合わせているのですが、根底にある考えが全く違うようですね。
二人は今後、どのように変化していくのでしょうか。そして、エレインとの関係はどのように進展していくのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに……
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