信じたくないこと
しばらくトイレの影に隠れているとルーリャが戻ってきた。
「……あれ?」
「こっちだ」
事情があったとしても女子トイレに入るのはいけないことだからな。その上、トイレの前に立っておくのも例の魔族の存在を考えれば避けるべきだろう。
だから、俺は外から見えないように死角に隠れてルーリャが戻ってくるのを待っていたのだ。
「隠れてたんッスか?」
「まぁどこにいるかわからねぇ奴がいるからな」
「……そうッスよね」
当然ながら、彼女自身の命を守るためでもある。任務が失敗しただけでなく、敵側である俺たちに寝返っているわけだからな。聖剣も持っていない彼女を殺すぐらい簡単なのだろう。だからこそ、俺たちが守ってやる必要があるのだ。
「じゃ、またそこの箱に入ってくれるか?」
「うッス!」
ルーリャはあまり聞き慣れない言葉を使う女性ではあるが、悪い人間というわけではなさそうだ。それに、この国でも方言というやつがあるらしい。おそらく彼女のそれも方言のようなものなのだろうな。
返事をした彼女はゆっくりと体を丸めて箱の中へと入った。
そして、俺がその箱を持ち上げてすぐに議長室へと戻ることにした。トイレに行くときも戻るときも幸いなことに誰かに見られているという気配はなく、安全に議長室へと戻ることが出来た。
「おかえり。誰にも見られなかったかい?」
「へっ、この時間帯ってこともあるのかもしれねぇが、誰にも見られなかったと思うぜ」
「そうなんだね。それはよかった」
俺がそう伝えるとアレクが安心したようにそうつぶやいた。
箱を置くと「ぷはっ」と箱からルーリャが顔を出した。息を全部吐き出して箱の中に入っていたのだろうか。
「……やっぱり苦しかったか?」
「窮屈で苦しいわけじゃないッス。空気が薄いんッスよ」
どうやら息を吐きだして身を縮めていたというよりかはただ単に箱の中が息苦しかったと言うことらしいな。確かにこの箱は備品などを保管しておくように作られており、蓋を締めると妙に密閉されているのだから仕方ないか。
「それで、話したいことって何かしら」
すると、椅子に座っていたアレイシアがそう彼女に話しかけた。
「っ! そうッス! 言いたいことがあるんッス」
「それって魔族の、あなたを脅した人のことなの?」
「もちろんッス。さっき言ってたことの他に大事なことがあるんッス」
そう言ってルーリャは姿勢を正すと言葉を続けた。
「魔族は議会のすぐ近くに陣取ってるッス。でも、その場所はわからないッス」
「あ? どういうことだ?」
「議会の近く、すぐに攻撃できるように人を構えてるってことッス」
「……それはありえないと思います。私もアレイシア様もこの周辺に関しては改めて調査いたしましたから」
確かに議会の中から妙な地下牢が見つかってから軽く調査を始めていたらしい。まぁあんなものが見つかったとなりゃ、すぐに調査を始めるのは当然なことだがな。
それにしても、ルーリャがそこまで強く言うのはなにかの根拠があってのことだろう。
「なんか根拠でもあんのか?」
「お、おいらに接触してきたときも魔族は待ち構えてたみたいだったッス。それ以外にも魔族の人たちはおいらの行動だったりをすごく詳細に調べていたッス」
「それらの情報だけだとどこかに陣取っているという可能性もなくはないね」
そう言ったアレクはなにかを考えている様子だった。彼女の話が本当だとしたら魔族はいつでも俺たちを攻撃できるということだ。しかし、それなら矛盾する点が出てくる。
すぐにでも議会を攻撃できる状況なのだとしたら、なぜそうしないのだろうか。
わざわざルーリャを使って回りくどいやり方をしなくとも良かったはずだ。
「おかしくねぇか?」
「……魔族の狙い、議会の陥落は望んでいないんじゃないかな」
「というと、情報を集めるためか」
「諜報活動ってこともあり得る話だけど、彼ら魔族からすれば僕たちが内部で闘争が起きてほしかったんじゃないかな」
そういったアレクはどこか確信めいた表情をしていた。
どうその結論が出たのかはまだわからねぇが、彼があのような表情をする時は決まって勝利を確信している。なにか大きな理由があって彼はその結論に至ったはずだ。
「もう一度言いますが、子の近くには魔族の拠点のような怪しい場所は見当たりませんでした。同じく地下空間も調査しましたが、そのような場所は……」
「場所なんて関係ないんだよ。彼らは陣取っているというよりかはうまく隠れているんだ。音も実体すらも消してね」
「……ゴースト型、それらの魔族が侵入しているっていうの?」
魔族の中には実体を持っていないものがいるそうだ。
そいつらは自身をうまく隠して色んな場所へと侵入していく。俺は直接そいつらと出会ったことはないが、エレインの話を聞くと確かに面倒そうな相手なのだろうな。
「侵入してしまえば、ほとんど見つかることはないだろうね」
「……でも、おいらが見たのはしっかりと体を持ってたッス」
「憑依したんだと思うよ。エレインの話だったり、ミリシアが調べてくれた資料にもそのようなことが書かれていたからね」
「エルラトラムにいるすべての国民が強いわけじゃねぇからな。精神の弱いやつに浸け込んだんだろうぜ」
心の弱い人は魔族に簡単に操られてしまう。それらはもうヴェルガーの一件で理解している。洗脳というのはとても恐ろしいものだ。死というものよりももっと脅威となるだろうな。
もし、魔族に支配されてもいいと洗脳されれば、もうそれから逃れることは出来ない。そして、その考えは自分だけでなく周りの人間や自らの子どもたちにも強く植え付けていく。
最終的にはそれらの洗脳されたことがすべて固定概念となって、人間を文字通り”道具”として扱える。どこまでも魔族に従順な存在の完成と言ったところだ。
「お、おいら……」
「君はまだ洗脳なんてされてないよ。ただ恐怖に負けただけだ。気にすることもない」
「そうね。あなた、警備隊となってまだ日は浅いのでしょ? それなら仕方ないわよ」
アレクの言葉を理解したルーリャは自分が洗脳されているのではないかと不安になったみたいだが、彼女のそれは洗脳とはまた違う。
まぁ弱い精神力なのかもしれないが、まだ人間として壊れていない。
洗脳をするにしても時間がかかるからな。速さを優先したがために魔族側は彼女に強い刷り込みをしなかったと言ったところか。
「それはそうとして、今後どうするかだね」
「アレク、それは考えてねぇのか?」
「裏でどのようなことが起きているかは推測できたけれど、解決策までは考えてないね」
「……それは後でゆっくりと話しましょうか。今はそれらのことが起きているってことをしっかりと意識しておくことね」
そう、解決策はまだないが、自身の身はある程度守れる。
意識を強く保つことでそれらは防げるはずだ。ゴースト型と呼ばれる魔族は直接的な攻撃はあまりしないらしいからな。目に見えて脅威というわけでもないし、議会全体として警戒態勢に入る必要性もない。
ただ、俺たちがエルラトラム国内に巣食うふざけた輩を排除するだけだからな。
こんにちは、結坂有です。
エルラトラム国内に侵入してしまったらしいゴースト型魔族は国民全体を洗脳しようとしていたのでしょうか。
なにも自覚なく進んでいく洗脳ほど恐ろしいものはありませんね。
それでは次回のお楽しみに……
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