狂いなき力の先
防壁から降りるとそこにはすでに魔族が侵入していた。兵士たちはどこから来たのかわからないと言った様子だったが、考えるよりも彼らはこれ以上魔族が侵入してこないよう防衛に必死だ。
もちろん、私たちも戦うべきだろう。
二人は兵舎の方へと応援を呼びに向かった。リルフィは私たちと残って防衛を手伝ってくれるそうだ。
彼女も聖剣使いだ。それも高い素質のある剣士、彼女はこれからももっと強くなるはずなのだ。
すると、リルフィが私の方を向いた。
「セシル、向こうに魔族がっ」
「……手薄なところに向かったのね。すぐに行きましょう」
彼女が指差したほうを向くと確かに五体ほどの魔族が戦いを避けて、深くまで侵入しようとしていた。
あの先に行かれると民家が立ち並んでいる場所になる。当然ながら、避難は済ませているようだが、市民の大事な資産を破壊されるわけにはいかない。
「うんっ」
「ナリア、こっちの方にも来てくれる?」
「わかったわ」
「フィンとミーナはここを頼むわ。私たちは向こうに走っていった魔族を追いかけるから」
「おうよっ」
フィンがそういうと剣を深く握り、低い姿勢で魔族の群れへと走っていった。
それに続くようにミーナが彼を追いかける。彼らにここを任せておいても大丈夫だろう。幸いにも魔族の数はそこまで多くはない。兵士も十分に戦えているところを見るに劣勢になることはおそらくないはずだ。それに兵舎からの応援もあることだし。
そして、私たちは戦いから避けるように移動している魔族を追いかけることにした。相手は追っている私たちに気づいているのかはわからないが、立ち止まらず目的地があるかのようにまっすぐと道を進んでいく。
まるでこの付近のことをよく知っているかのように。
「……迷いのない移動ね」
「ここに来たのが最初ではないのかしら」
「でも、おかしいよね?」
「わからないことだけど、魔族を野放しにするのは危険よ。戦いましょう」
私はそう言って一気に駆け出した。
魔の力を使って人間離れした超人的な速度で魔族を追いかける。
「っ!」
ただ、いくら超人的な能力を手に入れたとしてもエレインや小さき盾には敵わなかった。ユウナとは互角に戦えるとはいえ、ミリシアやアレクに全く歯が立たなかったのだ。つまりは私もまだまだ強くなれるということだ。
エレインの横に並ぶような、そんな誇り高き剣士になるためにも私はこの能力をうまく使いこなす必要がある。
「何だ……こいつ……」
「はぁ!」
剣を引き抜いた私は五体のうち一体に刃を突き立てる。
「魔族、ではないのか……無意味め」
私に気づいた魔族はなぜか防御姿勢を取るわけでもなくただ立っているだけ、奇襲に対処できないと思ったのだろうか。
ガジャンッ!
強烈な刺突は魔族の皮膚を貫くことなく、弾き返される。
「くっ!」
私は咄嗟に崩れた態勢を整えるともう一つの剣を取り出した。攻撃型と防御型の二つの剣を手にした私は魔族から距離を取って構える。
流石にエレインほど二刀流ができるわけではないが、それでも教えてもらった技術がある。
「セシル、私たちも援護するわ」
距離を取った私の横にナリアが来て、少し遅れてリルフィもやってくる。
「……裏切り者に、奴隷。そして、異端者か」
「グランデローディア閣下、それは……」
「気にするな。アイツのやろうとしていることに興味はない。殺して構わん」
「仰せのままに」
すると、私が攻撃を仕掛けた魔族はそう部下に命令すると四体の魔族が守るように立ち塞がる。
「閣下、今のうちにお進みください」
部下の一体がそう言うと閣下と呼ばれている魔族は奥の暗闇へと走っていった。
追いかけたいのだが、その前に四体の魔族をどうにかする必要がある。
「ヒッヒィ」
下品な目で私たちを見つめる魔族は手に持ったナイフに自らの唾液をたっぷりと湿らせた。
そして、美しい金属の色をしていたナイフは唾液が滴るとともに禍々しい紫へと変色していく。
「その整った顔が苦痛に崩れる様を見れるたぁ役得だぜ?」
「趣味趣向を否定するつもりはないが、油断はするな」
「ヒッヒィ、わかってますぜ」
あまりに戦いたくはない相手ではあるが、無視して通ることもできない。なるべく彼のナイフには触れない方がいいだろう。
しかし、この魔族らは明らかに先程の侵入してきた連中とは格が違うように思える。それに言葉を話すところからも上位種であることには変わりないようだ。
そしてなによりも能力持ちだ。気を付けなければ一瞬で殺されてしまう。
魔の力を持っている私でも同じこと、また負けるわけにはいかないのだ。
「リルフィ、無理そうならな……」
「いけるわよ。特訓の成果、ここで見せるんだからっ」
「その言葉、信じるわ」
そういった私は一気に駆け出す。
聖剣ベルベモルトを手にした私は下品なナイフ使いの魔族へと攻撃を仕掛ける。
リルフィはともかく聖剣でもない棒を持ったナリアにはこの魔族と戦わせるのはよくないだろう。あのナイフは絶対に触れてはいけない気がするからだ。
「ヒッヒィ! 重いぜ、その一撃はよっ」
防御型の大き目の剣だが、それを難なく受け止めたこの魔族は瞬間的に体を回転させると私の後頭部へとそのナイフを突き立てる。
「ふっ!」
だが、その攻撃はアレクとの訓練で何度も経験してきたことだ。
私は剣を地面に突き立て、それを軸にしてその攻撃を避ける。どうしても二本だけの足では避けられない攻撃がある。その時には剣を自分の足代わりにして立ち回ることでうまく回避することができる。
ミリシアに教わったこの技術が役に立ったようだ。
訓練していたときはあまり実戦向きではないと思っていたのだが、どうやらそれは違ったようだ。
「ホッホォ、やるねぇお嬢ちゃんっ!」
後頭部への攻撃をうまく避けることができたとは言え、不安定な態勢になっているのは私の方だ。続けて攻撃を繰り出してくる魔族はナイフを地面と水平にして走ってくる。
この突撃はレイのそれに近いものを感じる。彼の攻撃はこの魔族よりももっと強烈なのだが、あの技が使えるはずだ。
「はっ」
私はその突撃に倒れ込むように、そして回転を加えながら攻撃を始める。
「もらったぜっ!」
魔族のナイフが私の胸元へと吸い込まれるように入ってくる。
ジュシュンッ!
だが、その攻撃は服を斬っただけで私の体を傷付けることはなく、私の剣が魔族のうなじを捉えていた。
「ウッグゥッ!」
「せいっ!」
剣を一気に引くと聖剣は魔族の首を跳ね飛ばした。
一撃で斬り落とすつもりだったのだが、どうやら刃がうまく立っていなかったようで骨まで斬るほどの威力を発揮することができなかった。
練習ではうまくいったのだが、実戦だと難しいもののようだ。
「ちっ、能力持ちがやられたっ。あいつを狙うぞ」
「わかったよ」
一体を完全に倒すことに成功した私へとナリアとリルフィが相手をしていた残りの三体が走り込んでくる。
「セシルっ!」
想定していたよりも早く動いてきた。
しかし、それも小さな誤差だ。もう聖剣の能力は発動している。少しタイミングがズレただけだ。
攻撃型のグランデバリスを地面に突き立て、ベルベモルトで構えを取る。
「我流剣術奥義……」
受け止めた攻撃を瞬時に反撃へと変換するこの剣はミーナと違い、高速で繰り出すことができる。それをうまく応用したものだ。
レイの技を見てそれをサートリンデ流の技と組み合わせることで完成した。この技はエレインにも褒められた数少ないものの一つでもある。
「このっ!」
長剣で挑んできた一体の魔族をベルベモルトで受け止める。
そして、その攻撃を受けた剣が青白く光り輝くと剣閃が走る。
シュンッ!
その冷たい音とともに二体の魔族の腹部がゆっくりと斬り裂かれていく。
「冽斬陣」
冷たき斬撃は自分が斬られたことを悟らせない。
私が持てる最高のカウンター技の一つだ。
訓練時代はうまくいかないことのほうが多かったが、魔の力で強化された身体能力で技が決まるようになった。
あとは場数を増やしていくだけ、いつの日かエレインと並ぶ最高の剣士と呼ばれるために。
「お願いっ!」
「やっ」
横へと視線を向けるとナリアが魔族の武器を器用に巻き上げると、それに合わせてリルフィが魔族の首を確実に斬る。
「上位種は倒せたようね」
「ええ、リルフィのおかげよ」
「わ、私はその……援護があったからで……」
「倒したのはリルフィよ。よくやったわ」
私がそういうと彼女は照れくさそうに頬を手で隠した。
しかし、奥へと走っていった閣下と呼ばれる魔族は倒せていない。
「でも、喜んでる場合ではないわね。すぐに進まないと」
「そうね。行きましょう」
「……うんっ」
再び頬を軽く叩いて気持ちを切り替えたリルフィはまっすぐ前を向いた。
それから私たちは奥へと進んだ魔族を倒すべく、暗闇へと走っていくのであった。
こんにち、結坂有です。
セシルはとてつもなく強くなりましたね。
これからももっと精進していくそうですが、エレインに並ぶほどの剣士へと成長するのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに……
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