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力があるという意義

 私、ラクアはなぜか空を見上げていた。背中に鈍い痛みが残っている。今の私はエレインと訓練場で実戦形式の試合をしていたはずだ。互いに体術だけで戦うものだった。

 そして、最後の私の攻撃のことを思い返してみる。

 囮として左拳を突き出して、それをエレインが防いだところを得意な投げ技に持っていこうとした。しかし、左拳を勢いよく突き出した直後には重力を感じることはなかった。おそらく私は投げられたということなのだろう。


「大丈夫か?」


 すると、私の顔をエレインが覗き込んできた。


「……ええ、驚いてただけよ」


 正直にそう感想を言ってみた。


「まぁ動きとしては十分だな。技の乱れがところどころに見て取れる。その辺りは訓練していくことでより洗練されていくことだろう」


 そういって、エレインは私を立ち上がらせてくれた。

 その彼の手は温かく優しい感触がした。それと同時に自分の心が満たされていくような感覚があった。あまり褒められたことのないからだろうか。それとも彼だからなのだろうか。少なくとも私は彼に対して特別視しているとは思っていないのだけど。


「まだまだ鍛錬不足、ってところかしら」

「今のままでも十分に実力はあるだろうな。だが、小さき盾として部隊に入隊したいというのならもう少し実力を身に付ける必要がある」

「……道のりは長そうね」

「そう思っているうちは伸びしろがあるということだ」


 確かにエレインが言っているように先が長いと思える時点で私はまだまだ未熟者だと言うことでもある。私自身もエレインに正直、勝てるとは思っていなかったわけだ。でも、少しでも善戦できればとも思っていた。

 それらの思い込みはただの自惚れだったらしい。投げ技を仕掛けた私が逆に投げ返されることになったのだから。


「エレイン、さっきのが死角を狙うってことなの?」


 そんな事を考えていると少し離れた場所に座っていたルクラリズがそう言って立ち上がった。


「そういったところだな。ラクアは一撃目を避けると踏んでいたのだろう。相手の意表を突くというのも一種の死角だからな」

「そんなこと、あんな一瞬で考えたというの? 考えてからにしてはあまりにも速く動けていたように見えたけれど」

「考えるというわけではないな。俺の場合は自然とそういったことが頭に浮かんでくるんだ。おそらくは無意識下でそれら思考を完結させているのだろうな」


 その辺りは流石のエレインでもわかっていない様子ではあるけれど、瞬時に相手の攻撃の意図を読み取ることができるというのは実力が高いとか、そういった次元ではないような気がする。

 いくら私が奇襲のような攻撃を仕掛けたとしてもすぐにエレインは裏に隠された意図を読み取り、最適な反撃をしてくる。かといって、正面から堂々と戦うにしても圧倒的な技術で押し切ることも不可能。だからこそ、最強格である剣聖と言わしめている所以なのだろう。


「もし、そうだったとしたら到底私たちが到達できるようなものではないかもしれないわね」

「どうだろうな。訓練次第では可能なのかもしれないが……」

「一体どんな訓練をすればあなたたちのような力を身に付けれるのか疑問で仕方ないわ」


 エレインと共にヴェルガー国内を周っていたときに聞いた話だ。

 彼はもともとエルラトラムの出身ではなかったそうだ。魔族の猛烈な攻撃により滅亡してしまった有名なあの国の出身のようで、彼はそこで特殊な訓練を受けていたらしい。

 同じくレイやアレク、ミリシア、ユウナもそのような施設で育っていたようだ。

 私も特殊な生い立ちではあるものの、それでも通常ではありえないような環境で彼らは訓練をしていたのだ。

 特殊な訓練ができる環境を整備した帝国の技術力はもちろん、それらに順応して自らの能力を進化させていった彼らもとてつもない才の持ち主であることに変わりない。


「……とりあえず、実戦で役に立つというのはわかったわ。エレインのように無意識でできるかは別として、そういった考えは持っていたほうがいいというのも改めて理解したわ」

「そうか、それならよかった」


 ルクラリズは先ほど言っていた死角を狙った技術というものの修行をしていたのだろうか。

 私もレイからよく言われる。相手の考えている以上のことを考えろ、彼は文字通り考えている以上の力で相手を圧倒するけれど、技術であったり戦法であったりも同じことのようだ。

 そんなことを頭の中で反省していると妙な考えが浮かんできた。

 もしかすると、そんな彼女のことを思ってわざとあのような攻撃をした?

 いや、結局の所は私の想像でしかないし、真相を聞くのはやめておこう。


「私は、まだ未熟だってわかったわ。訓練の邪魔をして悪かったわね」

「未熟ではない。それは断言できる」


 振り返って訓練場を出ようとした私をエレインは呼び止めてくれた。


「……どうして?」

「ラクアの攻撃は人間の出せる最速の速さだと言っても過言ではない。そういった意味ではミリシアの戦い方によく似ているな」

「ミリシアに?」

「彼女の場合はなかなか真似の難しい技術を使っているが、まぁラクアはそのような技術は必要ない」


 そう言えば、ミリシアの技は見たことがない。アレクとは一度だけ見たことがあるけれど、彼女に関しては全くの未知数だ。

 エレインでも真似が難しい技術とは一体どのようなものなのだろうか。そう聞いただけだと私には全く関係のないようなものだと思ってしまうけれど、自分の実力を上げるには知っておくべきだ。

 ここは少し踏み込んで聞いて見たほうがいいだろう。


「……難しいってことはそれに近いことはできるってこと?」

「どういうことだ?」

「その、ミリシアの特殊な技を再現できるのってことよ」


 率直に言ってみることにした。

 もし彼女から秘密にしてほしいと言われていたら当然ながら、教えてもらうことも見せてもらうことも出来ないが、それでも知りたいと思ったのだ。


「まぁ知ったところで彼女の実力が下がるわけではないからな。見せるぐらいなら別に大丈夫だ」

「それなら、見せてもらってもいいかしら?」

「ああ、いくぞ」


 そう言ってエレインはゆっくりと私へ歩いてきた。

 その動きは一直線に、それでいてムラの一切ない美しいと感じるほどの綺麗な姿勢で歩いてきているのだ。しかし、一見すると素早さとは関係のない技術に思う。


「目を離すなよ」


 ゆっくりと歩いてくる彼はそう言っている。まばたきをしないよう一瞬の動きさえも集中して彼へと見据える。

 一体、どんな技術なのだろうか……


 トスンッ


 そんな軽い音が聞こえたと同時に私の頭の上から重みを感じた。


「え?」


 気付いたときにはエレインがすでに私の後ろに立っており、私の頭の上に手を置いていたのであった。

 直前まで目の前を歩いていたはずだった。それから一切まばたきをしていない。そんな状況でどうして一瞬で後ろに立つことが出来たのだろうか。


「これがミリシアの技だ。この時点で、ラクアは背後を取られてしまっているわけだな」


 当然ながら、これが命の駆け引きであったのなら私はすでに死んでしまっていたことだろう。何が起こったのかも把握する前に。


「……私も歩いているだけに見えていたのだけど、ようは残像を残すってこと?」


 すると、横で見ていたルクラリズがそういった。


「自らの動きを相手の潜在意識に植え付けるというのが正しいが、まぁそれに近いものだと思ってくれていい」

「ってことは私が見ていたのはエレインが歩いているっていう幻影を見ていたってこと?」

「そうだな」


 一体いつから彼は歩くのをやめたというのだろうか。

 それすら気付かせないのがこの技術の強みではあるが、気になるものは仕方ない。私は聞いてみることにした。


「何歩目から幻影を見ていたのかしら」

「俺が目を離すなと言って二歩目からだな」


 それでもまだエレインは私から五歩程度離れていた。その五歩程度の距離を一瞬、もしくは短い時間で移動して私の背後に立ったということだ。

 技術の理屈を知ったとしても、今の私には再現すらできないということだけはわかった。


「……少なくとも相手が状況を理解する前に死んでしまうってことね」

「ああ、普通なら防ぐことは不可能だな」

「とんでもない技術ね」


 自分たちが想像しているよりもさらに高度で難解な領域へとエレインや小さき盾の人たちは到達しているということだけがわかった。

 そして、自分の未熟さが再認識されたと同時に、人間でもここまで強くなれるのだという希望も見えてきた。訓練次第ではどんな存在にもなれる。なんて言えるのは今だけだろうか。

 たとえ自分にはその領域にたどり着くことが不可能だとしても、人間が弱い存在ではないということだけは自分の心に刻み込まれた。

こんにちは、結坂有です。


小さき盾たちの技術は見れたとしても真似できるようなものではないのは確かなようですね。

高度過ぎる彼らの領域は人間の最高峰なのでしょうね。


それでは次回もお楽しみに……



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