人間のためではなく、自分のため
セシルの部屋でしばらく話を続けているとカインが部屋に戻ってきた。
「あ、リーリアにルクラリズ?」
「カインさん、エレイン様の治療の件は本当にありがとうございました」
リーリアはカインを見るなりすぐに頭を下げた。
あの魔族との攻撃でエレインは重傷を負ってしまった。両腕の筋肉が断裂していたのだ。すぐに適切な治療をしなければ腕が使い物にならないほどの怪我だ。少なくとも剣士として腕を振るうことは難しくなる。
しかし、カインの聖剣によって完全治癒が行われた。
彼女の持つ聖剣の能力は”治癒”というわけではない。異常のない状態へと”復元”するという能力でもちろん、格としては大聖剣に匹敵するほどの強力な聖剣だ。ただ、それを使用するには条件を揃える必要があるらしいが、エレインの時は難なく治療が行われた。
「いいのよ。これからエレインが怪我で剣聖を引退したなんてことになったら、それこそこの国にとって大きな損害だしね」
「……それだけではないわよね?」
すると、ベッドに座ったままのセシルが口元に手をやり、微笑を浮かべてそう言った。
「うっ、別に気に入ってるから必死になったわけじゃないんだからっ」
思い返してみれば、エレインが重傷を負ったという報告が入ってラクアよりも速くカインが駆けつけてきた。わざわざ慣れていない馬を使ってエレインのいる場所へと飛んできたところを見るにかなり必死だったと伺える。
まぁ大切な人が大怪我をしたとなれば誰でもそうなるのかもしれない。
エレインの言っていた人間の強み、少しわかってきた気がする。
「カインさん、本音と建前が入り混じってますよ?」
「混ざってないっ……。ツンでもデレでもないってのに」
小声でつぶやいた言葉は理解できなかったものの、リーリアの言っていたことはどうやら図星だったということだけは察することが出来た。
「……それで、腕の方は違和感とかないの?」
「ああ、全く問題はない」
「本当に? 遠慮しているわけでもない?」
「神経まで大きく損傷していない。起きたときも感覚が違うと言ったことはなかった」
「それならいいんだけど……」
治療しているときに聞いた話だったが、過去にミーナという女性の治療をした時にどうしても違和感を腕に残したままになったことがあったそうだ。
その時は神経を大きく損傷、機能不全に陥っていたらしい。流石に神経と言ったかなりデリケートな器官は難しい。カインの推測では厳しい鍛錬で彼女の神経がダメージを受けていた。その細かいダメージまでも完治させてしまっては今までの感覚も失ってしまうとのことだった。
彼女はその違和感を克服し、今も精進を続けているそうだ。
それから私たちは事後処理をしてくれているであろうアレイシアたちの帰りを待つことにした。
◆◆◆
俺、エレインは自室に戻っていた。
ルクラリズはリーリアと一緒に夕食の準備をしている。どうやら人間の料理というものに興味を持ち始めたそうだ。
それに彼女が人間として生活したいというのは本心だと確信している。俺を殺すつもりならゼイガイアと戦っていた時に俺を助けようとはしないはずだからな。彼の言っていたように俺の存在は魔族側にとって脅威となっている。もちろん、あの状況下なら俺を暗殺することなど容易いことだからな。
そのことをアンドレイアやクロノスにも話していたのだ。
「ふむ、彼女を信頼するということじゃな」
俺の話を聞いてアンドレイアがうなずきながらそういった。
「ご主人様のご意思です。私たちはそれを尊重するだけですよ」
「そうなのかもしれないが、話しておきたいと思ってな」
「まぁわしらもルクラリズのことは信用している。人間になりたがっているのは本当のことじゃろうな」
どうやら魔剣の中からも様子を窺っていたらしい。
彼女たちの視点からでもルクラリズは信頼できるとわかった以上、俺がするべきことは一つだ。
今後、彼女をどう扱っていくかだ。
「……じゃが、いくら魔の気配を隠すのが得意からといって人間の中には拒絶する者もおる。それについてはどうするんじゃ?」
「そうですね。魔族はすべて敵だ、というのが人間の共通認識でございます。それを覆すのは難しいと思います」
「その点については俺の近くにいる限りは大丈夫だ。まぁ一人単独で歩かせるのは無理があるだろうがな」
彼女を一人街を歩かせるのはかなり危険だろう。彼女が攻撃しなくとも他の聖騎士団に攻撃されてしまうことがあるからな。ある程度自衛できる実力を身に着けているとは言え、聖剣を持っていない彼女は能力を使うことが出来ない。
超常的な能力を使われてしまっては俺の教えた技術もほとんど意味がないからな。
「精霊に認めさせる、というのはどうだろうか」
「どういうことでしょうか」
「つまりは聖剣を持たせるということだ」
そう、持っていないのなら持たせる。
回りくどいやり方をしても結局は確実性にかける。それなら誰でも目に見えてわかる証のようなものを持たせるべきだ。それなりに格の高い精霊から信頼を得ることができたとなれば評価も必然的に変わる。
「……確かにそれはいい考えかもしれんの。一度や二度、話をしたところで人は信用してくれないわけじゃからな」
「はい。格の高い精霊でしたら私の知り合いにいます。手配はいつでもできますよ」
「そうしてくれると助かるのだが、剣術をまだ身につけていないルクラリズには早いからな」
「ふむ、エレインの納得する実力になるまでは待つということじゃな?」
「ああ」
若干の心得があるだけでは実戦で役に立たない。
彼女には知識も経験も、技術すらも薄い状態だ。聖剣がなくても十分に戦えるほどの実力を手に入れてから聖剣をもたせるべきだろう。あくまで聖剣の能力は補助であって、それが主体となってはいけないのだ。
「我が主らしい考えじゃの」
「はい。惚れ惚れいたします。ご主人様との時間はいつまでも止めていたいものですね」
「……わしはクロノスのように変態ではないぞ。一緒にするでない」
すると、クロノスが深刻そうな表情で俺の方を向いてきた。
「あの、私は変態なのでしょうか? もしそうでしたら……」
「俺から見て違うと思うがな。まぁアンドレイアのことだ。気に留める必要もない」
「そう、ですね。確かにそのとおりでございますね」
彼女は再びアンドレイアの方を見ながらそういった。
「わしを見ながらいうでないっ。まるでわしが変態だと言われてるようじゃっ」
「そのつもりでしたが?」
「なっ!」
そんな二人のやり取りを見ながら俺は考えた。
ルクラリズには人間のために生きるのではなく、自分の意志で生きてほしい。
今は人間として生きたいと社会に馴染むよう努力しているが、なにもそれだけがすべてではないからな。結局の所、俺たち人間ですら他人のために生きていると全員が思っていない。
人間としての自我がまだ薄いルクラリズだからこそ、今は自分のために生きてほしいところだ。そうすることでやっと人間の心というものが見えてくることだろう。
まぁ俺自身、それが出来ていないため言えた立場ではないのだがな。
こんにちは、結坂有です。
これからのルクラリズの成長が気になるところですが、セシルや他の学院生たちの成長も気になりますね。
それでは次回もお楽しみに……
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