何を目指すのか
私、ルクラリズは目を閉じて考えていた。
私のこの体には魔族の力が宿っている。しかし、人間で有り続けたいという信念を持っているつもりだ。
正直なところ、このまま人間として生活するのにも慣れてきた。あの魔族の生活の頃とは全く違う安定した人間の生活は平和と言うものを体現しているようにも感じる。私自身も体だけを見ると人間と遜色ないことだろう。
まぁ人間としては珍しい白銀色の髪に、先日の攻撃の際変わってしまったが依然として変わった色の瞳は人々の注目を浴びることになるのは仕方のないことだ。同じく魔族でも妙な容姿の魔族に対して好奇の目を向けるものだ。
それに関しては人間も魔族も変わりない部分の一つではあるが、どうも根本的なところで人間と魔族は違うようだ。
同じ好奇の目だとしても排他的な行動を取る魔族が多い。変わった容姿の魔族と集むことはないからだ。対して人間は他人と変わっていようがある程度許容してくれる。さらには私のことをもっと引き上げようとしてくれている。リーリアたちと商店街を歩いた時、服屋の店員がいろんな服を持ってきてくれたのを思い出した。
排他的傾向になる魔族と違って人間は多様性を重んじる傾向があるようだ。
だからこそ、人間の文化というものは様々なものに変化、進化し、そして発展していく。それは文化だけに関わらず武術であっても同じことだ。このエルラトラムはベースとなる剣術に国外の様々な剣術を取り入れたりすることで派生していっている。もちろん、評価される剣術もされない剣術も存在するらしい。
この人間というのは数え切れいないほどの人との関係性の中で生きている。それゆえに魔族よりも強固な社会性を保つことが出来ているようだ。
それにしても、保護観察中の私がこの国で単独で動くことはできない。私はこの人間社会の中でどう立ち位置を保てばいいのだろうか。
「ルクラリズさん、起きてますか?」
すると、私の左側からリーリアの声が聞こえた。
「……えっと、目を閉じて考えていただけよ」
「そうなのですね。エレイン様はどちらに行かれたのでしょうか」
「セシルのところに向かったみたいだけど、覚えてないの?」
「すみません。その、記憶が曖昧でして……」
まだ眠たいのか目を擦りながらリーリアはそういった。
寝起きの弱い彼女はいつも魔剣の力を利用して朝活動しているらしい。彼女の魔剣スレイルは心を持つ存在の精神に干渉することができる。寝起きの覚醒していない精神をその魔剣の能力で無理やり覚醒させているそうだ。
しかし、今日は彼女の魔剣が近くにない。昨日の攻撃で十体以上の魔族を倒してきた彼女はかなり疲れていたそうで、自分の部屋に魔剣を忘れてきてしまったらしい。
「魔剣を忘れてしまったのがいけなかったわね」
「……ところで、朝食はどうなされますか?」
「あの、もう夕方よ?」
「あっ、そうなのですねっ。エレイン様、怒っていなかったですか?」
夕方と聞いてばっと起き上がった彼女は少し乱れた髪を手櫛で整えるとそう言ってきた。普段は真面目な彼女だが、疲れ切った直後はどうしても無防備なものになってしまうそうだ。
それにもともとこのようなメイドとして誰かに奉仕するということが苦手だったらしい。
「怒ってなかったし、エレインも疲れて何度か寝てたわよ」
「そうなんですね。作り置きの料理だけでも作るべきでした……」
「まぁ半日食べなかったところで人間は死なないわ」
「そうですけれど……疲れを取り除くには質の良い食が大事ですよ」
彼女の習得している流派の開祖は農家出身だったこともあり、訓練の内容に農耕も入っていたそうだ。それゆえに料理もとてもうまく、それでいて心身ともに健康を維持することが出来ている。
とはいっても、すべてを食事で補うことは不可能なわけで流派独自の鍛錬をしたりして今の実力を身につけたそうだ。
そして、エレインという最強の剣士と出会ったことで実力は更に向上したということのようだ。
「確かに大事だけどね」
魔族の生活をしていた時は食事をほとんどしなかった。もちろん、それでも生存する事ができたからだ。しかし、今となって食事の大切さを知った。
私の体は人間とほとんど変わりがないため、人間の食べる食事が本当に美味しいと感じた。魔族の頃では感じたことがなかったことだ。
すると、リーリアは鏡の前で身嗜みを整えると私の方を向いた。
「……ルクラリズさんも来てください。一人にすることはできませんので」
「ええ、わかったわ」
そう言われて私もベッドから起き上がる。
右側に偏った髪を片手で掻き上げて軽く整える。
「羨ましいです」
「え? なにが?」
「癖のない真っ直ぐな髪、羨ましいですね」
「そう、なの?」
「ええ、もちろんですよ」
軽く手で整えるだけで私の髪はまっすぐに垂れ下がる。今までそれが普通だと思っていたのだが、リーリアやミリシアを見ているとどうもそれが違うようだ。
「行くのよね?」
「いえ、ルクラリズさんは美しいのですから身嗜みは整えてください」
「身嗜み?」
よくよく自分の姿を見てみると胸元が少しはだけてしまっている。いや、そもそも服一枚という恰好だ。どうやらそれは人間の世界ではあまりよろしくはないらしい。
「……面倒ね」
「服はしっかりと着てください」
露出は多いとは言え、急所とも言える隠すべき部分は隠している。何も問題ないと思うのだが、どうやらそういった問題ではないらしい。まぁどちらにしろ、人間社会に馴染むにはリーリアの言う通りにした方がいいか。
それからリーリアに着付けてもらってセシルの部屋へと向かうことにした。
部屋に入るとどうやらすでにエレインが彼女の今後のことをある程度説明し終えていたようだ。
「もう起きたのか?」
「はいっ。本当の申し訳ございません」
「いや、頭は下げなくていい。疲れていたのなら仕方ないいからな」
エレインがそういうとリーリアはもう一度小さく頭を下げて礼儀正しくエレインの横へと立った。私もそれに倣ってエレインの右隣へと歩く。
「……あなた、魔族なの?」
「っ!」
ベッドに座って私を見たセシルがそう聞いてきた。
魔の気配をある程度隠しているつもりではあったが、どうやら見抜かれてしまったようだ。気配に敏感な人にとっては普通に隠すぐらいでは気付かれてしまうらしい。
どうやらセシルは気配に敏感な方なのだろう。
「ああ、だが俺たちの味方だ」
「そう、つまりは私と同じってことみたいね」
「魔族という部分だけはな」
エレインの言うように彼女は人間として生きてきたが、魔の力との適合があるということで魔族に変身させられた。自分本意ではなかったにしろ、人間から魔族に変わったのは間違いない。
それに魔族としての人格を植え付けられ、一度は魔族の側に付いた。リーリアの魔剣によってその人格は融解したそうだが、それでも暴走する可能性が完全に消えたわけではない。
「私はルクラリズ・アーデクルトよ。よろしくね」
「ええ、私はセシル・サートリンデ。知ってると思うけれど私の父は……」
「あのマジアトーデだったわね」
「……うん。でも、彼が本当の父親ではないのよ。もう名前もわからない誰かなの」
そういって彼女は天井を見上げた。
以前、聞いた話だが、マジアトーデというのは正真正銘の魔族だそうだ。セシルの父は最後まで人間で有り続けようとしていた。しかし、内なる魔の人格が暴走し、人間で有り続けたその人格を内側から跡形もなく食い荒らした。
あのマジアトーデという存在は父親と酷似しているだけの魔族だったということらしい。だから、ブラドが人食いと比喩していたのだ。
今となってはセシルの記憶の中だけの存在、それ以上でもそれ以下でもないのだ。
「まぁセシルも魔の力をうまく利用できているらしい。それなら小さき盾とともに活動できることだろう。そのことはもうミリシアとアレクに話しておいた」
「そうなのですね。ありがとうございます」
「レイはラクアの指導で今は忙しいがな。のちのちはセシルとラクアとで活動することになりそうだ」
「セシルさん、ラクアさんのことは……」
「聞いたわ。精霊を内に宿すなんてすごい人もいるのね」
「彼女いわく、偶然が重なっただけだそうだ」
私もラクアという女性と会ったことがある。正直なところとても強い実力を持っていると思う。それでもエレインやレイからすればまだまだ未熟なのだそうだ。
「……私、少しでもエレインたちに追いつけるよう努力するわ。できることならエレインの隣を歩けるまで自分を高めるつもりよ」
「そうか。期待しておく」
そう言ったセシルの目は真っ直ぐとエレインを見据えていた。
私も彼女のように明確な目標のようなものを見つけるべきだ。
果たして、一体何者になれるのだろうか。
こんにちは、結坂有です。
新しい章が始まりました。
剣聖の従者編、どのような展開になっていくのでしょうか。
今後も面白い物語をかけるよう自分も精進していきたいところです。
それでは次回もお楽しみに……
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