不完全で不確実な存在
翌朝、涼し気な空気が部屋に入り込む中、俺、エレインは目が覚めた。
ルクラリズがちょうど、窓を開けたところだったらしい。
「あ……起き、ました、か?」
不慣れなのか、途切れ途切れな言葉だが、昨日から敬語を使おうと努力しているようだ。
無理に言葉遣いは変えなくてもいいといったとはいえ、難しくても最低限の作法は知っておきたいと言っていたからな。
「ああ、窓を開けてどうかしたのか?」
「外の空気が違うと思っ……たのですよ」
「そうか。確かにここまで涼しいとは妙だな」
気象の変化というにはあまりにも唐突過ぎる。確かに朝は涼しい風が入ってくるが、この空気は季節に似つかわしくない空気だ。冬の空気に近い。
「この国だと、これが普通なのですか?」
「普通ではないな。何かがおかしい」
異常気象という言葉があるが、それにしてもどうもおかしいと感じる。
すると、扉がノックされた。
「エレイン様、外の様子はご覧になられましたか?」
リーリアはそう言って扉の向こうで俺に話しかけてきた。
「ああ、冬のような感じだな」
「はい。私もこのように急に空気が変わるのは初めてのことです」
彼女が知らないということはおそらくこれは異常なのだろう。
理由はわからないが、魔族のそれとも違う気がする。ティリアの能力にしては大規模過ぎる上に、意味のないものだ。彼女らが持つ大聖剣は所有者の生命力と引き換えに能力を発現させる。意味のないことをするはずがない。
「魔族の攻撃、とも考えられません。ですので、私は朝食の準備に戻ります」
「わかった」
そう言ってリーリアは朝食の準備に戻った。
彼女の言うように魔の気配が充満しているということでもない。それに上位種の魔族には神を喰らい特殊な能力を手にしている存在もいるらしいが、そんな事を言ったところで結局は推測の域を出ない。
「ルクラリズ、そんな能力を持った魔族は知ってるか?」
「知らない、です」
ということは少なくともゼイガイアの軍ではないのか。
魔族の軍勢はいくつにも分かれているようで、それぞれの軍勢には中でも強力な力を持つ最上位種の魔族をトップとして独自に動いているようだ。
もちろん、侵略行為を繰り返して人類という資源を貪る軍勢の他、人類側と交渉して戦わずに自分たちの利益を得るような軍勢もいる。まぁルクラリズいわく、多くの軍勢は前者に当たるらしいが。
「なるほどな。魔族の攻撃ではないにしろ、警戒はしておいたほうが良いか」
「そうですね」
俺はそうつぶやくように言ってベッドから起き上がった。
◆◆◆
私、ルカは朝焼けの景色を眺めていた。
どうもおかしい。
先日の魔族の攻撃といい、今日の妙な空気といい、何もかもがおかしいのだ。
「……わざわざヘルゲイツが俺を呼び出すなんて、一体何のようだ?」
「少し話したいことがあってな」
「はっ、氏族会議の時でいいだろ」
「本来の意味は失ったもの、あんな会議に執着する必要などない」
「まぁそうだけどな」
そう言ってハーエルは私の座っているベンチの端に股を大きく開いて座った。
「それで、なんの用なんだ? まさか、倒した魔族の数を知りてぇのか?」
「ふっ、数だけで言えば、お前の三倍以上は超えていると思うがな」
「あ? 言ってくれるな。いくらなんだ?」
彼は強くベンチを叩いて私に討伐数を聞いてきた。こんなことは過去にも何度もあったことだ。こと討伐数で言えば、一回しか私を超えたことがなかったはずだ。
「三千体ほどだ」
「……そうかよっ」
そう言って彼は固く腕を組んで貧乏ゆすりを始めた。
負けず嫌いなのはわかるが、勝手に喧嘩をふっかけてきて勝手にふてくされるのはどうかと思う。
「まぁそれよりも今日の空気だ。違和感を感じるだろ」
「へっ、またティリアのやつが暴れてるだけじゃねぇのか?」
「先日の戦いで私たちはかなり衰弱した。しばらくは大規模な能力の発現は出来ないと思うが?」
「でなきゃ、単なる異常気象ってやつか?」
確かに異常気象と言われればそれまでなのだが、そうというわけではないだろう。
私はこの空気を知っている。
ティリアのそれではない。もっと禍々しく、恐ろしい力。魔族の能力に違いない。
「能力持ちという可能性だ」
「……そんな馬鹿なことがあるか? 昨日魔族が攻撃してきたばかりだぞ」
「その攻撃に乗じてこの街に潜入してきたと考えればどうだ?」
「まぁ可能性はなくもないか」
この違和感はどうもおかしい。
だとすれば、前線で私たちが何度も経験してきた能力持ちの可能性だ。
魔族の拠点を攻めるとき、必ずと言っていいほど雰囲気が変わる。寒かったり、暑かったりだ。環境以外にも簡単ではあるが、土木的な罠を仕掛けてあったりするな。
もちろん、それらの違和感は能力持ちの特性に依存している。
「ただの可能性だ。それに実害が出るほどの寒さではない。単なる異常気象と片付けてもいいだろうな」
私はそう言ってベンチから立ち上がる。
「可能性ってだけじゃねぇだろ」
「ふっ、結局の所はよくわからないというだけだ。お前も無理をしない程度に調べてほしい」
「調べるのは苦手ってのは知ってるだろ?」
「まぁな」
すると、またドンッとベンチを叩く音が聞こえた。
イライラしつつも聞き入れているということらしい。彼の言動にはいろいろと問題はあるものの、魔族を倒したいと思っているのには変わりない。彼の粗暴な性格が功をなすこともあるだろう。
私は踵を返して今日の仕事へと向かおうとした。
「っ!」
振り返った先にはここに存在してはいけない人が立っていた。
「久しぶりだ。ここの空気は……」
「貴様、死んだはずではないのか?」
「もちろん、死んだ。人間としてな」
「あ? なんだお前?」
すると、ベンチに座っていたハーエルも私の横へと立った。
死人が再び蘇ることなどありえないことだ。なぜなら目の前に現れたのがザエラだったからだ。
「まぁ運が良かったと言える。あのブラドが聖剣で攻撃してこなかったことに関してはな」
「てめぇ、あのふざけた議長だってのか?」
「ふざけたとは失敬だ。世界を我が手にしたいと願って何が悪いと言うんだ? 誰にでも願望を持っていいはずだが」
よくよく考えてみれば、彼は護衛を連れずに聖騎士団本部へと向かったと聞いていた。その時点で少しおかしいと思っていたのだが、やはりこういうことだったか。
自らが魔族に成り果てていたということか。
当時の議会の信頼はほとんどなかった。信頼がなければ強引な政策は取れない、よって権力があったところで実行できないということだ。それに負けを察した彼は魔族に成り果てることを決意したのだろう。
いや、自分が殺されるもっと前からこういうことを考えていたのかもしれない。
噂レベルではあるが、誰かが魔族と交渉しているという話を聞いたことがあるからな。
「しかし、この力はとてもいいものだな。魔の力というのは」
「あ?」
「これほどに強力なものは聖剣でもそうそうないものだ。実際に手にすると爽快なものよな」
「一体何の……」
彼がゆっくりと手を前に突き出した。次の瞬間、その手に冷気が集まり、氷柱のようなものが高速で形成されていく。
「っ!」
弾丸のように形成されていく氷柱はハーエルの心臓を狙ったものだ。
それを私は自らを盾にして守った。
「ぐっ!」
「て、てめぇ!」
「ルカ・ヘルゲイツ。表舞台に出ず、何をしていたかと思えば、まさか議会に黙って教師になっていたとはな」
「……浅知恵だが、力があればあいつらは黙ってくれたからな」
私が議会に知られずにあの学院の教師になれたのは学院長に大聖剣の力を自慢したからだ。
彼らは圧倒的に自分より強い人が目の前に現れた瞬間、急に従順になる都合のいい連中だったからな。ある程度自分の言う通りに出来たのはそれのおかげだ。
「まぁいい。貴様とて地獄の門を開かなければあの剣は取り出せないことだろう」
「貴様、本気で殺そうとしてるのかっ!」
そう言ってハーエルが大聖剣を引き抜いた。
バチバチっと電撃が周囲に走る。
「……ハーエル、ここでお前を殺したかったところだが、仕方ない」
「あ? 逃すとでも思ってるのかっ!」
彼がそういった直後、雷鳴が私の横で轟くと雷光が一気に不規則な軌道を描いてザエラへと向かっていく。
「バカだな」
彼のつぶやく声が聞こえた瞬間、ザエラの体は氷が打ち砕かれるように飛散した。
そう、最初から彼はここにはいなかったのだ。目の前に立っていたのは氷で作られた人形だったということだ。
「ルカっ」
すると、ハーエルが私のところへと駆け寄ってくる。
「待ってろよ。すぐにカインのところへと連れて行ってやるからなっ」
そう言って彼は私を抱き上げると閃光を放ちながら走り始めた。
どうやら今回の敵はとてつもなく強力で、それでいて厄介な相手ということらしい。
もちろん、ザエラの裏にはどこかの魔族軍勢が関わっていることだろうが、そんなことはわかりきっていることだ。
それに今まで順調に議会の政策が動かなかった理由も判明した。本当の意味でこの国を正しくするにはあいつを、ザエラを倒さなければいけないのだろうな。
こんにちは、結坂有です。
先日は更新できませんでした。
本日ではありませんが、また二話分を投稿しますっ。
いかがだったでしょうか。
まさか、あのザエラが生きていたようですね。
確かにあの段階でいろいろと不自然でしたが、どうやらなにかの企みがあったみたいです。
それでは次回もお楽しみに……
評価やブクマもしてくれると嬉しいです。
Twitterではここで紹介しない情報やたまにつぶやきなども発信していますので、フォローお願いします。
Twitter→@YuisakaYu




