失われた正義
第三次魔族侵攻の日、私がエレインを部屋に隠れさせた後のこと。
「ミリシアさん、魔族が追ってきてますよ」
後ろでユウナが焦りながら話している。
それも当然だ。私たちには魔族に対抗する術を持っていないのだから。
ただ、時間稼ぎならできる。
エレインが言った通り、宰相の言っていた最善の策なのであればこれはやらなければいけないことだ。
「確か、この奥ってコントロールルームだったわね」
「そうだと思います」
コントロールルームで通路を封鎖し、迷路状にすることができればかなり時間稼ぎができるだろう。
当然、無理に閉じ込めることはしない。
魔族が破壊行為に及んでしまった場合、それこそエレインが見つかってしまう可能性だってあるからだ。
一方通行の長い道になるように誘導する必要があるのだ。
「ユウナ、その隔壁を閉じて」
「あ、はい!」
防火用の扉だが、知能の低いと言われている魔族相手には十分に機能するはずだ。
ドンッ!
鈍い音が廊下に響き渡る。
「ひっ!」
「すぐに壊せないとわかったら大回りするでしょうね。こっちで通路を作ろ」
「……わかりました」
コントロールルームに入ると、すでにいくつかの隔壁が機能していた。
全軍を動かすために作られた通路があり、そこから兵士が雪崩のように飛び出すことが可能だ。
しかし、この作戦は終わった後だ。
それにその作戦はどうやらあまり時間稼ぎにはならなかったようでもある。
一体の魔族の侵入を許してしまったからだ。
「どうやって操作するのですか」
「複雑なシステムのようね。とりあえず触ってみるわ」
ここにある機材はどれも複雑に絡み合っている。どのような操作をすればどの扉が閉まるかわからない。
「第三通路の隔壁が閉じました!」
適当に触ってみたボタンはどうやらそこのようであった。
ここが第三通路であるなら、このボタンが第六通路だろうか。
「第六通路、隔壁が閉じてます」
「よかった。このまま通路を作っていくね」
そうして、長い一本の道になるように隔壁を閉じていく。
「さっきの魔族、怒ってるみたいね」
「兵士の死体を蹴り上げています」
私の作った通路はこの施設を三周するほどの長さがある。
かなり怒っているようだ。
「それで、私たちはどうするのですか?」
「そうね。ここからは出られそうにないし……っ!」
すると、床が揺れ始めた。
『コントロールルーム自壊シーケンスの実行を開始します』
「え? どう言う意味?」
ゴゴゴゴッという地割れのような音を放ちながら床が崩壊し始める。
「ユウナ!」
私は彼女を抱き寄せ、落下の衝撃に耐えられるように態勢を整えた。
「ミリシアさん! ミリシアさん!」
砂塵に覆われた部屋に私たちは落下したようだ。
「……ここは?」
「食材用の倉庫のようですね」
足元に転がっている缶詰がどうやらその証拠のようだ。
「職員の人が言っていたのですけど、ここには全国民の一年分の食料が眠っているそうですよ」
「私たちだけでは食べ尽くせないわね」
さすがにこの数は食べられない。
とは言え、長く過ごす分には問題ないと言うことでもある。
「……生き残るつもりはなかったのだけど、ここに来てしまった以上は仕方ないわ」
「どう言う意味ですか?」
「出られる保証はない。でも生きれるところまで生きましょう」
「そうですね。その方がいいと思います」
見た感じだと完全に扉は封鎖されている。私が隔壁を閉じたのだから当然だ。
崩れた天井も数十メートルもあるため、そこから脱出するのも難しいだろう。
せめて、エレインだけでも聖騎士団に救助されれば私たちの役目は終わり。ここで飢え死にするのも、魔族に殺されるのも同じことだ。
私のできる時間稼ぎは隔壁で迷路を作るぐらいだったが、それでも十分だっただろうか。
それから数日経っただろうか。
「ミリシアさん。ここの缶詰には飽きてきました」
「食べないと飢え死にするわよ」
「こ、怖いこと言わないでください……あ、調味料!」
「ん?」
すると勢いよく立ち上がったユウナは棚から何かを取り出した。
それはマスタードであった。
「これで少しは味が変わると思います!」
そう言ってマスタードの瓶を丸ごと缶詰に詰め込んで、スプーンで一口食べた。
「っ!!……辛い!」
「当たり前でしょ。そんなに入れたんだから」
保存の効く缶詰として私たちが食べているのは米を主体としたスープのようなものだ。
薄味で長く食べていると飽きてくるものではあるが、栄養価の高いものであるのは確かだ。
そこにマスタードを大量に入れたのだから、ほとんどマスタードの味しかないだろう。
でも、少しだけ興味はある。
「食べてみます?」
「……一口だけ」
そう言うとユウナはスプーン一杯分を掬って、口元へと運んでくる。
黄色くなってしまったスープ、そして鼻腔が麻痺するような刺激に耐えながらも口の中へと入れた。
「っ!」
「辛いでしょ」
「辛過ぎよ。それに匂いもきついし……」
なんとか飲み込んだが、喉に引っかかる異物感はなかなか拭えなかった。
今日の食事も色々とあったが、私たちは昼食を食べ終えた。
「それにしても静かですね」
「ええ、そうね」
「このまま私たちは歳を取って、死んでいくのかな」
「そうかもね」
言葉にしてみると悲しく聞こえる。
しかし、私たちは覚悟をしていた。
エレインを隠れさせた時から、私が走り出した時から。
その覚悟は今も変わらない。死ぬのが少し長引いただけに過ぎない。
そんなことを思い返していると、外から金属音が聞こえる。
「なんの音でしょうか」
「この音は……」
キュリィィン!
そんな音が複数回聞こえてくる。
そして、明らかに音が大きくなってきている。
「ユウナ、剣を貸して」
「え、あ、はい!」
そう言ってユウナは腰にある鞘から引き抜いて私に渡してくる。
「下がってて」
すると、また凄まじい金属音が聞こえたと同時に目の前の隔壁が破壊された。
「なんて力なの……」
そんなことを言っている場合ではない。これが魔族なのか、人間なのかわからないが警戒を解くわけにはいかない。
すると、埃の中から剣を持った男がやってきた。
「……エレイン?」
一瞬鼓動が高鳴るのがわかった。
やはり、私のこの想いは恋なのか。
だが、それはすぐに違うと突きつけられた。
「生存者を二人確認……」
「あなたは?」
男は確かに人間だった。
腰には三本の剣、この人が聖騎士団なのだろうか。
「俺はエルラトラム聖騎士団団長のブラドだ」
「団長?」
「調査していたのだが、どうやら生き残っていたのはお前たちを含めて四人のようだ」
ブラドはそう言って私の手を取った。
「それにしてもこの部屋、からし臭いな」
「……ごめんなさい」
そう私の後ろでユウナが呟いた。
〜〜〜
これが私がエルラトラムに入るきっかけとなったのだ。
救助してくれたブラド団長は私のことを特別に扱ってくれた。そのおかげで私はこの国で生きていけている。
そんなブラド団長は議会の不正を暴いて、議会を乗っ取ろうと考えている。
彼が議長となれば、国政と軍事の両方の権力を持つことになる。
半分独裁状態となるが、その分自由度が高く決定力もある。
そして、私は何をしているのかというと議会で手に入れた情報を報告しているところだ。
「この情報があれば、奴を失墜させるのに十分だ」
「会議室で録ったわ。それにしてもエレインのことを言っているのよね」
「ああ、お前が彼を裏で助けたことになるな」
「それならよかったのだけど……」
こう言った任務であれば簡単にできることだから問題ない。
でも、不満がないと言えば嘘になる。その一つとして彼はなかなかエレインと会わせてくれないのだ。
理由があるのはわかっている。彼は今フラドレッド家に養子として住んでいることになっている。
フラドレッド家はもう一つの議会と呼ばれるほどの強力な権力を持っている家系だ。
そんな家系に養子として入っている以上、無闇に刺激するのは得策ではない。
ブラド団長によると、その家系は犯罪に関与しているとのことだ。
まだ、その証拠は手に入れていないのだが。
「なんだ、エレインに会いたいのか?」
「そうよ。でもそれができないのはわかってる」
「早く会いたいのなら、俺に従え」
「……わかったわ」
彼の言い方はきついが、優しい人でもある。
エレインを助けるためにももう少しだけ私が我慢する必要がある。
私と出会ったらきっと驚くことだろう。
あれから一年半以上経っているんだ。驚かないはずがない。
「そう言えば、もう一人救助した人ってどうなってるの? あれから話がないのだけど」
「ああ、まだ病院で精神の治療をしている」
私とユウナ、そしてエレインの他にもう一人救助された人がいたと言っていた。
しかし、その人とは一度も会ったこともない。
話によればまともに会話ができる状態ではなかったということだ。だから今は病院の方で治療を受けているそうだ。
魔族に脅かされたのだ。そうなってしまっても無理はないだろう。
「一年も病院にいては逆に病みそうだけど」
「仕方あるまい。あの状態で街中を歩かせるのはリスクがある。それに俺が教えられることも限られている」
そこまでの状態なら確かに必要な処置なのかもしれない。
それでも教えて欲しいものだ。
私だって自分の意思で判断したいと思っている。いつまでも上からの命令だけで動けるほど機械ではないのだから。
上司としてブラド団長は信頼している。だけど私にも情報を教えてくれないとわからないことだらけだ。
「……私、エレインのためならなんでもする。だから本当のことを教えて欲しいの」
「本当のこと、か」
「うん」
すると、彼は今まで見せたことのない邪悪な目で私を見つめた。
「俺は平和を築きたい、そのためなら手段を選ばない」
「……それは嘘でも?」
彼は振り返って地図を見た。
「ああ」
一段低い声でブラド団長はそう言った。
何が嘘で何が本当なのか、私はわからない。
わからないから従うしかない。
いつか私にも真実がわかる日が来るのだろうか。
こんにちは、結坂有です。
なんとミリシアが生き残っていたようです。そして、ユウナも。
あともう一人は誰なんでしょうか。もう気付いている方もいると思いますが……
それにしてもブラド団長は一体何を考えているのか、気になりますね。
エレインの敵でないことを信じたいところです。
それでは次回もお楽しみに。




