これ以上にない不愉快な敵
俺、エレインは朝食を食べていた。
朝食にはセシルもカインもいて、とても美味しいものを食べた。先日の戦いのため栄養の多い食材をふんだんに使っているそうだ。
朝食を食べた後、すぐにアレイシアは議会の方へと向かった。
建前では議長としてやらないといけないことがあると言っているものの、本音が表情に出ていた。確かに彼女の性格から考えると議長という職務はあまり向いていないのかもしれないが、この時期だからこそ頑張って欲しいところだ。彼女の代わりは誰もいないのだから。
「エレイン様、朝食はいかがだったでしょうか」
俺と一緒にアレイシアを玄関で見送ったリーリアは俺にそう話しかけてきた。
「美味しかったな。食材の味をうまく引き出せていたように思う」
「そうでしたか」
「味付けを少し変えたのか?」
「……はい。お口に合わないか少し心配でした」
思い返してみれば、いつもの味付けではなかった。
理由はわからないが、おそらくは食材によって味付けを変えているのだろうか。塩や胡椒などの種類を変えるだけでも味の印象はかなり変わると聞いたことがある。
「そうなのか」
「味付けに使った薬味などいつもより多くの種類を使いました。いつもより濃い味付けになったと思いますが……」
「気にならない程度だ。薬味を多く使ったのはどうしてなんだ?」
「不足した栄養分を多く取り入れようとしました」
薬味には生薬として薬になるものも含まれている。失った栄養を取り入れるにはちょうどいいものと言えるだろう。怪我や病気を治すには食事が土台となっているからな。
「いつも助かる」
「いえ、これもメイドの務めですから」
そういって彼女は優しい笑顔で返事をした。まだ少し痛む体もその笑顔を前にすれば自然と鎮まる。
すると、彼女は美しい所作で扉を閉めようとした途端、雷鳴のような音が聞こえた。
「っ!」
「おいっ! カインはいるかっ!」
家の前に雷鳴とともに現れたのは雷撃の騎士、ハーエルであった。そして、彼は胸元から血を垂れ流しているルカを抱えている。今までもかなりの出血があったようで彼女の服は半分ほど赤く染まっていた。
「はいっ。こちらにっ」
そういってリーリアがカインのいるリビングへと案内する。
「カインさん、手当の方をお願いします」
「え?」
「早くしろっ」
「わ、わかったわ」
リビングを開けるなりすぐに治療を要求されて状況が掴めていない様子のカインではあるが、さっと刃のない聖剣を引き抜くとすぐに治癒を開始した。
何があったのかはわからない。それに彼女の胸元は刃とは思えない切り口をしている。 大きな棘のようなもので突き刺されたようなものだ。
「かなり傷が深いわ。何があったの」
「あのクソ議長がやったんだっ」
「うそっ、アレイシアが?」
「ちげぇよ。あのふざけた面したザエラって野郎だ」
怒りに満ちた顔でそう怒鳴った彼は元議長であるザエラに相当な怒りを抱いているようだ。確かに俺がこの国に来る前からいろいろとあったみたいだからな。かなりの鬱憤がハーエルに溜まっているというのは自然なことだと言える。
しかし、どうしてザエラがいたのだろうか。死体を確認したわけではないが、彼はブラドの謀略によって殺されたはずだ。
すると治癒を見ていたセシルが口を開いた。
「ザエラ、議会を私物化しようとしてた人よね」
「はい。ブラドさんが始末したと報告していましたが、まだ生きていたのですね」
「ああ、しぶといヤツみてぇでな。魔族になって出てきやがった」
精霊統合化といい、魔族との交渉といい、とんでもない計画をいくつも展開していた彼なら不思議もないか。
それにしてもどうしてこの時期なのだろうか。魔族ゼイガイア領からの侵攻があった直後ということは明らかに狙っているとしか言えない。
「魔族化、魔族を嫌ってるはずなのに」
「嫌っていると言うのはザエラなりの口実なのだろう。自分が支配する議会がより良いもののように見せたいからな」
「エレインの言うとおりだぜ。ヤツの根底にあるものは支配欲そのものだ。議会を通じて集権的になったのだからなっ」
もちろん、中央集権体制が悪いというわけではない。場合によってはそれがうまく作用することだってある。ただ、彼の場合はそれを悪用し過ぎた。
私利私欲のために膨大な権力を振りかざした。その結果、一部の精霊は堕精霊となり反乱を起こしたり、聖騎士団も非協力的になったのも当然のことだ。今は集まりすぎた権力を分権している。まだ議長は膨大な権力を持っているとは言え、良識のある人物がそれらの権力を握っている。今のままでも大きな問題は起きていないものの、行く末は権力を分散させていくことだろう。
「本当にザエラなのでしたら、とんでもないことです。すぐにでも議会に報告するべきかと思います」
「議会には俺が行く。雷の速さなら一瞬だからな」
「わかった。ルカは俺たちが保護しよう」
「助かるぜ」
ハーエルがそういうとバチバチっと音を立てて家の外へと駆け抜けていった。
それにしてもルカがここまでの怪我を負うのは意外だ。もちろん、門を開かなければ剣を取り出せないという制約はあるが、剣がない状態でもかなりの実力を持っている。普通であれば、このような致命傷を負うことはないと言える。
「うぅ……」
外傷は塞がっているようだが、まだ痛むのだろう。
「かなりの重症ですね」
「ええ、傷は治したけれど失った血液までは回復できてないわ。この状況だとまともに動けない」
「そうですね。しばらくは安静にしておきましょう」
「そうだな」
俺はルカを抱え上げると客人用の小部屋へと運び入れた。
彼女にはカインが看てくれるそうで俺たちはリビングへと戻ることにした。
「エレイン様、どうなされますか?」
「今のところは静観しておくに越したことはないな」
「……動きたいところだけど、あまりにも情報が少なすぎるってことね」
「ああ」
ザエラが生きているという情報は確かなようではあるが、それでも少ない情報で探し回る方がかえって危険だ。それに今この家にいる俺たち三人で何かができるかと言われればなにもできないと言える。
ザエラがどのような状況だったのかもハーエルは詳しく説明しなかった。
俺たちよりも議会への報告を急いだ結果だろう。どちらにしろ、今は家で待機するべきだな。
「わかりました。仕方ありませんが、これ以上被害を出さないためにも私たちは家に待機ですね」
「少なくともかなりの力を持っていることは間違いないようだな。上位種魔族に匹敵するような能力を何らかの方法で身につけているはずだ」
「ルカのあの傷、武器によるものじゃないからね」
「そうですね。何かしらの能力を持っていると考えていいのかもしれません。今朝から肌寒い空気もなにか関係あるのでしょうか」
まだわからないことだらけではあるが、一つだけはっきりしたことがある。
状況は刻一刻と変化してきているということだ。
こんにちは、結坂有です。
数日間の休みとなってしまいました。
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