夜の静けさ
私、ミリシアはリーリアと一緒にエルラトラムの商店街を歩いていた。時刻としては五時を過ぎたあたりだ。監獄からの帰りではあるが、商店街で買い物も済ませることにしたのだ。
赤く燃えるような夕焼けはどこか不気味さを感じさせる。理由はわからない。けれど、これから何かが起きるというようなそんな予感がする。
「……ミリシアさん、どうかしましたか?」
そんな空を見上げて立ち止まってしまった私にリーリアが話しかけてきた。
「ううん、なんでもないわ。ただ空を見てただけよ」
「空、ですか。確かに気味の悪い色をしていますね」
私がそういうと彼女も同じく空を見上げた。
空は赤に近いオレンジと黒い雨雲らしきものとが層になっている。周囲の色も薄紫がかかっており、一層不気味さを感じさせている。
いや、色味だけではない。どこかから感じる妙な空気感もまたそれを醸し出しているのかもしれない。エルラトラムの近くには魔族領がある。それなりに規模の大きい軍勢がいることも聖騎士団の資料で見たのを思い出した。
「まぁすぐに何かが起きるってこともないと思うし、今日は帰ろっか」
「商店街で買い物もできたことです。こんなにもゆっくりと買い物をしたのは初めてですよ」
「いつもはゆっくりしてないの?」
「その……エレイン様とご一緒している時だと恥ずかしいものも買うことが出来ましたから」
思い返してみると食材だけでなく自分の下着も買っていた。どうせ服などで隠れてしまうのだからと私はあまり気を使っていなかったが、彼女と一緒に店を巡っていくといろんなのがあった。可愛らしいデザインのものから機能性を重視したものまでたくさんの種類があることに驚いた。
試着はしていないものの触っただけでわかった。伸縮性のあるものであれば戦闘時でも滑らかな動きを邪魔しないことだろう。良い素材のものであれば衣擦れなども抑えることができるはずだ。
それに、可愛らしく華やかなデザインにすればエレインにも……。
「ミリシアさん、顔が赤いですけれど体調でも悪いのですか?」
「えっ?」
「熱があるように見えます」
そう言ってリーリアは不安げな表情で私の額へと手を当てた。
私と彼女の身長差はほとんどない。そのため、逆光で照らされた彼女の茶髪が輝き美しい輪郭を描き出していた。
「だ、大丈夫よ。体調とかではないから」
今は破廉恥な事を考えている場合ではない。私とエレインはもっと純情な関係性を築きたいんだ。でも、そういったことも純情の内に含まれるのだろうか。
自分でもわからなくなってきたが、もう深くは考えないでおこう。
「そう、ですか。それならよかったのですけれど」
すると、リーリアはまたいつもの優しい表情に戻って前を向いた。
彼女と初めてであった時は邪な理由でエレインのメイドをしていると思っていた。しかし、長く接しているとよくわかってくる。本当に彼のことを慕っているのだと。
私と同じく彼のことを想っている同志なのだ。恋敵でもあるが、同じ事を考えている仲間でもある。つまり、いつしか私はリーリアのことを信頼していたのだ。
そして、彼女も私のことを信頼してくれている。
それから私たちは商店街を歩いて自分たちの家へと向かうことにした。
◆◆◆
俺、レイは議長室で椅子にもたれかかっていた。
理由はただひとつ、疲れたからだ。
「……とりあえず、これらの活動を保証してくれたら僕たちも脅威に対処できるよ」
そう話を切り終えたアレクはそう言ってアレイシアの方を向いた。
彼と彼女はずっと話し込んでいたのだ。途中から俺は話についていけなくなっていたが、それはどうでもいいことだ。
彼らが話し合っていた内容は小さき盾がそれなりに活動できるようにするための特権についてだった。
もちろん、俺たちは議会の命令で様々な事態に対処できる存在だ。それだけでも十分だと思っていたのだが、今回は国民の中に裏切り者がいるといった状況での話だ。
国民、つまり人間に対して積極的に攻撃することは今までの権利に含まれていなかったからな。こればかりはしっかりと話し合って置く必要があったらしい。俺からしてみれば悪いことをしているのなら捕まえるか殺すかだろうと思うのだが、どうやらいろいろと問題があるらしい。
「そうね。それで大丈夫よ」
「……アレイシア様、本当によろしいのでしょうか」
「ユレイナは反対なの?」
「いえ、私も小さき盾がこの国を守ってくれると信じております。ですが、これらの権利を議長自身が保証するというのは反対意見もあると思います」
「覚悟の上よ。それに活動が抑制されたからという理由で作戦が失敗するほうがこの国にとって最悪なのよ」
確かに俺たちが頑張れる状況ではなかったら負けてしまうかもしれないからな。
戦場での失敗は死を意味している。常に最高の状態、最善の選択でその戦いに挑む必要があるのだ。
「そうですか。議員にはそう伝えておきます」
「議長としての立場を乱用していると思われても構わないわ。この国のためなら、小さき盾のためなら私は悪者を演じるつもりだから」
そう真っ直ぐな目でユレイナを見つめるアレイシアは俺たちが今まで見てきた剣士の誰よりも強い目をしていた。
そして、その目を見たユレイナは小さくうなずくとすぐに他の議員へと連絡しに向かった。そんな彼女を見送ったアレイシアは「はぁ」と深くため息を吐いて背もたれに深くもたれかかる。
「へっ、悪者なんか演じなくてもいいんだぜ?」
「そうだね。無理を言ってるのは僕たちの方だから、失敗した時は僕たちが責められるべきだよ」
「……いいのよ。あなたたちを小さき盾として抜擢したのも私の選択だし、今回の活動を認可したのも私の選択。全ては議長の責任なのよ」
そう言って彼女は先ほどまでの凛々しい瞳ではなく、優しい表情へと変わっていた。
どうやら彼女としては本当に俺たちを助けたいと思っているのだろう。俺たちが自由に動くことはこの国にとって最善の選択だと信じている。
「責任なんてもんは関係ねぇだろ」
「え?」
「誰が正しいとか悪いとかは関係ねぇ。俺たちは最初から運命共同体みたいなもんだろ?」
アレイシアが議長として俺たちの権利を保証してくれているのだ。つまり、彼女が失脚するも俺たちが失敗するのも同じことだ。
彼女の下で俺たちは生活できている。だから、俺たちは彼女を守らなければいけないし、彼女も俺たちを動かせるようにしなければいけない。
「運命共同体、ちょっと大げさだけどそうなのかもね」
「特例とは言え、受けた恩恵の分を僕たちが働くよ。誰も文句が言えないような成果をね」
「ふふっ、そこまでしなくていいわよ。無理しない程度に、お願いするわ」
そういったアレイシアはどこかホッとしていたように見えた。
重くのしかかっていた重荷が俺たちの言葉で分散できただろうか。なにも彼女一人に重責を押し付けるのは良くない。彼女だって一人の人間なんだ。
時には間違った判断だってするはずだ。その時は彼女だけを責めるのではなく、間違った判断をさせてしまったという周りの責任でもあるんだ。この場合は彼女に権利を保証させた俺たち小さき盾も同じく責任を負うべきだ。
「それじゃ、今日の仕事はもう終わりって言うことか?」
「……そうだね」
俺がそうアレクに聞いてみたのだが、少し様子が変だ。窓の外を見て何かを考えている。
彼がこういった表情をしている時はなにかの気配を感じ取っているということだ。
「どうした?」
「いや、なんでもないよ。僕の勘違いだと思う」
「勘違いなんて今まであったか」
「運がよかっただけだよ。予感がすべて的中するとは限らない」
そう彼は爽やかな笑顔で言った。
そこまで言うのなら俺も深くは詮索しない方がいいか。詮索したところでうまく話をかわしてくるからな。時間の無駄というものだ。
「じゃ、ユレイナが帰ってきたら帰り支度にしましょうか」
「おうよ」
「うん」
俺はそう返事をしてまた椅子にもたれかかり、アレクは近くのソファへと座った。
「おいらはどこで寝ればいいんッスか?」
「しばらくはフィレスが管理してる部屋に住むことになりそうだね。外に出てもしゴースト型にでも見つかればそれこそ命が危険だからね」
「……フィレスさんの部屋ッスか」
「へっ、地下牢だぜ。罪人はちょうどいいじゃねぇか」
すると、ルーリャはびっくりしたように俺の方を振り向く。
「え! おいら、罪人じゃないッス。そうッスよね?」
そして、すぐにアレクの方へと振り返り、彼にそう質問する。
しかし、彼の表情にはいたずら心に火が付いていた。
「まぁ未遂だったとは言え、刃を向けてきたからね」
「ま、マジ……ッスか」
そんなルーリャの絶望したような顔を見届けたアレクは小さく笑って「冗談だよ」と彼女の耳元で囁いたのであった。
「あの部屋はゆっくりできると思うよ。贅沢な部屋だからね」
「それなら、安心ッス」
そう彼の話を聞くと大きく肩を落として安心した。
ルーリャはなんともからかい甲斐のある人だな。いたずらしたい気持ちにさせてくる。とはいっても、訓練次第では立派な剣士になりそうな予感はするがな。
それにはもう少し剣技を身につける必要があるだろうが、別に今考えるべきことではないか。
とりあえずは明日、俺たちがうまく立ち回って国内にいる連中を排除することを考えるべきだな。
こんにちは、結坂有です。
ついに次回から激しい戦いが始まります。
一体どういった展開になっていくのでしょうか。気になりますね。
それでは次回もお楽しみに……
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