立ち止まって考えてみる
ユタロットと想定していなかった戦闘をしてしまった私だが、彼自身はどうやら私には一人で勝てないとわかったらしい。しばらくすると、私の話を聞いて建てなかった彼は私に強い視線を向けてどこかへと歩いていった。
一瞬だけ彼は自分と向き合えたはずなのに、どうやらそれでも完全に考えを改めるきっかけにはならなかったようだ。
「……セシル、ユタロットに関しては気にしないほうがいいわ」
「別に気にしていないわ。ただ、間違った方向に進んでほしくないだけなのよ」
とはいえ、自分の意志で突き進んでいる以上は誰もとやかくいう資格はないのだけれど。
そんな事はわかっているのだが、彼には考えを改めてほしいところだ。
私やエレインに敵意を向けるのではなく、自分自身と向き合って己の騎士道を極めてほしいだけなのだ。
「間違った方向ね。私もエレインに何も言われなかったら今頃剣を振るうことなんてできなったかもしれないわ」
「ミーナの場合は少し特殊かもしれないけれどね。誰しも自分の突き進んでる道に不安を覚えるものよ」
「だけど、突き進まなきゃいけないのよね」
先の見えない未来に目を向けるべきではない。生きている今こそもっとも目を向けるべきで、誰にもわからないことを考えるだけ無駄なのだ。
「なんか騒がしかったが、なにかあったのか?」
すると、奥からフィンが戻ってきた。
後ろには三人ほどの男女がいる。
どうやら彼らが私たちと協力してくれる人たちなのだろう。
「別に気にしなくていいわ。もう終わったことだから……」
私は話を詰まらせてしまった。なぜならその中にリルフィがいたのだから。
「リルフィ?」
「久しぶり、ね」
「そうね。あれからほとんどエレインの家にいたからね」
「私もいろいろとあったけれど、少し強くなったよ」
確か、ミリシアたちが学院寮に済んでいない人を対象に学院で指導していたようだ。彼らとともに訓練を続けていれば嫌でも実力が上がっているものだ。
それにリルフィは実力こそ高くはなかったものの、それでも強くなれる素質というものはあった。しっかりとした指導者がいれば強くなれるはずなのだ。
「そう、それはよかったわ」
彼女以外の二人も話を聞いてみることにしたが、どうやら彼らはエレインに助けてもらった事がある人のようだ。
一人は学院が怪しい集団に攻撃を受けた時に真っ先に矢を受けてしまった女性、そして、それを見ていた男性だ。
名前は思い出せなかったけれど、二人とも弱いと言った印象はなかったと思う。
まぁここに集まっている以上、弱いということはないのだけれど。
「とりあえずは三人集まったぜ? 他にもいるんだが、防壁の方に向かったみたいでな」
「そう、ここにいてる人たちよりかは防衛に熱心なのね」
「……それは俺も否定できねぇけどよ。だけど、魔族からこの国を守りてぇのには変わりないみたいだぜ?」
「守りたいだけじゃだめよ」
確かにやる気はあるのでしょうけれど、それだけではだめなのだ。
ここにいる彼らは魔族に対しての恨みがあるとはいっても、本当に強くなりたいと思っているわけではないのだ。
向上心のないのはユタロットを見ていればわかることだ。自分と向き合うことだけが自分を強くするのにそれができていない人があまりにも多いように思う。
「まぁ、そんなことより……」
フィンがそう話を切り替えようとすると、ナリアが走って戻ってきた。
「魔族に動きがあったわ」
「どういった動きかしら?」
「今すぐ攻め込んでくる気配はないのだけれど、隊列を組み直してるみたいに見えるわ」
規則正しく灯っていた松明の列が動いたということだろうか。
私たちがこんなところにいるのは無意味のようね。それに私にとってもそこまで得することもないようだし。
「私も防壁の方に行くわ。協力してくれる人も集まったことだしね」
それから私たちはナリアとともに防壁へと上がる。
そして、奥に灯っている松明の列を見てみることにした。確かに隊列を組み直しているかのような動きをしている。
だが、私はその動きに不自然さを覚えた。
あの動きを見て見る限り、隊列を組み直しているようには見えなかったのだ。
「……セシル、少し静か過ぎる気がするわ」
松明の列を見ているとミーナがそう話しかけてきた。
そういえば、少し静かな気がする。
確か防壁の下では兵士たちが作業していたはずだ。いつの間にかその作業の音も聞こえなくなっている。
「変じゃねぇか?」
「そうね」
いろんな点で不自然さを覚えた私は防壁から少し顔を出して、下へと覗いてみることにした。
「っ!」
そこには兵士の死体があった。
薄暗くて全容は見えないが、明らかに誰かが死んでいる。
「奇襲よっ」
私がそう叫ぶと防壁の上で魔族の監視を続けていた兵士たちが異常に気付く。
そもそもあれほど門近くで作業していたのに一瞬で制圧された事自体がおかしい。なにか異変があれば防壁の上にいる私たちにもわかるはずなのに。
とにかく今は考えることよりも体を動かす方がいいだろう。
「なっ、ふざけた真似をっ!」
「僕たちは兵舎に向かって増援を呼んでくる。あまりいい顔はされないだろうけどね」
「お願いするわ」
すると、リルフィは私の横に駆け寄ってくる。
「私も一緒に戦うわ。そのために得た力なんだから」
「そう、だけど無理しないでね」
「……うん」
そういった彼女は不安を抱えているように見える。しかし、その不安も戦っていくうちに薄まっていくことだろう。
やればできるということを理解したとき、初めて自分の本質を知る。
それは私が訓練をしていた時にエレインがかけてくれた言葉だ。誰しも不安を抱えて生きているのだが、それは知らないから、よくわからないから不安なだけだ。実際にやってみればうまくいくことだってある。
最初からできないと考えるのは人間の性ではあるが、それを乗り越えない限りは成長はできないのだから。
「行きましょうか」
「そうね。門は開いていないみたいだけどすぐに突破されそうね」
私たちは剣を引き抜いて防壁の下へと駆け下りる。
階段を降りてすぐに私は強烈な気配を感じた。
今まで隠されていたその気配は明らかに異常なものだ。少なくともここに魔族の軍勢が攻め込んできている。
「セシル、大丈夫?」
「……少し動揺しただけよ。私たちも戦いましょう」
「へっ、腕がなるぜっ」
私がそう言うと真っ先にフィンが飛び出していった。
それに続くようにミーナも走り出す。私も戦わないといけない。
だけど、私の中のなにかが少し待てと引き止める。
この現状を少し冷静に見てほしいと、そう私の心が訴えかけているのだ。
こんにちは、結坂有です。
突如として現れた魔族の軍勢ですが、果たしてセシルたちは無事に西門を守ることができるのでしょうか。
そして、魔族側の思惑は一体何なのでしょうか。気になりますね。
それでは次回もお楽しみに……
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