真実に隠された心意
私、ミリシアはリーリアとともにもう一度聖騎士団が管轄する監獄へと向かっていた。今回はアレクやレイとではなく、エレインのメイドを務めているリーリアを連れてきた。
理由としては、彼女の魔剣にある。彼女の魔剣、スレイルは人や魔族などの精神状態を分析することができる。もちろん、分析だけでなく他にも誘導することも可能なようだ。洗脳ほど強い効力はなくとも、それに近いことなら簡単にできる。
今日はそんな彼女の魔剣の力を借りて、反議会組織のリーダーを問い詰めるという計画を立ててみた。
まぁエレインとの訓練を邪魔したのには申し訳ないと思ったものの、こればかりは仕方のないことだ。本当はもう少し後で実行する予定だったが、昨日のアレイシアの話を聞いたところ早い段階で終わらせた方がいいと判断したのだ。
「ミリシアさん、反議会組織のリーダーのことなのですが、もともと聖騎士団に所属していたとの話ですよね」
「ええ、それなりに実力を持っているようではあるけれど、今は監獄の中。聖剣を持っているわけでもないわ」
「どの役職に就いていたかわかりますでしょうか」
「えっと、調べたところだと一応、六人規模の分隊を率いていたみたいね」
あのリーダーは分隊長として数年程度聖騎士団に所属していたようだ。それは彼の話と書類を見比べて事実なのは確認している。
しかし、それでもわからないことがある。それは分隊長としてどれほどの腕があったのかだ。もしかすると、分隊長としてそこまで優秀ではなかったからこそ、脱退させられたのではないだろうか。それか、とんでもないミスを犯してしまったかだろう。
そのあたりのことはブラドに聞けばいい話ではあるが、そこまで必要な情報かと言われればそうでもないか。
それから私たちは馬車に乗り、監獄へと向かうことにした。今日の天気は晴れで眩しいほどの日差しだ。
眩しい景色を眺めながら馬車に揺られること二時間少し、私たちは監獄へと到着した。
今日も昨日と同じく収監者は不気味な視線を私達に向けてくる。
そんな視線に億劫になっているが、リーリアはこういった場に慣れているのかいつもと変わらないクールな表情を一切崩していない。
「リーリアは平気なの?」
「何がでしょうか」
「……殺意はないけれど、悪意を含んだ視線が私たちに向けられていることよ」
「慣れているというのは正しくありませんね。私と彼らとは違う環境にいるのですよ。何も彼らのことを考える必要はないということです」
確かに私たちは自由に過ごすことが出来ている。しかし、彼ら収監者は常に誰かに監視されており、生活的にも自由ではない。エルラトラムにとって、聖騎士団にとって大罪を犯した彼らを自由にしてはならないからだ。
国の秩序や安全を守るための必要悪とも言える。
彼女はどうやら環境の全く違う彼らのことをあまり考えていないようだ。考えるから気分が沈むため、考えないほうがいいのだろう。
「まぁそう捉えることが出来たら少しは楽なのかもね」
「はい。今考えるべきは自分のことだと思っています。めまぐるしく変化する日常で自我を保つためにはそうするしかないのですから」
「それはそうなんだけど」
「難しい話でしょうか」
私も彼女のように冷静でいようと考えてはいるし、彼女のような考えなら気が滅入らないことも理解はできる。しかし、実際にそういった考えができるかと言われれば、そう割り切れる話でない。
彼女に関しては魔剣の力で自身の精神を平均化しているからできることなのかもしれない。それか、私たちと同じで幼い頃からの訓練の成果だろう。
「そうすぐには割り切れないわね。戦いにおいてでしか訓練してこなかった私からすれば難しいわ」
「そう、ですか」
聖騎士団員に案内されながら、そんな話をして監獄の中を歩いていく。
昨日も今日も肝の据わった人がいたから動揺せずに平静を保てているけれど、もしそのような人が誰もいなくて自分ただ一人だったとすれば、いつものポテンシャルは発揮できないことだろう。
しばらく廊下を歩いていき、監獄の中心部へとたどり着いた。
「この先になります」
「ありがとう」
そう言って彼は重たい鉄扉を両手で開けて、私たちを中に入れてくれた。
鉄扉を開けた先には昨日と同じくリーダー格と思われる男が椅子に座っていた。
「彼がそうなのですか?」
「ええ、そうよ」
「……知り合いです」
そういったリーリアは先ほどまでの目とは少し違うように思えた。彼女も聖騎士団にいたことがあったということで、知り合いだったとしてもなにもおかしくはない。
「へへっ、誰かと思えば冷徹無敵のリーリアかよ」
「お久しぶりです」
「その服装、メイドをやってるのか?」
「はい。とある方の従者を務めさせていただいてます」
まぁそのとある方というのは剣聖であるエレインのことなんだけど、そのことは今は関係のないことだ。
彼女の話しぶりからすると、ただ知っているだけというよりかは交流があったようにも思える。
「アドリスか?」
「いいえ、違います」
「自分より強いやつとしか組まねぇくせにな。誰だ? そこの女か?」
「……大罪人のあなたには関係のない話です」
そうきっぱりとリーリアは言っているが、少しばかり面倒そうな顔をしている。確かに昨日のときも面倒な相手だとは思っていたが、知り合いである彼女から見ても面倒そうなのは変わりないようだ。
しかし、私たちの思った面倒さの本質はどうやら違うのだろう。
「そういうなよ。一緒に死地を切り抜けた仲だろ?」
「あまり関わりたくはありませんでしたが、これも仕事の内です。これが終われば一切話はしません」
「へっ、そう思ってんのか? 誰のメイドかは知らねぇが、いずれわかることだ。お前らが間違ってたことにな」
「私の主人も、議会の方針も間違いなどございません。人間として自由を求め、生き続けることの何が悪いというのでしょうか」
そうリーリアが反論する。
人間は自由を求める生き物だと言われている。確かにそれは事実だろう。ただし、その自由は自らを縛る足枷であるというのもまた事実だ。
「自由、か。お前らはまだ真実を知らねぇだけか」
彼は強い語気でそう言ってくる。本当に私たちが知らないだけだろうか。
そんな彼からため息をついて視線をそらしたリーリアは私の方を向いた。
「……ミリシアさん、彼は洗脳されているわけではございません。精神状態もある点を除けば、安定しております」
「わかったわ。つまりは妄信者ということ?」
「そうなりますね」
「お得意の精神分析かよ。そのためにリーリアを呼んだってか?」
そう言って彼は私の方を強く睨んできた。
昨日の私は魔族に洗脳などを施されていると仮定していたが、実際はそうではなかった。ということは、彼らの心はすでに魔族へと心酔していることを意味している。
無理やり思想や考えを捻じ曲げられたというよりかは自ら進んでその考えを選んだということだ。そして、それらが証明されたことで信じたくもない事実が浮上してくる。
「……事実を知りたいからよ」
「昨日は言ってなかったが、俺たちは魔族に支配されるための存在だってことだ。リーリア、あんたならわかるだろ。従者である者が主人を殺すなんてありえねぇ」
彼の言う主人というのは上位種の魔族のことだろう。
人間は魔族の従者に過ぎないという考えは初めて知った。魔族には決して逆らうことの出来ない存在だと心から信じている証拠なのだ。
「いいえ、私は少し違うと考えています」
「あ?」
「主従関係というのは絶対的です。ですが、それは互いの信頼の上に成り立っています。その信頼が崩れた瞬間、主従関係というのは崩壊していくだけです」
「崩壊?」
「はい。あなたは魔族のことを信頼できるのでしょうけれど、私は魔族を信頼することが出来ません。よって、魔族との主従関係は成り立たないのです」
主従の関係は信頼関係の発展形であると捉えているリーリアからすれば、彼の考えは間違っていることになる。
ただ強い存在に従うだけの関係ではないということを彼女は言いたいそうだ。確かに彼女とエレインの関係を見てみると、互いに信頼し合っているということがよくわかる。
「あなたのような考えを持っている人は多いのかもしれないわね」
「……そうなのでしょうか」
「ええ、強い人に従う。自らが生存するための考えの一つよ」
「わかってねぇな」
そう彼は私たちから顔を背けた。
何か心当たりがあるのだろう。おそらくは聖騎士団として活動していく中で、圧倒的な力の差を魔族との戦いで感じたのかもしれない。
「だけど、私たちは屈しないわ。魔族に支配されるなんてごめんよ」
「はい。ミリシアさんのおっしゃるとおりです」
「おまえら、破滅を見るぜ」
「そうなった時は私たちを笑えばいいわ」
「……」
私がそういうと彼はただただ睨み返すだけで何かを言うことはなかった。
それから私たちは部屋から出て、家に帰ることにした。
今日、得られた情報は確かに今後の活動に必要なものではあったが、わざわざ議会に向かってまで報告することでもない。私たち小さき盾が知ってるだけで十分だ。
帰りの馬車の中で私は考えていた。
魔族の力に屈してしまった彼はもう戦うことはできない。聖騎士団に入れるほどの実力を持ちながらも、自らの考えがそれを邪魔しているのだ。私も自身の心を強く保つ必要がある。
私の心の拠り所となるのはなんだろうか。そう考えた瞬間、ある人の顔が思い浮かんだのであった。
こんにちは、結坂有です。
主従関係とは信頼関係の発展形、たしかにそうなのかもしれませんね。
信頼できる間だからこその関係性なのでしょう。エレインとリーリアは理想的な間柄のようです。
それでは次回もお楽しみに……
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