崩壊の時間
走り出したゼイガイアはまた瞬間的に姿を消す。以前、マジアトーデのときに感じた違和感を同じものを感じるが、もしかすると彼の能力は他の魔族にも付与することができるのだろうか。
「エレインっ」
「ふっ」
魔剣を振り上げ、俺はゼイガイアの攻撃を再度防ぐ。
低い雷鳴のような轟音が地下通路を轟かし、衝撃波が俺とルクラリズを襲う。
『お主っ、こいつの力は尋常ではないぞっ』
『アンドレイアさんの言う通りです。この魔族の力は想像を絶するものでございます。それに、どこか古い力とも感じます』
魔剣に宿っているアンドレイアとクロノスがそう俺に話しかける。
確かにこの力は明らかに他の魔族とは一線を画している。もちろん、精霊と似た力というわけでもないだろう。そうなれば答えは一つ、神の力を完全に引き継いでいるということだ。
しかし、神の力を引き継いでいるとわかったからと言って対処ができるというわけでもない。安全に彼を倒す方法がない以上、無茶な作戦で彼と戦う必要があるな。
どちらにしろ、ここで彼を野放しにすることは出来ない。
「くっ……」
「聖剣や魔剣などで力を借りることは出来たとて、所詮は人間の体。絶対的な力に逆らうことなど不可能」
「はっ!」
すると、ルクラリズが彼の側面から素早い蹴りを与える。だが、その強烈な蹴りは彼の片腕で簡単に受け止められてしまう。
「なっ」
「ルクラリズ、そのような攻撃がこの俺に敵うとでも思っているのか?」
「っ!」
危険を察知した彼女は瞬時にゼイガイアから距離を取る。
それを読んでいた彼は俺を凄まじい力で弾き飛ばすと一気に彼女へと追撃を仕掛ける。俺よりも裏切り者であるルクラリズを優先的に攻撃しようと思ったのだろう。弱点を知っているわけでもないのだが、彼にとって厄介なのには変わりないはずだ。
『時はあなたの味方をします』
クロノスがそう小さく祈るように言うと魔剣に埋め込まれた歯車が高速に回転を始めて火花を散らし始める。そして次第に、時の流れが遅く感じる。
十秒の時間を止めるだけでも頭痛が始まるようなものだ。最長でも一分止めれるかどうかだ。それに一分時間を止めることが出来たとしても俺の脳が機能を一時的に停止してしまうほどだろう。
俺はその時間が止まっている中、アンドレイアの”加速”を使ってゼイガイアへと攻撃を始めることにした。
「……甘いな」
「っ!」
一歩二歩と彼へと近づいた瞬間、彼の視線が俺へと定まる。
咄嗟に俺は防御態勢に入り、止まるように遅い時間の中で振り返るゼイガイアの攻撃に備える。第三者から見れば光速に近い速度で俺は彼に攻撃を仕掛けている。それに走り出した以上、すぐに停止することは出来ない。
「その速さ、記憶にはないが、なぜか懐かしく感じるな」
「……」
そういってゼイガイアは防御態勢に入る俺へと強烈な殴りを与える。
「ぬぐっ!」
彼の攻撃を俺は魔剣の腹で受け止めた。受け止めた衝撃で魔剣は背後へと流される。
直撃は免れたもののその力は魔剣を通じて俺の体を引きちぎろうとする。うまく力を流そうとしたが、光速で繰り出される攻撃はそんな猶予すら与えてくれず強烈な力で俺の両腕を体から引き離そうとしてくる。
やはり神の力を引き継いでいるというのは本当のようだ。
これ以上、魔剣を持っていると腕ごと持っていかれるため手放すことにした。
ズジャン!
後ろの方にある壁に魔剣が突き刺さる音がする。魔剣との距離が離れてしまったために時間を止めるなんて能力は使えない。すぐに取りに行こうにもゼイガイアに阻止されうことだろう。
俺はもう一つの聖剣イレイラをまだ動く左腕で引き抜き、後方へと回転して距離を取る。
「俺から目を離さないとはな。良い判断だ」
「……」
「だが、両腕が痛むだろう? 筋肉が断裂したのだからな」
強烈な力で腕の筋肉が伸展してしまい、それで断裂してしまったようだ。右腕に力は入らず、完全に断裂してしまっている。
ただ左腕に関してはいわゆる肉離れという状態、不完全な断裂ということだ。激痛が生じるものの力が全く入らないというわけではない。
「……腕が離れていないだけマシと言ったところだな」
「ふっ、剣を持つだけでも精一杯のように見えるがな」
確かにこの状態で魔剣のような重たい剣は辛いだろうが、この聖剣イレイラには質量がほとんどない。それに能力の”追加”は失った攻撃力を補うことができる。
とはいえ、それでも相手に傷を付けることができるほどの力が残っている必要があるがな。
「剣を持てるだけで十分だ」
何も剣を腕で振るう必要はない。損傷を受けたのは腕だけで足の筋力はまだ残っている。それに俺にはそれをうまく利用する技術も持っている。
「腕の筋肉が全てではないのか? 剣術というのは」
「そうではないな。全身をうまく活かすことで最大威力を発揮する。腕力だけがすべてではない」
そんなことはレイの剣技をよく見ていればわかることだ。レイの強力な一撃は全身の力を剣先に集中させることで可能としている。
踏み出す一歩から斬り込む直前まですべての力は最終的にあ剣先へと集まり、瞬間的に強烈な力を発生させている。ただ、レイの場合は生み出された力の集合体をうまく制御できるだけの体術が備わっているからできる荒業だ。
他の人間が簡単に真似できるようなものではない。
「なら見せてみろ。その剣技というやつをな」
「もちろん、そのつもりだっ」
俺は一気に走り出す。
相手の攻撃を仕草から読み取り、光の速さで襲いかかってくる彼の腕や足をうまく避けていく。それでも相手の隙がまったくない。
時間を止めたときもそうだ。攻撃できると思ったときにはゼイガイアは次なる動きに出ている。下手に攻撃すれば強烈なカウンターを喰らうことは必至だろう。
それに今の俺は腕をまともに動かすことが出来ない状態だ。攻撃を受け切ることは不可能に近い。
「ふっ」
俺はゼイガイアの頭上へと飛び上がる。
正面から戦うのはもはや不可能だ。角度を変えるためにもこうする方がいいだろう。
「痛みの中、そんな無茶な動きができるのか」
「痛むだけだ。体は動かせる」
「……なるほどな」
頭上へと飛び上がった俺は体を回転させ、掴みかかってくるゼイガイアの巨腕を避ける。そして、その回転力を剣へと伝えてゼイガイアへと斬りかかる。
その剣先は空を斬った。しかし、ゼイガイアの腕は綺麗に斬り裂かれている。このままでは斬れないと踏んだ俺は聖剣イレイラの能力を使って斬撃を引き伸ばした。
「その聖剣、それを狙って……」
俺は再度聖剣へと力を込める。
聖剣が震え始めると同時にゼイガイアの全身に剣閃が走る。
「うがっ!」
普通であれば致命傷となるほどの数を加えた。剣撃の数は数千を超える。力強い力を使って無数の斬撃を生み出したいところだったが、時間的にも筋力的にもそれは不可能だった。一閃轟裂をうまく応用したとはいえ、これでゼイガイアを倒せるとは思えない。
彼は魔族の中でも最上位という存在、こんな甘い攻撃で死ぬような存在ではないだろう。
「エレインっ」
「まだだ。気を抜くな」
駆け寄ってきたルクラリズにそう言葉で注意を促す。
全身から血液を撒き散らして膝をついたゼイガイアはまた再び立ち上がる。その目は燃えるように赤く光っている。
「……面白い。この感覚、記憶にはないが初めてという感じはしない。なぜだろうな」
「どういうことだ」
「まぁどうでもいいことだ。ここでお前を殺すだけだからなっ!」
その直後、ゼイガイアの体が消えた。
それと同時に聖剣イレイラが震え始める。俺に対して警告しているのだろう。
以前のイレイラの言葉を思い返す。俺が死ぬようなことがあればイレイラは精霊の掟を破り、俺を守ると言った。
「イレイラ、俺は死なない。安心しろ」
そう俺が話しかけると次第に聖剣の震えが収まり始める。
なぜならこの勝負の決着はもう付いているからだ。どちらが有効打を喰らうかはもう言うまでもない。
「ここで死ねっ!」
ドンッと目の前の血溜まりが弾け、血しぶきの中から姿を消していたゼイガイアが現れる。
「……悪いな」
すると、ルクラリズが隠し持っていた魔剣の歯車から火花が散り始める。
『時は枷となりて……』
「なっ!」
クロノスの祈るような声と同時にゼイガイアの動きが完全に停止する。
ここまで近い距離に立っていればもうクロノスの間合いの中だ。この技が発動する条件はかなり限られる。自分が停止している状態かつ相手が至近距離にいる場合にのみ発動できるのだからな。
「もう理解できるな。誰が勝者か」
「き、貴様……」
俺は左腕で魔剣を受け取ると最後の力を振り絞り、激痛を耐えながらゼイガイアに袈裟斬りを与える。
『封時撃殺』
クロノスの透き通るような声とは裏腹に剣からは強烈な轟音が響き始める。
「エレインっ!」
ゼイガイアを完全に斬ったのだが、横で立っていたルクラリズが俺に飛びついてくる。
そして次の瞬間、閃光に視界が真っ白になった。
こんにちは、結坂有です。
エレインの圧倒的な力、そして技術には驚きを隠せないですね。
しかし、まだ脅威は消え去っていないようです。
それでは次回もお楽しみに……
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