消えない気配
私、セシルは取り逃した一体の魔族を追いかけていた。
横にはリルフィとナリアがいる。
ミーナたちとはかなり距離が離れてしまったが、彼女たちなら大丈夫なはずだ。兵舎からの増援もあることだし。
ただ、そんなことよりも大きな問題がある。
あの取り逃した魔族の能力についてだ。
初撃でその大きな体に刃を向けたが、まったく傷を付けることができなかった。岩にでもぶつけたような感覚がした。普通の魔族であれば、多少の抵抗は違えど硬い皮膚でも斬ることができる。しかし、あの魔族は私の剣を弾いた。
能力持ちなのかどうかはわからないとはいえ、とんでもない相手と戦うことになるのかもしれない。
「セシル?」
すると、横からリルフィが話しかけてきた。
「……どうかした?」
「考え事してたみたいだけど」
どうやらナリアにも見られていたようだ。
邪念に駆られているというわけではないが、集中できていないというのもまた事実だ。
ここは素直に話してみるべきだろう。本当はリルフィに不安を与えるようなことはしたくなかったのだが。
「そうね。今私たちが追っている魔族のことよ」
「確か、セシルの初撃を弾いた?」
「うん。その魔族の対抗策がまだ考えていないのよ」
「……セシルでも難しいことのようね」
そのことはわかっていることだ。
何をするべきなのか、どうその魔族と戦うべきなのか。まったくわからないでいる。エレインや小さき盾のみんなならもっとすぐに考えることができるのかもしれないが、今の私にはあまりにも経験が不足している。
できることなら彼らと一緒に戦いたかったところだ。
「で、でも三人なら勝てる……と思うよ」
そう戸惑いながらもリルフィは言った。
「三人なら?」
「私の聖剣の能力を使って相手を止める事ができれば……」
「止めることができても難しいと思うわ。防御態勢すらしていないのにあの硬さよ?」
「……無理、なのかな?」
「そうとも限らないわ。やってみないとわからないことはいっぱいあるからね」
若干の恐怖を感じつつもリルフィは戦うという選択をした。
学院のときにエレインから聞いた話だが、人は恐怖を乗り越えて成長していくと言っていた。もしかすると、本当にそうなのかもしれない。
私は今までいろんな恐怖を経験してきた。それでもエレインには到底追いつけない。彼は今までどんな恐怖に打ち勝ってきたのだろうか。
ただ、今それは関係のないことだ。逃げ出した魔族のことだけを考えるべきだ。
「魔の気配は近いわ。もうすぐに……」
「セシル」
すると、少し離れたところから声をかけられた。
「……驚かしてすまない。俺はブラドだ」
そう言って暗闇から出てきたのは三本の剣を携えた聖騎士団元団長のブラドだった。彼は聖騎士団を脱団してから議会の組織に加わったと聞いていたが、具体的な業務内容についてはよく知らない。
レイが言っていたのを思い返せば確か、諜報関係の部隊だったはず。
「このあたりに魔族が逃げ込んできたと思うのだけれど?」
「そのことについてだ。リルフィとナリアもこっちに来てほしい」
彼はそう言って手招きをする。
彼から魔の気配は感じられず、魔族が擬態しているというわけでもない。
しばらく彼の後をついていくとフィレスが隠れていた。
「……ブラドさん、こちらです」
そう言って彼女は壁の奥を指した。
「ああ」
「一体何をしようとしてるの?」
「この周辺の市民は脱出したそうだ。しかし、どうも数が合わなくてな」
「私たちはこの事態をエルラトラム国民の何者かの仕業だと考えているのです。そして、この地区に住む何人かの人が怪しいと思ったのですよ」
すると、フィレスがそう説明してくれる。
かなり飛躍しすぎているが、要するにこの地区の住民が何らかの手段で魔族と共謀していたということなのだろうか。
以前もそのようなことがあった。理由はそれぞれだが、魔族に協力することで自分の私利私欲を満たそうとしていることが大半だそうだ。
「今回のことはかなり不気味な気がしている」
「不気味?」
「小さき盾の調査報告書には一部の地域で終末思想を信仰する風潮があるそうだ。しかし、それが魔族との攻撃と関連しているかどうかは不明だそうだがな」
人間が魔族に蹂躙されるというのは天命であり、それを阻害することは天に仇なすことだと言う考えがあることは知っている。
そのことは学院でも習うようなことだ。しかし、実際のところは神と対話できる精霊によるとそのような天命はなく、むしろ人間が魔族に打ち勝ってほしいと思っているそうだ。
私も実際の話は聞いたことがないものの、いくつかの文献とエレインの証言を踏まえると天界は人間の敗北を望んでいないのだろう。
「間違った信仰が広まっている、のですか?」
かなり緊張しているものの、リルフィはそう質問する。
「そうだな。誰が発端なのかはわからないが」
「いろんな人間がいるのです。国民含めすべての人が一枚岩になれるわけではありませんから」
「それは仕方ないけれど、魔族に協力するなんて……」
そう言いかけて私は言葉が詰まった。
なぜなら私が魔族側に付いていたことがあったからだ。深い洗脳を受け、一時的にそうだったとはいえ、人間の敵だったことには間違いない。
「セシル、過去のことは考えるな。今は調査の協力にだけ集中してほしい」
「……わかったわ」
「ブラドさん、動きがあります」
そう壁に隠れながら奥を監視しているフィレスが言った。
私とブラドも物陰に隠れながら、奥の方へと目を向ける。
「さっきの魔族ね」
「お前たちが追っていた魔族はどうやらグランデローディアと呼ばれている魔族の将軍だそうだ。まぁ領主と言ってもいいだろう」
「そんな人がこんな敵地に入り込むなんて……」
「明らかに不自然だ。なんらかの目的があるに違いない」
すると、その魔族のところに数人の人間が集まってくる。
「……あいつらか」
ブラドがそう鋭くも恐ろしい視線を彼らに向ける。
「領主様……こんなところまでよくぞ……」
「……」
「どうか私どもを天命の意のままにっ」
「……」
すると、グランデローディアは大きな腕を振り上げて、集まってきた人間の首を一瞬にして粉砕した。
「っ!」
「はぁ、これが天の裁き……」
衝撃で飛ばされて生き残った人も再び起き上がり、その魔族へと自らの首を捧げる。
グジャッ!
血飛沫を上げ、周囲の壁に血肉を散らしながら彼らは即死していった。痛みは感じていないことだろう。あれほどの威力、あれほどの速度で殺されたのだとすれば苦しんではいないはずだ。
「……そこで見ているのは知っている。だが、もう遅い。我々の目的は一つ果たされた」
「っ! ブラドさんっ」
そう言ってフィレスが私たちを突き飛ばすと閃光が走り、強烈な衝撃波が全身を駆け巡る。
そして、しばらくすると大きな壁に大きな大穴が空いていた。
その穴は西門の方へと続いており、さきほどのグランドローディアは一瞬で逃げ出したということがわかる。
「攻撃、ではなさそうね」
「だが、凄まじい速さだな」
「力を蓄えているようには見えませんでした。まともに戦うのは難しそうですね」
そのとてつもない力は一体何なのか。
ゼイガイアのそれとはまた違ったものだ。やはり神を喰らった魔族というのは最強というに相応しいのかもしれない。
私たちは本当にそんな魔族に勝てるのだろうか。
絶大な恐怖を噛み締めながら、私はその巨大な大穴をただただ見つめるだけであった。
こんにちは、結坂有です。
幾度となく恐怖と対峙してきたセシルでしたが、彼女はどのように成長していくのでしょうか。
そして、魔族の考えていた目的とは一体何なのでしょうか。
彼らの思惑が気になるところですね。
それでは次回もお楽しみに……
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