壁を突き抜けて
私、リーリアはアレクたちとともに時計台の方へと走っていた。
タイタン級の魔族を撃破した私たちはさまよう魔族を殲滅しながら夜道を突き進んでいく。ただ、魔族の数は一向に減る気配はない。一体どれほどの魔族がはびこっているのだろうか。これほどの魔族の軍勢とは私の経験上一度もない。
とはいえ、小さき盾のみんながあまりにも強いために私がミスをしたとしてもすぐにリカバーをしてくれる。未曾有のことだが、不安でいっぱいというわけではないのだ。
「リーリア、疲れたら言ってくれよな」
「私はまだ大丈夫です」
「それならいいんだが、さっきのこともあるからよ」
「……あのようなことは現役時代もよくありました。一人で魔族五体を相手することは可能です」
現役時代では当時、ブラド団長やアレイシアと何度も突撃作戦に参加したことがあった。今になってもその実力は顕在だ。それに周囲にいる魔族はどれも下位種で、それでいてかなり実力の低い連中でもある。何も苦労することではない。
「すぐそこを抜ければ時計台に到着するよ」
すると、戦闘を走っていたアレクがそう振り返って言った。
「もうすぐ到着ってところかっ。長かったな」
「はいっ、やっとエレイン様に会えますっ」
レイとユウナはそう言って移動のペースを上げる。
「ちょっと、速いってば……」
ルクラリズが疲れ気味にそうつぶやいた瞬間、横の建物から物音が聞こえた。
「っ!」
「……なに?」
「右の方から物音が聞こえたような気が……」
「え?」
私の声にルクラリズも横を見る。
「誰かいるわね」
そう言ってルクラリズは建物の壁へとゆっくり近づく。
すると、その直後に壁が崩れて一体の魔族が出てきた。
「っぐぅう……。人間、人間ごときに……」
出てきた魔族はどこか見覚えのある姿をしている。そう、西側の広場で見つけた上位種の魔族に違いない。
魔族は胸部に深くはないものの大きな傷を負っている。その鋭い傷はエレイン様のもので間違いないだろう。
「リ、リーリア?」
「エレイン様が取りこぼしたとは考えられませんが、ここで始末するべきですね」
「そうね。能力持ちみたいだし」
私は剣を下に構え、ゆっくりとその魔族へと近づく。
「ぐぅう……ど、どうしてこんなところに……」
「わかりませんが、これもすべて時の運なのでしょう」
「に、人間ごときが、魔族に勝てるとでも思っているのかっ」
「勝てます。誰がなんと言おうとそれは事実なのですから」
剣を振り上げると同時にその魔族へと斬りつける。
「っ!」
魔族が瞬間的に攻撃してきた私に動揺しつつも防御姿勢を取る。しかし、それは魔剣の能力”精神干渉”ですでに見切っていたことだ。
斬りつける一歩手前で私は剣を持ち替え、体を回転させ、姿勢を低くすると下からその魔族の顎へ剣を突き刺し、そして、もう片方の剣で人間で言う心臓の位置へと深く突き刺した。
私のその攻撃は全く予想できなかったようですべてが上手くいった。
「……」
しばらくすると、魔族の力が抜けゆっくりと倒れていく。
上位種ということで生命力は他の下位種より高いものの、エレイン様の残したものを含め致命的な傷を三つも負ったのだ。流石に力尽きたことだろう。
「リーリア、こんなところにいたのか……って、取りこぼしたか?」
すると、私たちの後ろからレイが戻ってきた。
「いえ、隠れていたみたいです」
「隠れてたにしても俺のミスだ。悪いな」
「……大丈夫ですよ。私もいくつかミスをしていますので。エレイン様が待っています。行きましょう」
「おうよ」
それから私たちは前に進んでいく。
この先でエレイン様が待っているのだから。
◆◆◆
幻惑を仕掛けてきた魔族を倒した俺、エレインは聖剣イレイラを納めた。
「え、エレイン。もしかして……」
すると、少し離れた場所で戦っていたミリシアが駆け戻ってきた。
「いや、気にするな。幻惑使いはもう倒した」
「倒したって、どういうこと?」
「工夫次第でうまく倒せたみたいだ。まぁ面倒な相手ではあったが……」
「よくわからないけれど、幻惑使いの魔族を倒せたのは大きいわね」
「ああ、これで思う存分、剣を振るうことができるからな」
そういって、俺は後腰に携えている魔剣を引き抜く。
その魔剣に埋め込まれている歯車が次第に高速に回転し始め、火花を撒き散らす。その火花は白光を放ち、神秘的な輝きを見せている。
「ちょっと、エレイン。そこまでしなくて……」
「対複数戦では時間が重要となってくる。視界に入っている魔族だけでも倒したほうがいいだろう」
「そ、そうだけどっ」
「なら、これをやらないという選択肢はない」
「ちょっ……」
ミリシアがそう言って俺を制止しようとするが、その動きが急激に遅くなる。
『時はあなたに味方をします』
魔剣に宿っているクロノスがそう言うと周囲の時間が完全に止まる。
その停止した空間の中、俺はアンドレイアの”加速”という能力を最大限に活かして動き始め、視界に映っている魔族へと意識を集中する。
聖剣イレイラを引き抜き、双剣の構えで俺は走り出す。
不意の幻惑によって制限されていた神速の剣技は下位種の魔族を圧倒するに十分なものだ。大多数いる相手と戦うというのは時間が必要となる。
そして、その時間が次第に自分を蝕み始め、疲労と言う形で襲いかかってくる。
一瞬で倒すことができるのなら、それに越したことはないのだ。
『捻じ曲げられた時間は再び戻る』
そうアンドレイアが言うと停止した空間が再び動き始める。
それと同時に轟音が鳴り響き、周囲にいた魔族が一瞬にして斬り裂かれ、血飛沫を巻き上げながら倒れていく。
「……」
幻惑ではないものの、脳に重度の負荷をかけたために頭痛が起きる。
「エレインっ。ただでさえ疲れが溜まってるのに無茶よっ」
「問題ない。止めた時間はせいぜい三〇秒ほどだ」
長くても俺の処理能力を考えて一分が限界といったところだ。限界の半分ほどだから余裕はまだある。とはいえ、無理をしているのには変わりないが。
「それでも幻惑とかで疲労が溜まってたはずよっ。もう少し自分の事を考えて……」
「エレイン様っ」
ミリシアが俺の身を案じて怒っているところ、リーリアの声が聞こえた。
「ミリシアもいるじゃねぇかっ。ものすごい音がしたが、大丈夫かっ」
すると、奥からレイやアレクたちも来てくれたようだ。
「……エレインが無理して魔族を一掃したのよ」
「おいおい、無理はあんますんなよ?」
「ああ、わかっている。レイ、あのレンガの壁は破壊できそうか?」
俺はレイにそう言って、奥の壁を指差した。
「魔族の野郎、派手に破壊したもんだな」
「ここは大通りだ。聖騎士団の侵攻ルートの妨げになる」
「まぁやってみるか」
レイは魔剣を引き抜いて崩れた時計台の方へと向かっていった。
「エレイン様、お怪我はありませんか?」
「怪我はしてないが、少し休ませてほしい」
「僕とユウナは周囲を見てくるから休んでていいよ」
俺はそう言うとアレクとユウナは臨戦態勢を取って周囲を見張ってくれる。
「全く、無理しちゃって……」
そうしゃがみこんで俺の様子を見てルクラリズは心配そうに声をかけてくる。
無理をしたのは間違いないが、それをしなければいけない状況だった。まぁアレクたちが近くまで来ていたのなら必要性はそこまでなかったのかもしれないが、それもこれも結果論に過ぎない。
その時は俺の中の最善だったのだから。
「とりあえずはパベリの防衛は成功したと言えるか?」
「はい。タイタン級の魔族や上位種も討伐したことです。あとは聖騎士団が残存勢力を掃討するだけです」
そのためにはあの大通りを塞いでいるレンガの壁を破壊するだけと言ったところか。
「そうか。防衛は成功したのだな」
「はい」
リーリアの言葉を聞いた俺は振り返ってレンガの壁を見る。
「はぁあ!」
すると、レイが勢いよく魔剣を振り上げ、大きく踏み込んで壁へと斬りつける。
地下訓練施設の頃を思い出す。木剣でコンクリートの壁を半分に斬り裂くと言った訓練で一番の成績を出したのは彼だったのだ。
今は木剣ではなく魔剣、それも強力な力を持っているものだ。その剣とレイの力を合わせた破壊力は想像を絶するもの。
ズゴォオン!
その爆発的な力はレンガの壁を木っ端微塵に吹き飛ばしたのであった。
こんにちは、結坂有です。
本気を見せることのなかったエレインですが、制限がなくなった途端に魔族の軍勢は瞬殺だったみたいですね。
それにしても、面倒な能力を持った魔族がいるものですね。
今後の展開が面白くなりそうです。
それでは次回もお楽しみに……
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