わからない情報を考えて
俺、レイはラクアを見送った後、すぐに議長室へと戻っていた。
時刻としては昼過ぎ、アレイシアは朝の会議を終えてそろそろ議長室でのしごとを開始する頃だろう。
「……ラクアはもう戻ったのかい?」
議長室へと戻ると、アレクが俺にそう話しかけてきた。
どうやらまだここにはアレイシアたちはまだ来ていない様子だ。
「ああ、待ってましたと言わんばかりにな」
「元気そうでよかったよ」
あの様子なら勢いを落とさずエレインに挑むことができることだろう。まぁ実力的にも圧倒されるのは間違いないだろうが、それでも彼女にとって得られるものはあるだろう。
実際の戦場において失敗は、即ち死を意味する。訓練の内にたくさん失敗でもして、自らを高めるのはなんら問題ではない。
俺も地下訓練施設ではそうだったからな。
「アレクには彼女はどこまで実力を伸ばせると思っているんだ?」
「そうだね。まだ一度しか彼女と訓練したことがないけれど、かなり成長の見込みはあるね」
それは俺も同感だ。彼女は他の聖剣使いとは違い、精霊を自らの身体に宿している。そのため高い身体能力を有している。その点においては俺でも驚くほどだ。
ただ、体術においてはまだまだ未熟な点が多い。洗練されていない技はすぐに見抜かれてしまうからな。エレインやアレクにはそんな技は通用しない。
「身体能力に関してか?」
「それもあるけれど、彼女自身に強い意志があるみたいだからね」
「そうなのか?」
「まぁ君は鈍感だからわからないのだろうけどね。ミリシアが急に上達したときと同じだってことだよ」
ミリシアはエレインに対して恋愛的な感情を持っている、そう俺は本人から直接聞いた。恋愛感情が訓練にどのような恩恵をもたらしているのかは今もわからないが、それと同じようなことがラクアでも起きていると言うことだろうか。
そういった意味では理屈で説明できるようなものではないのかもしれないな。感情というものは人それぞれであって一般化できるようなことではない。まぁ理屈で説明できたとして、俺がそれを理解できるとは思えないが。
「ほう、俺らには理解できねぇことか」
「理解できる日はいつか来ると思うよ。ただ、それに気付けるのかは別の問題だけどね」
「そんな感情を持ったとしてもわからないってことか?」
「そうだね。実際、たくさん本を読んでみたけれど僕自身もわからない点が多いからね」
通常とは違う環境で育てられた俺たちがそのような一般的なことがわからないかもしれないってことか。
女性を見て可愛いと思ったり、美しいと思ったりはするが、それらは恋愛感情には含まれないのだろう。言葉では簡単に表すことが出来ても、実体験を超える情報は表現できないからな。
俺たちも普通という日常を過ごしていく内にそれらの感情を自然と理解できる日が来ることだ。
「あの、おいらいつまでここにいればいいんッスか?」
俺たちの話が一段落着くと、ルーリャがそう話しかけてきた。
「議長室に出たいってか?」
俺がそう聞いてみると、彼女は頭を上下に大きく振って肯定した。
「無理に決まってんだろ。外から誰が見てるかわかんねぇからな」
「でも、このままここにいるのは流石に不可能ッス」
「食いもんならいくらでも持ってきてやるからよ」
「それだけじゃないッス。お風呂とかも入りたいッスよ」
確かに体が不潔のままで何日も過ごすというのは普通の人からすれば気分が悪いのだろうな。そういえば、ここには議会を警備する人たちのためにシャワー室があると聞いたことがある。ユウナやナリアも何度かそこでシャワーをしているらしい。
それに議会内部を警備していたという彼女も知っているか。
「……シャワー室なら連れて行ってやれるが?」
「えっ。ほんとッスか!」
「まぁそこの箱にもう一回入ってもらう必要があるがな」
「きゅ、窮屈ッス」
倉庫から彼女をここに運んでくるのに使った箱を指差すと、彼女はまた嫌そうに首を横に振った。いくら小柄だといっても備品を保管するような箱に体を丸めて入るのはしんどいのだろうな。
「じゃ、しばらくはここで待機しとくんだな」
「……そうするッス」
尋問したときに聞いた話なのだが、彼女の話では昨日の朝からずっと体を洗っていないようだ。体を洗いたいという気持ちはわからなくもないが、もう少し我慢してもあるしかないな。
すると、議長室の扉が開いた。
「……ごめんね。会議が少し長引いちゃって」
扉を開いたのはユレイナで開けると同時にアレイシアがそう言った。
毎日どんな会議が行われているのかは知らねぇが、議長という仕事もなかなかに大変なんだろうな。俺たちが見えないところでいろいろと話し合いを進め、重要な決定や判断を下している。
一般の市民にそう意識させないのは彼らの不安を煽らないためだったり、いろいろと意味があるそうだ。実際はこんなにも会議や話し合いなどで忙しいと言うのに市民からはあまり評価されないらしく、政治家というのはなかなかに不憫な職業なのだな。
「アレイシア様、すぐに紅茶を淹れますね」
「ありがとう」
そういってユレイナがアレイシアを議長室の椅子へと座らせるとすぐに紅茶を淹れ始めた。
彼女は紅茶に対してかなりのこだわりがあるそうで、紅茶を淹れるのはユレイナにしてほしいようだ。そんなこだわりの強いアレイシアではあるものの、以前ヴェルガーのベイラという女性の屋敷で紅茶を飲んでいた時に彼女がつぶやいていたことを思い出した。どうやらエレインの淹れる紅茶は自分の好みとかの領域ではなく、また別の次元だそうで一度は飲んでみたいらしい。
それほどに美味なのだろうか。紅茶を飲み慣れていない俺でも同じく感動できるのか、少し気になるな。
「それで、その子が話してた人?」
そう言って彼女はルーリャの方を見た。
彼女が議長室に戻る前に、ユレイナを通じて会議中の彼女に報告しておいたのだ。
「うん。でも、誰に雇われたのかまではわからないみたいだね」
「あ、あの……」
「魔族がどうとか言ってたな。もうエルラトラムに潜伏してる奴らがいるらしい」
「え、えっと……あの……」
「まぁ俺にとっては強いかどうかはどうでもいいことだがな」
「ちょっと、おいらの話も聞いてほしいッス!」
すると、俺の前に飛び出してきたルーリャがそう訴えかけてきた。
別にさっき話したことを俺が要約して伝えたに過ぎないのだが、なにか不満でもあったのだろうか。
「あ? なんか言いたいことでもあんのか?」
「議長に相談したいこともあるッスけど、おいら……と、トイレに行きたいんッス!」
そう飛び跳ねるように言って、強く俺に視線を向けてきた。
「んなこと、もっと早く言えよな」
「だから言おうとしたんッスよ!」
なんとも騒がしい人だ。
当然ながら、議長室で漏らされてはいろいろと困るためすぐに俺は彼女を箱に隠してからトイレへと走っていった。
議長室からトイレは近く、幸いにも箱を抱えて全速力でトイレに向かっているのを見られずに済んだのはよかったか。
それにしても、ルーリャが追加で言いたいことというのは何なのだろうか。
彼女がトイレをしている間、俺は頭が悪いなりに考えてみたが、魔族の規模のこと以外思いつかなかった。まぁ考える必要なんてないけどな。
こんにちは、結坂有です。
そろそろ戦闘シーンになりそうですね。
激しい戦闘が予想されますが、一体どういった戦いになるのでしょうか。気になりますね。
それでは次回もお楽しみに……
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