死臭の先で
俺、エレインは小さき盾とともにパベリへと辿り着いた。
道中、馬車を十台ほど見かけただけで特に変わったことはなく、門を抜けてそのままパベリへと辿り着くことができた。しかし、問題なのはここからだ。
パベリへと入ることができる門をくぐるとすぐに嫌な臭いがした。
思い出したくもない最悪な死臭は帝国のそれに近いものを感じる。
「……もう嗅ぐことはないものだと思っていたけれど、そうはいかないみたいだね」
「ええ、すでにかなりの被害が出ているのは間違いないようね」
すると、俺たちを見かけた聖騎士団の一人が話しかけてきた。
「小さき盾の人たちか。来てくれた助かるよ」
「あなたは?」
「パベリで警備をしている聖騎士団のタイダスだ。噂では聞いていたけれど、本当に若い人なんだな」
「不満かしら」
ミリシアがそう目を細くしてタイダスにいうと、彼はすぐに手を振ってそれを否定した。
「いやいや、君たちの実績はもう知ってるよ。俺みたいな弱小が太刀打ちできるわけない」
「へっ、そんなことはともかく状況はどうなってんだ?」
「ああ、市民はすでにパベリから脱出し始めているみたいだね。応援に来た聖騎士団とパベリの聖剣使いと協力して前線を維持している状況だ」
とりあえずは市民の多くを避難させることが目的か。
だが、この国が陥落するのはエルラトラムにとって最悪と言える。人類最後の砦と呼ばれる聖剣生産国であるエルラトラムのためにもこのパベリには生き残ってもらう必要があるのだ。
どうやらそのことは目の前にいるタイダスも理解しているようで、市民が脱出したあとのことを補足で話す。
「脱出した後は一気に前線を押し返す予定なんだ」
「なるほどな。押し返す算段はもう立っているのか?」
「……今のところは聞かされていない。アドリス団長もそのことで悩んでいる様子だったよ」
そうすぐに考えが及ぶような問題ではないのは確かだな。
攻撃の規模を考えると魔族はかなりの数がいると想定される。戦術的な特異点を作らない限りは状況を変えることはできないな。
「エレイン様、私たちは聖騎士団とは違った動きをする必要がありますね」
「そうだな」
「って言ってもどうやって変えるんですか?」
「決まってんだろ? こうガツンっと吹き飛ばしたらよっ」
「みんながレイみたいに規格外だったらそれでも良いのだが、そういうわけではない」
「だったら、下位の魔族を使役している上位種を徹底的に狙うしかないわね」
すると、ミリシアはそう俺たちが倒す目的を示した。
下位種の相手は聖騎士団に任せるとして、俺たちは裏で指示している上位種を倒す必要があるだろう。自由に動ける部隊なのだから敵の前線の内側へと潜入して指揮系統を破壊するべきだ。
「タイダス、前線の状況はどうなってる?」
「聖騎士団の一人が聖剣を使って大きな壁を作ってる。今のところはそれで前線が維持できているが、それも何時間保てるか……」
壁を使っているということは互いに状況がわからないということのようだ。
それに魔族側は再度攻撃に向けて準備していることが考えられる。もちろん、こちら側も突破時を考えて対策を講じていることだろう。
その時間を狙えばうまく壁を超えることができるはずだ。
「長い時間、膠着状態が続くのはよくないね。向こうも力を蓄えていることだろうしね」
「そうね。判断は早いほうが良いわ」
「……二手に分かれて行動するか」
「二手に?」
「ああ、北側と南側に分かれて同時に攻め込んでいく。魔族側は西側から攻め込んできているんだな?」
俺はそうタイダスに質問すると、彼は大きくうなずいて肯定する。
エルラトラムで西側の門が攻撃されたことを考えると、おそらく西側の勢力である魔族軍が攻め込んできているのだろう。
侵入することが困難だと判断した結果、パベリへと攻撃を移行させたということだろう。いや、前もって計画されていたことなのだろうか。
どちらにしろ、計画的な攻撃である以上はこちらも慎重に立ち回る必要がある。
「なら、俺たちは南側を進む。北側を小さき盾で進んでほしい」
「……不満はあるけれど、わかったわ。西側の門を集合地点にするのね」
「そうだ。合流できそうにないのなら……」
「できないってことはねぇぜ? 俺がいるんだからよ」
そう言ってレイが胸を張って一歩踏み出した。
確かに聖剣や魔剣を持った彼らに不可能という文字は存在しないか。
「西側の門に集合だ」
「おうよっ」
そう言って俺たちは分かれた。
最後までミリシアは俺に対して心配そうな表情を向けていたが、俺たちもルクラリズという未知数の戦力がいる。平等に振り分けるのならあれでよかったはずだ。
さて、俺たちは南側の方へと進むことにした。
◆◆◆
私、ミリシアは不満を覚えつつも北側の方へと向かった。
よくよく考えてみれば、敵である魔族は人を殲滅することに重点を置いた攻撃をしていたと聞いた。
パベリは北側に多くの住宅地があるとレイから聞いた。必然的に魔族側も北側に多くの魔族を送り込んでいると考えるべきだ。
だとしたら、エレインの向かった南側は比較的魔族の数が少ないと言える。と、考えてみたところで答えは出ない。今はエレインやルクラリズ、リーリアを信じることしかできないのには変わりないのだ。
「ミリシア、考え事かい?」
「気にしなくていいわ。戦いには支障ないから」
「へっ、戦いに雑念は必要ねぇぜ」
「雑念ってほどじゃないけれど、ね」
「……エレイン様でしたら大丈夫ですよ」
すると、ユウナがそうつぶやくようにそういった。
そういえば、彼女もエレインに対して強い想いを持っている。恋愛的な感情はよくわからないもののそれでも私と同じように不安に思っているのは確かだろう。
「どうして、そう言い切れるの?」
「私たちも十分強いと思います。ですけど、エレイン様に勝てるでしょうか。私はまだまだ彼の足元にも及びません」
「そう、かもしれないけれど」
「自分より強い人がやられる、なら私たちも同じです。エレイン様を殺すことができる存在がいるのだとしたら、私たちもその存在に殺される運命ですから」
どうやらユウナはそうやって割り切っているらしい。
エレインが死んでしまったら、彼よりも弱い私たちも同じく死んでしまう。つまりは直接ではないものの運命共同体ということを言いたいのだろう。
知ってる中で最も強い人は誰かと言われれば、私は迷わずエレインを挙げる。そんな彼が死ぬと考える時点で信頼できていないのだ。少しは強い人を信頼するべきなのかもしれない。
「……確かにそうね。私よりも強いんだから、生きて当然よね」
「はい。逆に言えば、私たちが生き残ればエレイン様も生き残れるのですよ」
そのユウナの言葉はある意味真実だと言える。
直接関係はなくとも運命共同体なのは地下訓練施設のときから一瞬たりとも変わっていない。事実、レイやアレクが生きていたのだから。
繋がっていないようで繋がっている。信じないほうがおかしいのだ。
「迷いがなくなったようだな? じゃ行くぜ?」
「ええ、行きましょう」
私がそういうとレイは一気に壁を駆け上がった。
それなり斜面はあるものの、よじ登れないほどの角度ではない。
そして、その壁の頂上へと登ると一気に視界が開けた。夜なのに街明かりのあった先ほどの場所とは全く違う街灯が一切灯っていない街が広がっていた。
「……灯りは全部壊されたみたいだね」
「へっ、暗いって言っても月明かりがあるぜ」
「建物の影には気をつけるべきだけど、それ以外は問題なさそうね」
「私もいけますっ」
「じゃ、飛び降りるぜっ」
そう真っ暗な街へと飛び降りる。
振り返って壁を見てみると崖のような斜面となっている。こちらから向こうに戻るにはかなり苦労することだろう。
こうなった以上は引き返すより、先に進むべきだ。
「魔の気配が強いな。待ち伏せてるやつがいるみてぇだ」
「そうだねっ」
すると、アレクが剣を引き抜いて強い衝撃波を生み出す。
その衝撃波で建物の壁が破壊されるとそこから魔族が一気に出てきた。全部で十五体、一体ずつ対処していけば問題はないはずだ。
「手加減なく剣を振るえるってのは楽しいもんだな!」
続いてレイが魔剣を大きく振り回してその魔族の群れへと突撃していく。
「レイっ、あまり目立つような行動は……」
「一気にぶっ飛ばしてやるぜっ」
そうアレクが忠告するも、レイの耳には届いていないようで大きく振りかぶった彼の魔剣はかすかに光を放ちながら強烈な剣撃を繰り出した。
スゴォオンッ!
その剣閃は光り輝いていた。エレインのような高い技術によって生み出された剣閃というわけではなく、空気が激しく振動して光る彼の剣閃は高温を発しているのだ。
そして、ほんの少し遅れて聞こえる大きな花火のような破裂音は耳をつんざくようだ。
その剣撃を直接受けた魔族の皮膚が弾け飛ぶ。想像を絶するような圧力で魔族の強靭な肉体も破裂してしまうらしい。ついでに、その衝撃波で周囲の魔族も吹き飛ばされていったらしい。あの勢いなら多くが死んでいることだろう。
「どうだっ! まだ来るかっ!」
「……まったく、潜入って話だよね?」
「下位の魔族なんだろ? なら問題ねぇ。一帯の魔族を全滅させてやるぜっ」
「いつものレイさんですぅ」
レイの言葉に気圧されながらもユウナは剣を引き抜いた。特殊な形状の魔剣を彼女はもう自分の物にできている。
いつまでも彼らに甘えているわけには行かない。
私も魔剣を引き抜いて魔族の群れへと突撃していくのであった。
こんにちは、結坂有です。
ついに戦闘が始まりましたね。
この戦い、失ったパベリの半分を取り戻すことができるのでしょうか。
気になりますね。
それでは次回もお楽しみに……
評価やブクマもしてくれると嬉しいです。
Twitterではここで紹介しない情報やたまにつぶやきなども発信していますので、フォローお願いします。
Twitter→@YuisakaYu




