揺れる感情に囲まれて
私、セシルは西側の門へと到着した。
隣国のパベリが攻撃を受けていなる中、エルラトラムの西側に魔族の軍勢が確認されたそうだ。
すぐに門の上へと向かって遠くを見てみる。
夜で真っ暗ではあるが、それでもはっきりと奥に何者かがいるとわかる。その揺れるように動く光源は明らかに松明だ。そして、なによりも私の中に眠る魔の力が疼いている。
明らかに魔の存在がいるということだ。
「……ものすごい数がいるみたいね」
「うん。だけど、すぐ攻め込んでくるって感じはしないわね」
「それでも気を緩めるわけには行かないわ。私たちに小さき盾がいない以上、簡単に陥落なんてこともあり得るわけだからね」
そう、今の私たちには聖騎士団本隊の他、小さき盾すらもいない状況だ。四大騎士はいるものの、積極的に動くには彼らの負担が甚大だ。最悪死んでしまうことだってある。
世界でも数少ない自然災害クラスの能力を操る聖剣使いとしてなるべく温存しておきたいところだ。
「確かにそうかもしれないわね。少なくとも先日の戦いで疲弊しているのは明らかだから」
「とりあえずは様子を見ておくに越したことはないわ。無闇に魔族の軍勢を刺激するのは良くないからね」
「ええ、それは以前の村でも教え込まれたわ」
そう言えば、ナリアの生い立ちについて全く聞いたことがなかった。
エルラトラムから少し離れた場所に孤立していた集落のような村があってそこで過ごしていたらしいが、どうして聖剣を持っていない人間がそのような場所で何十年も過ごすことができたのだろうか。
今はナリアが味方だと信頼しているものの、まだ知らないところがあるというのも事実だ。今後の事を考えて彼女の過ごしてきた謎の集落というのも調査する価値はあるのだろう。とはいえ、問題は遠くにいる魔族の軍勢だ。
攻めてくる気配はないが、危険な状態なのには変わりない。
「……セシル?」
そう遠くの魔族を見据えていると後ろから声をかけられた。
この声はミーナだ。
「ミーナ、ここに来てたのね」
「議会に協力しているわけからね。セシルも議会から言われてきたのかしら?」
「そんなところね。本当は議会の警備をするつもりだったのだけど」
そのために議会へと向かったのだが、そこでユレイナにここの防衛を任されてしまったのだ。確かに議会の警備はすでにいる警備隊とフィレス、ブラドに任せておけば大丈夫だろう。
それよりもここを突破されて市民に影響が出るほうが大きな損害だと言える。
「でも、ここに来てくれて助かるわ」
「それならいいのだけどね。邪魔じゃなければ私もミーナに付いて行ってもいいかしら?」
「もちろん。フィンのところに行きましょうか」
どうやらここにはミーナの他にもフィンがいるらしい。学院で知っている人もそこにいるのだろうか。
「そうね。どれだけの人が集まっているのか知りたいからね」
「じゃ、こっちよ」
そう言って彼女は私たちを案内し始めた。
暗くて見えていなかったが、防壁の下にもどうやら兵士がいるようだ。松明を持っていないのは魔族を刺激させないためだろう。下に降りている兵士が松明を持ってわかりやすく動いていれば、どう魔族が動いてくるかわからないからだ。
今のところは魔族の動向を監視して、私たちは現状維持を続けるべきだろう。
それから防壁を降りて近くの兵舎へと向かう。魔族の攻撃があればすぐに展開できるよう複数の大きな出入口が用意されている。
「おっ、セシルじゃねぇか!」
兵舎の中へと入るとすぐに声をかけてきたのはフィンであった。
彼の周りをよく見てみると確かに学院で見知った人が多く集まっている印象だ。その中の何人かは私に対して警戒の視線を向けるが、それは学院の頃から変わっていないのだが、私とエレインは何かと敵対視されていたのは間違いない。私とエレインは本当のところ実力のない組だと思われていたらしいからだ。
原因としては入学してすぐのとき、私が実力の高いとされていた何人かの生徒を下に見て罵ったのが原因だそうだ。あの時は彼らの動きを見て弱いと思ったから一度も剣を交えなかったことが誤解を招いたのだろう。
エレインには少しばかり迷惑をかけてしまったのだが、彼のことは交流戦などの様子からもわかるように、見る目があるのならすぐにその高い実力に気づいたはずだ。どちらにしろ、今はもう関係のないことだが。
「フィンは確かミーナの自主練に付き合っていたそうね」
「おうよ。リハビリの時はいろいろと苦労したもんだぜ?」
「……そんなことまで言わなくていいわよ」
私の横でミーナが若干恥ずかしそうにしながらそう小さくつぶやいた。
まぁ弱気になっていた自分のことなんて話されていい気分になるわけでもないからね。
「あの人たちも学院の生徒よね。仲良くできているのかしら?」
「いろいろと面倒なことにはなってるが、喧嘩だけはしないよう気を付けてるぜ」
「フィンは言葉が荒いから特に注意しなければいけないから」
彼が自信満々にそう言うと、ミーナが腕を組んでジト目で彼を睨みつけた。
「別に問題は起こしてねぇだろ?」
「今はまだってだけよ。いつか絶対に喧嘩するわ」
「ともかく、協力できそうな状況ではあるのね」
「だけどよ。セシルとエレインの評判はかなり悪いみてぇだぜ?」
直前までフィンが話をしていた人たちが私を見るなりすぐに睨みつけてきたことからもだいたい気づいていたが、どうやら彼は学院での出来事以外にも原因がある言い方をしている。
「というと?」
「賄賂をもらっただとか、権力を傘にしてるとかいろいろと悪い噂を流されているみてぇだぜ? もちろん、俺はそんなこと信じちゃいねぇけどな」
一度、エレインと戦った事がある人なら誰でも彼の実力は本物だとわかるはずだ。それが賄賂をもらって八百長まがいなことをしていたなんて言うわけがない。
もし言っていたとすれば、それは単なる嫉妬だ。
「セシルたちが学院寮に来ていない間に妙な噂が流れてしまったのよ。ちょうど私もリハビリとか療養中だったわけだしね」
「俺の目を盗んでそんなおかしなことを言いふらした野郎は一体どいつやら……」
フィンがそう言うとナリアが周囲を見渡しながら口を開いた。
「エレインは自慢するような言い方はしないからね。それでいてしれっととんでもないことをする。確かに誰がどうみても不自然なのは間違いないからね」
「自慢したほうが逆に目立たないってことかしら?」
「エレインの場合はそうだったかもしれないわね。フラドレッド家という影響力のある家柄ということも要因の一つかもしれないけれど」
確かに私も彼と最初に出会った時はフラドレッド家の坊っちゃんかと思っていたからだ。実際のところは養子で、かつ家の剣術も学んでいないただのかっこいい男性だっただけだが。
「確か目立つことは嫌だったんだろ?」
「別に嫌ってわけではないと思うわ。何を思っていたのかはわからないけれど」
「とにかく、今はセシルも目立った行動はやめておいた方がいいわ」
「それなら仕方ないわね。人を集めて部隊でも作ろうと思ったのだけど」
協力を得るつもりだったのだが、悪い噂が邪魔してそれはできないらしい。
想定外とはいえ、仕方のないことだ。
「だが、何人かはその噂を信じてねぇやつもいるぜ?」
「少数だったわよね? 部隊というには……」
「別に構わないわ。一人でも多い方が私たちも安心するからね」
私がそういうとナリアもうなずいて私の意見に同意する。
少数精鋭というわけでもないが、小規模の部隊を作っても問題はないだろう。もしあの魔族の軍勢が攻撃してきたとき、時間を稼げるほどの戦力が集まればいいだけだ。
なにも聖騎士団のようなしっかりとした部隊である必要はないのだから。
「へっ、集めて来るから待っててくれ」
そう言ってフィンは兵舎の奥へと走っていったのであった。
こんにちは、結坂有です。
戦闘シーンはありませんでしたが、次回からはまた激しい戦いが始まりそうな予感ですね。
果たして、エルラトラムを見据える魔族の軍勢は一体何を考えているのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに……
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