隠れた本陣
魔族の足音が轟き、それと同時に地面が揺れ始める。視認した時にはわからなかったが、ゴーレム型などの魔族も多くいるのだろうな。
どちらにしろ、俺がするべきことは魔族の前線を喰い止めることだけだ。
「エレイン、私は少し後ろの方から援護するわ」
「ああ、俺とルクラリズは前に出る。ミリシアはやり逃した魔族を頼む」
「わかったわ」
「……本当に一人で大丈夫なの?」
ミリシアの返事のあと、ルクラリズは俺にそう聞いてきた。
確かにこの数の魔族と戦うのは始めただ。人類史上でなかったほどの規模らしいからな。どのような戦いが正解なのかは俺自身もわかっていない。ただ、数が多いだけで一体一体確実に倒していくことができればいずれ全滅するはずだ。
天界の時とは違い、ここ下界では魔族が無限に発生しないのだ。
「問題はないだろう。魔族の数は膨大と言えど有限なのだからな」
「確かにそうだけど……」
「ルクラリズ、邪魔してはいけないわ」
そう言ってミリシアはルクラリズを俺から少し離れさせる。
そして、俺は地面が揺れる中、ゆっくりと目を閉じて魔族の位置を把握する。
攻め込んでくる魔族を全滅させようとは思わないが、ある程度の数を音などで把握してこの聖剣で先手を打つべきだ。
俺は聖剣イレイラを自分の中で出せる最速の技で振り下ろす。その神速の袈裟斬りは聖剣の”加速”によって無数の斬撃となり、脳内で把握していた魔族へと繰り出される。
バギャンッ!
重い金属音が轟くと同時に魔族の悲鳴のようなものが聞こえてくる。即死させるつもりだったのだが、何体かは生き残ってしまったようだ。
まぁ数が少しでも少なくなればいいと思って振るったからな。こんなものだろう。
「……かなりの数を倒せたみたいね。けれど、まだ来るわね」
「一度に全滅できるほどの数ではないから仕方ない」
もちろん、この一撃ですべてを倒すことができれば十分なのだが、流石にそれは不可能だ。これらの軍勢を撃退させるにはミリシアや四大騎士の協力が必要となる。
俺はイレイラを収めて魔剣の方を引き抜く。
「エレイン、来るわよっ」
ミリシアがそういった直後、目の前の木々がなぎ倒されて魔族の軍勢が突撃してくる。
「ガァア!」
その真っ赤な目で俺たちを見据えた数百を超える魔族は一斉に俺たちへと攻撃を開始してくる。幸いにも彼らは上位種というわけでもなく下位の連中のようだ。特に警戒する必要はないか。
「ふっ!」
俺は一気に駆け出す。それに合わせてミリシアとルクラリズも走り出す。
この程度の数であればそこまで苦労することもない。しかし、ここにいる連中をすべて倒すことが本来の目的というわけでもないからな。全体の前線をなんとか止める必要がある。
「目的、わかってるわよね?」
「前線を止めるんだろ。ここだけに集中していてはいけないな」
「……この数、無理なんじゃ?」
「大丈夫だ」
「大丈夫って、私たちだけだと不可能よ」
確かに俺たちだけだったとしたら厳しいだろうな。
しかし……
バチバチッ!
静電気の弾けるような音が空から聞こえてくる。
見上げてみると無数の雷が発生していた。ハーエルの力なのだろう。
「え?」
「お前ら、飛び降りてどこに向かったのかと思えば、こんなところで楽しく戦っていやがったのかよ」
「別に楽しくはないがな。前線を止めるためには必要なことだろ」
「へっ、どうってことねぇよ。俺たちに任せろ」
そう言ってハーエルが剣を地面に突き立てると強烈な雷鳴が鳴り響く。それを合図に冷気が漂い始める。どうやら四大騎士が連携して前線を食い止めようとしているらしい。
すると、俺たちの背後からルカと彼女のメイドが走ってきた。
「エレイン、久しぶりだな」
「もう体は大丈夫なのか?」
現れたルカの手には燃える聖剣があった。以前、彼女は聖剣を自らの腹部へと突き刺し、強力な技を使用していた。あれから時間は経っているとはいえ、完全に回復しているのだろうか。
カインが治療してくれていたが、どこまで戻っているのかはわからない。
「ふっ、随分と舐められたものだな。まぁ私としてはそれでも構わないのだがな」
「ルカ様、少々変態的な発言にも聞こえますよ」
「……どうでもいいことだろ。それより、ティリアの冷却で魔族の前進が抑えられている。それもあまり長くはないだろうがな」
「なら、俺が前線を乱してくるぜっ」
そう言って雷鳴を轟かせながらハーエルが魔族の前線へと突撃していった。そして、ルカのメイドたちも剣を引き抜いて森の方へと走り出す。
彼女らはルカの強力過ぎる大聖剣から力を分け与えられている。当然ながら、剣術も習得している。剣術学院の生徒よりも強い実力を有しているのだからな。
「ルカは向かわないのか?」
「私か? 私はただここで門を開く準備を始める。その後に残党をマフィが担当する」
「……なるほどな」
「エレインたちはどうしたいんだ? 見ていた限りだと前線を突破したいように見えたが?」
「ええ、そのつもりよ」
すると、ミリシアが俺の前に立ってそう彼女に言った。
別に隠す必要もないからな。別に話しても構わないだろう。それよりも、前線を突破できるのかが問題だ。
まさかここまで全力で四大騎士が暴れるとは思っていなかったからな。
「ふむ、別に構わん。行くといい」
「助かるわ」
「それと、エレイン」
「なんだ」
「……死ぬな」
そういったルカは非常に真剣な表情をしていた。彼女からすれば俺は教え子に当たるらしいからな。教え子が死んだとなれば後味が悪いのは確かだ。まぁそれだけでなく、個人的な理由もあるのかもしれないが、そのことは考えないでおこうか。
「ああ、わかった」
そして、彼女は聖剣を突き立てる。それと同時に周囲の温度も上がり始める。
「防壁は私たちに任せて、君たちは君たちの作戦を実行しろ」
その言葉を背にして俺たちは魔族の前線を走り抜ける。
背後からは爆発音のような音が響いているが、それよりも左右から聞こえてくる雷撃の方が恐ろしく感じる。
ハーエルの雷撃は魔族の体を引き裂くだけでなく、爆散させることも可能なようだ。
下位の魔族であれば跡形もなく消えてしまうらしい。
「すごい……」
そんな四大騎士の力の片鱗を見ていたルクラリズはそう声を漏らした。
「強いのは俺や小さき盾だけではないってことだ。人類はそこまで弱くはない」
「そう、みたいね」
「エレイン、そろそろ突破できそうよ」
「そのようだな」
それからしばらく魔族を斬り倒しながら走っていくと少し開けた場所へとたどり着いた。
先ほどまで大量の魔族が蔓延っていたのだが、ここはそんな様子はない。
「後方部隊はいないってこと?」
「……そうらしいな。ルクラリズ、こんなことはよくあることなのか?」
「普通、下位の魔族を前線にして上位種が後ろから支援するって形なんだけど……」
確かに上位種の中は特殊で強力な能力を持ったものいるらしいからな。高火力の後方支援という形であれば、そのようなことをするのが定石と言えるか。
しかし、今回はそのような作戦を取っているわけではないのだろうか。
「おかしいわね。あの岩を投げてきたのは明らかに上位種だったのでしょ?」
「ええ、そうよ。でも、どこに向かったのか……」
「もしかして……」
ミリシアがそういうと周囲を見渡した。
俺も確認してみると確かに妙だ。自然の平原にしては少し違和感がある。
「人工的ね」
「ああ、以前は小さな村だったのかもしれないな」
薄っすらとだが道のようなものの名残がある。何百年も前に村があったのだろうか。それか、もっと古くからあって街だった可能性もある。
古くから大国だったと言われているエルラトラムだ。ここまで人々が住んでいたとしても不思議ではないか。
「防衛連絡通路、地下通路に入り込んだかもしれないわねっ」
「確かにそれはあるだろうな」
「どうするの?」
再び目を閉じて周囲の気配を感じ取る。薄っすらだが、地下空間が広がっているのは確かなようだ。
「おっと、そこにいるのは誰だ?」
「っ!」
「楽な仕事かと思ったが、人間がここまで来るとはな。全く信じられねぇな」
「ディエンダとグーリッシュ……」
「あ? お前、見覚えがあると思えばルクラリズじゃねぇか」
「へっ、人間に捕まったのか?」
すると、ルクラリズは俺とミリシアの前に立つと自身の得意とする体術の構えを取った。
「お前……」
「私は人間に味方するわ。悪いけれど、もう魔族の方針にはうんざりなの」
「利用されてんのか? まぁどっちでもいいか。殺すのには違いねぇしなっ」
彼はそう言うと一気に俺たちへと走ってきた。
かなりの速度ではあるが、目で追いつけないほどかと言われればそうでもない。
俺はその突撃に魔剣で防ぐと彼は目を見開いた。
「まさか、追いつけるなんてなっ」
そして、また距離を取ると再度攻撃をしてきた。
同じ攻撃を何度もしては意味がない。そのことを理解していないのだろうか。
「ふっ」
素早い動きであろうが、関係ない。魔剣で彼の頭部と腹部に深い斬撃を与えて即死させた。
「くっ、只者ではないな?」
「こんなところに来てる時点で、分かるでしょ?」
「だが、そんなことは関係のないこと。この俺がっ!」
すると、地響きを立てながら強烈な攻撃をミリシアへと繰り出した。
しかし、それらの攻撃はミリシアには全く効果がない。なぜなら……
「私の魔剣、相性が悪かったわね」
「なっ!」
強烈な一撃をミリシアは魔剣で防いでいた。そう、魔剣グルブレストの能力は”分散”と言って相手の力を小さくすることができる。もちろん、欠点もそれなりにあるのだが、それらはうまく技術で補っていると言ったところだろう。
「残念ね」
そう言ってミリシアは飛び上がると、魔族の首を斬り落とした。
「こんなにあっさりと……」
「それより、地下通路の入り口を探そっか」
「ああ、そうだな」
「隠れた本陣に直接攻撃するわよ」
それから俺たちは周囲を探し、無事に地下通路への入り口を見つけることが出来た。
こんにちは、結坂有です。
まだまだ戦闘は続きます。
これからどのような天界になっていくのでしょうか。気になりますね。
それでは次回もお楽しみに……
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