本領の見せ所
俺、エレインはルクラリズの訓練の指導をしていた。
時刻はすでに昼過ぎとなっている。朝から始めていたが、すでに彼女はそれなりに上達してきている。いや、始めたばかりとしては上出来なはずだ。軽く護身術的なものは訓練としてやっていたそうだが、それらは体を動かす基礎なだけだ。
最低限自衛に役立つ程度のことらしく、高度な技術や術理までは教わっていないようだ。
とはいっても、俺のこの技術もそこまで高い技術ではないと思っている。なぜなら、みんなが無意識に行っているようなものだからだ。
「……結構神経使うから難しいわね」
「最初の内だけだろう」
実際に昨日と比べて彼女の動きは上達してきている。少ない練習量ではあるものの、それを感じさせないほどにはなっている。
「そうはいってもね。意識してないとできないわよ。こんなこと」
「あくまでこれらは形式上のものだ。実際の戦いでこれら型がそのまま使われるなんてことはほとんどない」
「体の使い方、なのよね?」
「ああ、今はまだ難しいだろうが、それに慣れておくほうがいい」
高難度の技だとしても数をこなせばある程度は慣れてくるものだ。それに、より難しく厳しい状況に適応しておくことであらゆる状況でも難なく動けるようにはなる。
それらはあの帝国にあった地下訓練施設で学んだ。流石にあの訓練施設と同じような訓練法などは彼女を含め、一般の人にはとてもじゃないが勧められない。
「確かにその方がいいのかもしれないわねっ」
すると、彼女は俺の不意を狙って大きく一歩を踏み出してきた。
相手の不意、つまり死角を狙うという意識を彼女は徐々に体得していっているようだ。いい傾向ではあるな。しかし、その程度では隙が多いために死角をうまく狙えたとしてもすぐに反応されて防がれてしまう。
それはルクラリズの素早い動きでも変わらないことだ。
「なっ」
腰よりも低い位置から急接近してきた彼女ではあったが、まだ技に乱れがあるようで俺にとっては簡単に防ぐことができる。
まぁ素早さだけで言えば、ミリシアといい勝負ができそうではある。あとは迷いのない直線的な攻撃ができれば申し分ないだろう。
「よく低い姿勢でそこまでの速度が出るな」
「……そんなふうに言ってるわりには簡単そうに防いでるわよね」
「簡単そうにみえたか?」
それなりにギリギリで弾いたつもりだったが、彼女からすれば軽く防いだように見えたのだろうか。今度はもう少し待ってから防いだほうがいいか。
「不意を狙ったつもりなのに、驚いた様子も慌ててる様子もなかったからそう思ったのよ」
「驚いたのは事実だ」
「攻撃に対しては絶対にそう思ってないでしょ」
彼女の言うように不意打ちの攻撃に驚いたわけではないのだがな。
「まぁいい練習相手なのかもしれないわね。普通、不意打ちを防ぐなんてできないわけし、なんどでも仕掛けれるから」
結局の所、俺が彼女に教えている技術というのは意識の部分が大きい。常日頃からそういった事を考えれるよう意識付けておくことが重要だからな。しっかりと習慣化されるまでしっかりと練習するべきだ。
セシルやミーナのように相手の動きを見て動く戦い方であれば、あの目隠しの訓練をさせてもよかったのだが、ルクラリズは良くも悪くも速すぎる戦い方なのだ。初めてあったときからそう感じたのだ。
ルクラリズは攻撃の手数で相手を圧倒するような戦い方が向いているだろう。であれば、不意を狙うという考え方自体はきっと役に立つはずだ。
「練習に付き合っているわけだからな。これぐらいは普通だろ」
「……普通じゃないからできることなんだけど」
そう言って彼女は俺にジト目を向けてくる。
別に変なことを言った覚えはないのだが、なにか問題だったのだろうか。
そんな事を考えていると、訓練場の扉が開いた。
「あ、いた」
扉を開いたのは意外にもラクアであった。彼女も訓練をしに来たのだろうか。しかし、彼女の指導役であるレイは来ていないようだ。
「練習でもしに来たのか」
「練習に入るのかはわからないけれど、模擬戦を挑みに来たのよ」
「模擬戦?」
「レイの指導は確かに私にとって意義のあるものだったわ。その成果を自慢しようと思ったのよ」
確かに彼女は体術を得意としている。そんな彼女ならレイの体捌きから得られることも大きいと判断した。どうやら彼女からしても有意義なものだったはずだ。
それに丁度いい機会だろう。ここ数日は彼女のことを見ていなかったからな。
「そうか。それならすぐにでも模擬戦を始めるか?」
「いいの? 訓練の途中じゃなかったかしら」
「ルクラリズも疲れてきていることだろうからな。休憩している間、ラクアの相手はできる」
「休憩ついでにってことなのね」
朝から通しで型の反復やら実戦形式の訓練を続けてきたからな。時間にして五時間ほどだろうか。たいして疲れているわけではない。
「早速始めるか? 体術なら剣は使わないでおくが」
「ええ、そうね。早速始めましょう」
そう言ってラクアは少しきつめにベルトを締めた。
服装的にもすぐに戦闘できるようで、息を整えた彼女はレイから指導を受けていた構えを取る。
学んだことをすぐに吸収できている辺りはルクラリズと同じく評価できるな。しかし、問題はどこまで彼の技術を体得しているかだ。見た目だけなら誰でも真似することができるが、技の本質まではすぐに理解は出来ないからな。
「……いつでも構わない」
「じゃ、先手は取らせてもらうわっ」
すると、彼女の目に光が宿る。
彼女は自らの体内には精霊を宿している憑依型だ。存在自体が聖剣みたいなもので、自らの身体能力をかなり引き上げることができる。どこまで引き上げられるかは宿っている精霊の強さにも依るらしいが、かなり強い精霊だということは今までの動きから推測できた。
「ふっ」
十数歩も離れていたが、ほんの瞬きほどの間で一気に間合いを詰めてきた。この辺りはレイの動きに似ている部分がある。もちろん、それらは身体能力を引き上げているからできる芸当なのかもしれないがな。
しかし、彼の強さはそれだけではない。技の重さや正確性も必要となってくる。
それらをどこまで会得しているのかが彼女の見せ所だろう。
「速っ」
そう声を漏らしたのは後ろのベンチで休んでいるルクラリズであった。彼女も素早い動きで相手を翻弄できるが、第三者から自分の動きは見れないからな。ルクラリズもラクアと同じような速さではある。
あと一歩で彼女の間合い、つまり腕が届く範囲に入る。当然ながら、俺の間合いにも入っているわけだ。
「っ!」
高速で突き出した彼女の右拳を俺は体を横に回転させることで避ける。
もちろん、そのことは彼女も俺の動きは想定していたようですぐに追撃しようと軸足をあげる。だが、俺は次の攻撃が繰り出される前に自らの身体を相手の懐へとねじ込んでいく。
少し無理な態勢ではあるが、別に殺し合いをしているわけではない。反撃ができればいいだけの話だ。
「うそっ」
避ける際の回転力を維持したまま、俺は右肩で彼女を突き上げる。片足立ち状態だった彼女はそれによって大きく姿勢を崩したものの、持ち前の高い身体能力ですぐに立て直す。
かなり丈夫な体幹を持っている。森や山などの足場が不安定な場所を全速力で駆け回ると言った訓練を毎日のようにしていただけはあるな。
「くっ、初撃を外したのは辛いわね。かなりの速度だったと思うのだけど」
「あの攻撃、レイに見せたことがあるのか?」
「……レイに対してただただ走り込んで言ったら、蹴り飛ばされるだけだからね。今回は少し工夫してみたのだけど、通用しなかったってことのようだわ」
そう言って彼女はすぐに構えを取り直す。
彼女の目は依然として光を宿している。今度こそ拳を命中させるという強い意思があるようだ。
教わっているというよりかはレイと戦って常に自分の戦い方を進化させていっていると言った印象だ。確かにその方が彼女にとってはいい刺激になっていることだろう。
戦いの幅が増して、より柔軟に動くことができる。それは彼女にとっていいことのはずだ。
「でも、これならどうかしらっ」
すると、また彼女は走り込んできた。速度は先ほどと変わらないものの、それでも違和感があった。
歩幅が先ほどとほんの少し違う。
ということはつまり……
「はっ」
大きく突き出してきた左拳を俺はあえて右手で受け止める。
ズンッと鈍い衝撃が手首から肩へと伝わっていくのがわかる。本気で殴っていたら脱臼は免れないだろうな。しかし、その辺りは手加減をしていたようで怪我をすることなく受け止めることが出来た。
まぁ彼女にとっては想定外だったようだがな。
「えっ」
そして、次の瞬間にはラクアは宙を一回転して地面に倒された。
こんにちは、結坂有です。
ラクア、いい感じに強くなってきましたね。この調子だと小さき盾として正式入隊もありえそうです。
それにしても、ルクラリズは一体どのような存在になっていくのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに……
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