選択の可能性
議会のエレインに対しての攻撃がさらに激化し始めていた。
当然ながら、エレインを手駒に加えることができれば確かに対外政策では優位になるに違いない。
しかし、それは軍事力に依存した交渉。不安定な交渉など長期的にみれば無意味になりかねない。
エレインに対して私、ミリシアができることなど限られているが、それでも力になりたいのだ。
ブラド団長に従っているけれど、本当は彼のそばにいてすぐにサポートできる存在になりたいのだ。
聖騎士団本部で私はブラド団長から色々と報告を受けていた。
「以上だ、これらは全て議会が指示していることだろうが、証拠は全て消しているはずだ」
「規模も大きくなっていることだし、そろそろ本格的に動き始めないといけないんじゃないかな?」
「いや、まだもう少し様子を見ることにする。議会がどこまで本気なのかもわかったことではないからな」
それもそうだ。
エレインに軍事的魅力を感じているからこそ狙っている。もしそれがないと判断されれば、議会はこれ以上のことはしないだろう。
しかし、彼は自分の身を守った。
剣を抜かずに戦ったとなれば、当然注目はさらに激化するはずだ。
一体何を考えているのかわからないが、あれでは注目されるのが目に見えているはずだ。エレインらしくない決断だったと思う。
いや、彼には彼の考えがあってあの行動を取ったのだろう。
「それもそうね。もし厳しいようなら私がなんとか守ってみせるし」
「緊急時にはそうしてくれ。ただ、今の段階でお前が現れてはエレインとて混乱するだろう」
「まぁそうよね。なるべく私の存在は気付かれないようにするわ」
エレインは私のことを死んだと思っているはずだ。
第三次魔族侵攻は悲惨なものであった。私もあの事故がなければ、とっくに死んでいたはずだ。
死んだと思っていた人が急に現れたら誰でも混乱する。いくら優秀なエレインといえど、それは変わらないだろう。
「それと、先ほど入った情報によると学院一位のペアに勝ったそうだ」
「普通でしょ」
「一位以上の力を持っているのは確かだが、今回は剣術を披露せずに勝った。それも一撃でな」
「ええ、それぐらいはできるはずよ」
そんなことエレインにとっては朝飯前、私たちとの勝負でも本気を出していたかわからないからだ。
当然、私が本気で挑んだとしても遊びの彼に勝てるかどうかわからない。
「お前たちには色々と不思議な点が多くてな。剣術もそうなのだが、一体どうやってその実力を手に入れたんだ?」
「ただ訓練を必死にしていただけよ。内容はおそらくだけど常軌を逸しているものに聞こえるだろうけどね」
「例えばどんな訓練だ?」
「そうね。一番わかりやすいのは張り巡らされた細い糸を斬らずに戦うとかかな?」
周囲に千を越える数の糸を張り巡らせた空間で勝負をする。
当然、体が触れるだけでも糸は切れてしまう。剣をうまくコントロールする必要もあり、さらには体捌きも重要となってくる訓練だ。
「それを何歳の頃に受けた?」
「えっと、確か四歳の頃からだったかな」
それから地下施設に入るまではそのような訓練を続けていた。これ以外にも百近い訓練項目があったのだが、それらは全て出来て当然みたいな感じだった。
「なるほど、今後の聖騎士団の訓練にも導入できそうか?」
「どうだろう。難しいと思うけどな」
「どうしてだ」
普通に考えてあのような訓練をするのは現実的ではない。
あの国だからできたことだ。
技術力が他国と比べて発展していた。明らかに異常な文明力であった。
あの施設を作ることができたのはあの国だからだろう。
「技術がそこまでないからよ。私の国は高い技術力を持っていた。だからあのような施設が作れたってこと」
今はもう自壊してしまっているため、復元することは不可能だ。失われてしまった技術となってしまった。
エルラトラムも聖剣に関していえば卓越した技術力を持っているが、総合的に判断すればまだまだ遅れている部分はある。
「確かに我々では作れないような施設だった。今は難しいかもしれないな」
「そうよ」
それに対して私は大きく頷いて見せた。
それからは色々と報告があったが、どれも重要なことではなかった。
エレインの安全を守るためにも私たちが裏で支援する必要がある。いつか彼の横に立てるように私は頑張るだけだから。
◆◆◆
俺が戦った後の剣術競技を見ていた。
様々な生徒の戦いを見て来たが、基本的にはまだ弱い。
しかし、一部は俺と同じく実力を隠しながら戦っている生徒もいたのは確かだ。
一体何が目的なのかわからないが、ここで実力を隠す利点など一般の人にはないからな。
まぁ気にしているだけ無駄だということだろう。
「エレイン様。そろそろ昼食の時間ですよ」
「ああ、弁当を食べるとしようか」
いつも弁当を作ってくれるリーリアには頭が下がる。
今日は失った体力を回復させるために糖分を多めにしたようだ。
そのような栄養配分も考えて作ってくれる彼女はとても頼りになる。
「それではここで食べましょう」
彼女はそう言って鞄から弁当箱を取り出した。
周囲を見渡すと数人が同じように弁当や何らかの食材を食べているのがわかる。
この会場では飲食は自由なようだからな。
「そうしよう」
とは言ってみるものの、やはり視線が痛いのは変わりない。
リーリアは控えめに言っても美人な部類に入る。
地味な服装とはいえ、その可憐な容姿は誰の目にも止まることだろう。
そうして針のように突き刺す視線の中、俺は昼食を食べるのであった。
さすがにこれにもそろそろ慣れないといけないのだが、まぁそこまで緊急を要するものでもないからゆっくりとでもいいか。
午後の部も終え、俺とリーリアは帰り支度をしていた。
すると、セシルが話しかけて来た。
「はい、これ」
そう渡して来たのはバッジだ。
大きく菱形の形をしたそのバッジには八角形の紋章が彫刻されていた。
「この紋章は?」
「八角形は一番上の上位帯だという意味よ。あなたの前のパートナーだったミーナも八角形のバッジを受け取っていたわね」
なるほど、試合が終わって順位が確定したということだろう。
とは言っても何位だったかは発表されないようだ。
その代わりこう言った記章を渡している。
「今のまま卒業することができれば、無事聖騎士団に入団する資格があります。しかし、剣術競技で評価が低ければ失うことになります」
リーリアがそう忠告してくれる。
これからは評価のことも気にしながら戦う必要があるということだろう。
次の剣術競技まで一ヶ月異常あるわけだから対策を考えるのは簡単そうだ。
「なるほど、評価もこれから気にしなければいけないわけだな」
「そうよ。だから今回みたいに手を抜いてはいけないわ」
先ほど実力を隠している生徒がいたのはおそらくこのせいだろう。
今のうちに手の内を曝け出してしまったら、今後対策を組まれることを恐れているのだろうな。
対策されたぐらいで強みがなくなるのは言い訳だ。
洗練されたものはそう簡単に対策などできないからな。
「本気で戦わなければ、足元を掬われるということだな」
「ええ、お互い頑張りましょう」
「私も応援しています」
さて、これから俺は本気を出すべきだろうか。
そうすれば、上位帯は安泰だろう。それにセシルも成長することだ。
しかし、議会に実力が知られてしまうという危険性もある。
議会が一体何を仕掛けてくるのかわかったことではないが、権力のない俺にとっては天敵と言える。
この国に所属しているということはその権力に従うということだからな。
まぁその辺りのことも視野に入れて、今後考えていく必要がありそうだ。
それにしても、セシルは何を考えているのだろうか。
俺と手を組んだことで俺たちの総合順位は最上位というわけではない。
そのことについても今後聞いていくことにしよう。
それから俺とリーリアは家に戻った。
家に戻ると真っ先にアレイシアが出迎えてくれた。
「エレイン! おかえり!」
「アレイシア様、あまり無理をなさらないでください」
「初の剣術競技よ。気にならないわけないじゃない」
そう嬉しそうにアレイシアは言う。
「ああ、勝ったよ」
「おめでとう! さすがはエレインね」
まるで我が弟のように胸を張ってアレイシアはそう言った。
養子ではあるが、今は彼女の弟だ。間違いではない。
「それにそのバッジということは上位帯に入れたのね。このまま最上位にまで駆け上がるのよ」
そう応援の意を込めた手で俺の肩を軽く叩いた。
それがなぜか俺を勇気付けた。いや、単純に嬉しいからだろうか。
何にせよ、やる気に満ち溢れたのには変わりない。
「エレイン様、夕食の準備を早めに終わらせています。今日は少しいいお肉でステーキにしました」
「それは美味しそうだ」
「リーリアもゆっくりしてください。リビングで待っています」
そう言ってユレイナはアレイシアとともにリビングへと向かっていった。
「皆さん、応援してくれています。学院で最上位となるのは難しいことです。エレイン様はそんな偉業を成し遂げようとしているのですよ」
「ああ、応援してくれる人がいるというのは心強い。感謝しなければな」
「はい」
未来のことは後から考えればいい。
今はアレイシアやユレイナ、そしてメイドのリーリアに新しいパートナーのセシル。彼女たちのことを考えれば実力を極限まで隠すのはあまり良くないのかもしれないな。
その応援や支援に応えなければいけない。
なら、俺がするべき選択は一つしか考えられないだろう。
こんにちは、結坂有です。
エレインの受けて来た訓練は一体どのようなものがあったのでしょうか。気になるところですね。
それにしても議会の追及は止まりはしないようです。
これからエレインは将来に向けて一歩踏み出していくことでしょう。
次回にて第三章は終わりとなります。
それでは次回もお楽しみに。
誤字の報告をしていただき、ありがとうございました。
これからも応援のほど、よろしくお願いします!




