警戒の対象
近くの聖騎士団も駆けつけ、大きな被害もなく門周辺にいた魔族を殲滅することが出来た。しかし、問題なのは人間の皮をかぶった魔族がエルラトラムへと侵入しようとしていたことだ。
一見すると人間にしか見えないようなその容姿は魔の気配に敏感ではない限り、敵だと見破ることは不可能だろう。
今回に関して言えば、俺は戦う直前まで魔族の気配に気付かなかった。セシルやルクラリズのようにかなり敏感に気配を察知できるわけではないからな。人間の俺には限界があるということのようだ。
ただ、それらのこと以外にも違和感を覚えた事があった。
この戦いを遠くから観察していた存在がいることだ。
魔族なのか人間なのかはわからないが、それでも誰かが俺達の戦いを見ていたのは確かだ。その存在に関しても今後は警戒を続ける必要があるだろう。
「エレイン様、お怪我はありませんか」
しばらくすると、リーリアたちが戻ってきた。
俺は残存していた魔族を彼女らに任せて周囲を警戒していたのだが、結局の所観察していた存在は姿を現さなかった。
「ああ、リーリアたちも怪我はなさそうだな」
「はい。セシルさんは以前と比べてかなり強くなっているようでした」
「だって、魔族の軍でそれなりに訓練してきたからね。少しぐらいは強くなってると自負してるわよ」
そう言えば、彼女はゼイガイアや他の魔族との訓練で今までとは違った魔の力を使えるようになっていた。もともと高かった身体能力はさらに強化されている。小さき盾として迎え入れるには十分な素質だ。
「ルクラリズはうまく戦えたのか?」
「戦闘に積極的ではなかった、ですが、私でも上位の魔族でした。下位の連中相手に負けるわけが、ありません」
なるほど、上位種としての力は健在ということか。
もし彼女が聖剣を持ったとすれば今よりももっと強力な存在になるのは間違いないだろう。そのためには人間としての心をもう少し養う必要がある。
今後の彼女の成長には注目していきたいところが、不慣れな敬語はどうにかしてほしい。そのあたりはもう少し様子を見ていくしかないか。
「そうか。とりあえずは被害が出る前に阻止できたのは良かったと言えるな」
「それもそうですが、あの人間に擬態していた魔族は初めて見ます」
「ええ、もしあれで侵入しようとしてくるのだとしたら厄介ね」
「ゼイガイア軍でもあのようなことをしていたのか」
「私、の知る限りではなかったと思います」
「私も見たことないわ」
ルクラリズとセシルも見ていないということはどうやら別の魔族領から来たということらしい。それに、ルクラリズがあれらの作戦があることを知らないということで、つい最近のものということもわかった。
どちらにしろ、対策の困難な作戦であるのには変わりないな。すぐにでも議会に報告したほうがいいか。
「リーリア、セシル。議会に報告を頼めるか?」
「私たちがですか?」
「死者はいないとはいえ、怪我人も多く聖騎士団も周囲の警戒を強めている。議会に行く余裕はないだろうからな」
すると、リーリアとセシルは門周辺で仕事をしている聖騎士団を一瞥した。
「そうみたいですね」
「俺とルクラリズは寄り道せずにそのまま家に戻るつもりだ。報告は頼めるか?」
「……わかりました」
そう言ってリーリアはルクラリズの方へ一瞬視線を向けると頭を下げて、セシルとともに議会の方へと向かった。
状況は良くない方向へと進んでいるのは確かなようで、このままでは人間と魔族の区別がつかなくなってしまう。もし、魔族との共存の世界があるのだとしたらこれはこれでいいのかもしれないが、魔族側はそうするつもりはないらしく不可能だ。まぁ俺たち人間も共存は考えていないのだがな。
「エレイン様?」
「なんだ」
「いえ、何を考えているのかと、思いまして……」
そう俺の顔を覗き込んできたルクラリズは少し心配そうな表情をしていた。
こんなところで一人考えたところで何かが変わるわけでもない。考えるだけ無駄ということだな。
「無意味なことを考えていただけだ」
「そう、なんですね」
「俺たちも帰るとするか」
「はいっ」
そう言って健気に俺の後ろを付いてくる彼女はリーリアとは違った印象を受ける。大人びた性格ではあるが、見た目で言えば妹のようなものに近い。精神年齢は高いものの、容姿が若く見えるのだ。
そんな彼女に堅い敬語などは似合わないな。
「……それと、敬語はもう使わなくていい」
「っ! ど、どうして、ですか?」
「違和感というか、ルクラリズには似合わないと思ってな」
「そんなに変、なのですか」
「ああ」
俺がそういうと彼女はあからさまに落ち込んだ。
敬語が似合わないというだけであってメイドとしては十分ではある。このまま続けたいというのならそれでもいいだろう。彼女の決意に何かを言う資格は俺にはないのだからな。
「敬語は使わなくていいのだが、メイドとして続けたいのなら自由にするといい。その生き方を否定しているわけではないからな」
「じゃあ、このままメイドとしてエレイン様の側にいさせてくれる?」
そのような上目遣いが妹のように感じてくる。
まぁ俺には妹という存在がいなかったわけだが、本の中では知っている。そのような存在がいたとしたら、こんな感じなのだろうな。
「好きにするといい」
俺がそう言うと彼女の表情は急に明るくなった。
年齢としては人間の寿命を遥かに超えている彼女ではあるが、精神的にはまだまだ若いのだろうなと、そう思った帰路であった。
◆◆◆
グランデローディア魔族軍本部にて、
一体の上位種魔族が巨大な扉を開いた。
「グランデローディア閣下、只今報告に戻りました」
そう言ってその魔族は膝をついた。
「うむ、あの作戦はどうであったか?」
「はっ、人間の皮の中に入り、気配の隠す能力を使ったとしても一部の気配に敏感な人間には通用しないようでした」
「なるほど、あれだけでは通用しないか」
「……人間の能力を軽んじてはいけないようじゃな」
グランデローディアの横に立っている大きなローブを纏った魔族がそうつぶやくように言った。
「兵力はまだ十分。ゼイガイアが失敗したのは単に軍をまとめる才能がなかったからだ。ヤツは武力だけしか取り柄のない弱小」
そう高らかに言ったグランデローディアは玉座から立ち上がると遠くの山を見つめながら言葉を続ける。
「故に、我々はさらなる高みを目指す。次も、そのまた次の作戦も諦めぬ」
「……その次とやらはどうするのじゃ?」
「決まっておる。エルラトラム以外の国を攻める」
そう言った彼は山の方へと指差した。
その山はエルラトラムの隣国、パベリに繋がる山だ。エルラトラムへの侵攻を一旦中断し、エルラトラムを地理的に孤立させることを狙っているそうだ。
十分な兵力を活かして持久戦に持ち込めば、勝機が見える。
その勝利への渇望がグランデローディアの目を禍々しく光らせるのであった。
こんにちは、結坂有です。
裏で動き始める新たな魔族軍、そして、深まるエレインとルクラリズの関係……
今後の展開が面白くなりそうですね。
それでは次回もお楽しみに……
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