動き出す権力
議会での極秘会議。
「エレイン・フラドレッドの拉致を提案します」
一人の男が手を挙げてそう言った。
「その理由を述べよ」
そして、議長がそれに対して質問する。
「彼は非常に危険な男です。ですが、危険ではあるものの知られざる力を持っているのもまた事実。ここは議会の権力を使ってでも拉致するべきだと考えます」
「危険なものであれば、触れない方がいいのではないか?」
周囲がそう野次を飛ばす。
しかし、男はそれに動じることなく淡々と続ける。
「危険を危険だとして放置するのはあまりに愚かなことだと思いませんか? 我々は危険を顧みず、魔族と戦争を繰り返して来ました。その結果、剣術や聖剣技術は著しく進化したではありませんか」
「魔族と一緒にするな。エレインはあくまで人間、その程度の存在なのだぞ」
「いいえ、彼は千体以上の魔族を一人で倒しているそうです」
「そんなバカなことがあるか」
「よくよく考えてみてください。ブラド団長が提出した書類と実際の聖騎士団の疲弊具合を」
彼はもう一つの資料を読むようにと指示する。
その資料には第三次魔族侵攻でブラド団長が提出して来た報告書と実際の騎士団の帰還状態を比較したものだ。
ブラド団長の提出して来た報告書には千を超える魔族にかなり疲弊したと書かれているが、実際聖騎士団の様子を見るとそこまで疲弊しているようには見えなかった。
そして、何よりも彼らの鎧が汚れていなかったことがおかしな点なのだ。
「確かに、比較してみれば矛盾だらけだ」「それにしても不可能ではないのか? 相手は魔族だぞ」「千体の魔族などいなかったのではないか?」「状況証拠的にも存在していたのは確かだろう」「それに大精霊の予言もあるからな」
議員たちがそれぞれで推測や憶測を立てて議論を続ける。
しかし、それが男の望んでいた結果ではない。
「彼を拉致し、議会の力として利用するのです」
「利用、具体的にどう言ったことだ」
「彼を手駒に加える。そうすれば我々エルラトラムの国力は上がったも同然です」
「なるほど、一人で魔族千体と渡り合えるような剣士なのであれば、軍事的交渉も容易いことだろうな」
男の意見に賛同する議員も多くなって来た。
そして、議長はこの話の核心に迫る。
「そうすることで何を失い、何を得る?」
「少なくとも一部の人材は失うことになるでしょう。ですが、それよりもより強力な人材を手に入れることができる」
「エレイン・フラドレッドにそれほどの力があるのですか」
「ええ、聖剣を使わずに聖剣犯罪集団に勝てるほどには……」
そう言って彼は監視カメラの映像を見せる。
「これは以前、街中で起きたある事件の映像です。二本の剣を携えた制服の男がエレイン、その周りにいる男は全員犯罪集団です」
すると、映像が再生される。
「あり得ない」「囲まれているにも関わらず冷静に全ての剣撃を避けているだと」「これを見ているだけで十分に戦力になる」「剣を抜けばどれほどの力を持っていることになるのか」
議会のエレインに対しての印象はより強くなった。
そして、彼を手駒に加えることに対して賛成的にもなっていた。
男の議案はもはや通ったも同然。
「これにてこの草案は可決とする。再度計画を精査し、実行に移すように」
議長の発言で議会が動き始めた。
議員の志は一つに固まっていた。それはエレインを拉致し、議会の戦力として手に入れることだ。
それが今ここで目標とされているのであった。
◆◆◆
部屋に戻った俺はアンドレイアと話していた。
今日一戦交えたセシルについてのことだ。
「やはりセシルの剣撃は素晴らしいものだ」
「お主がそこまでいうのならそうなのじゃろうな」
そう、彼女の剣撃がいかに洗練されているかについて語っていたのであった。
この感動はレイの剣撃を初めてみた時に感じたことと同じだ。
素早い剣撃でありながらも美しい弧を描くような剣筋、そして鋭い力は斬撃に特化している。
一体どれほどの訓練を続けていたのだろうか。
「剣術だけで見れば俺の中で二番目ぐらいに美しい」
だが、それだけではアレクには勝てない。
彼に勝つ存在になるにはもう少し訓練が必要だ。
ミーナに行った五感全てを使った訓練もそうなのだが、より進化した訓練をすることでさらに強くなる予感がする。
だから、彼女は強くなるべきだ。
「ふむ、お主がそういうのなら好きにするがいい。じゃが、少しでも妙な気があるのならやめて欲しいのじゃ」
「妙な気?」
「わかっているじゃろ。恋愛のことじゃよ。わし以外の女には手を出してはいかん」
精霊に手を出すような人間がどこにいるというのだろうか。
もしそのような人間がいたとしたら、それはそれで面白いことになりそうだがな。
とは言ってもアンドレイアはその目の色からして魔族に間違えられるだろう。
「精霊には興味がないのでな」
「こんなにも可憐な美少女だというのにか?」
「容姿だけでいえば美少女だ。それは認めるがな、精霊は精霊でしかないだろ」
人間は人間同士でしか子孫を作ることができない。
生物である以上変えられない事実だ。
相手がどんなものであっても子供ができることなどありはしない。
「わしじゃて人間の体をしておる。確かに子供は作ることはできないが、性行為自体はできなくもないんじゃよ」
すると、イレイラがチャリンと傾いた。
アンドレイアの発言に彼女は少し動揺しているようだ。
確かに夢で会ったときは清純そうな精霊だったからな。このような会話には耐性がないのかもしれない。
「どうじゃ? そそるじゃろ? こんな美少女の体を好きにしていいのじゃからな」
そんなイレイラの様子を見たアンドレイアはさらに挑発するようにそう言った。
これはまた夢の中で何かを言われる気がした。
アンドレイアが挑発したその日の夜は決まって、彼女が現れる。
彼女も彼女でなかなか面白い精霊であるのは確かだ。俺はこの二人のことを精霊として好きなのかもしれないな。
「自分の体をそう安く売るものではない。それに俺は欲だけで動いているわけではないからな」
「そう言っているが、本心はどう思っているのかの?」
さらに俺に挑発してくる。
全くこいつも面白いやつだ。話していて飽きないというか、よく次々と口が出るものだなと思う。
「……」
「否定しないあたり、やはりお主も欲に忠実な男よの」
「お前にだけは言われたくないな」
「なっわしに欲などないぞ。せ、精霊が人間に対してそのような欲を抱くなどあるわけがないじゃろう」
「精霊がそうなら、人間も同じだ。人間が精霊に対して欲を抱くことはない」
すると、アンドレイアはあっと口を開いてそれを手で隠した。
自分がそう言ったのだからな。俺はただそれを引用しただけだ。
「人間は違うじゃろ? そうじゃろ?」
イレイラに向かってアンドレイアは聞いているが、彼女は何も反応を示すことはなかった。
あれだけ挑発していたんだ。反応を示すわけがない。
「悪いがそういうことだ」
「待て、待つのじゃ。わ、わしは魅力的ではないのかの?」
彼女は不安そうな顔をする。彼女にとってそれはとても深刻な問題なのだろうな。
さすがにかわいそうなので本心を少しだけ話しておくことにしようか。
「魅力的だとは思う。もし人間ならもっと親しくなっていたかもな」
「っ!」
アンドレイアは珍しく顔を手で覆って身をくねらせていた。
嬉しがっているようだ。それに恥ずかしがっているようにも見える。
まぁそう言ったところは女の子らしくて可愛いのだがな。そのことも言ったらどんな反応をすることやら。
考えるだけで楽しくなってくるものだな。
こんにちは、結坂有です。
議会が本格的に動き始めたようですね。
そして、セシルの潜在能力にも気付き始めたエレインですが、これから彼女をどうするのでしょうか。
これにて第三章は終わりとなります。
次回からは第四章『議会と魔族』が始まります。
戦闘がより激しくなる章となりますので、お楽しみに。




