幕間:運と実力は表裏一体
俺、エレインは家の訓練場でルクラリズとリーリアを指導していた。
リーリアに関してはもともと会得していた剣術に俺の技術をうまく組み込む必要があったが、それよりもルクラリズに基礎から教え込むのに時間をかけてしまった。途中で昼食休憩を挟んだとは言え、三時を過ぎた今、まだ意識の死角を狙う技術の一つも習得できていない。
まったく剣術に関して何も知らない状態だから仕方のないことなのだろうがな。
「ルクラリズさんは体得するのが早いですね」
「え、そう?」
「早い方だと思います。エレイン様もそう思いますよね」
「……ああ、そうかもな」
リーリアからすればルクラリズはうまくできているように見えているのか。確かに体の動きに関してはすぐに覚えているように思える。
ただ、細かい筋肉の使い方などに関してはまだ洗練できていないが、最初からそこまで求めるのは酷と言えるか。
「その様子だと、納得してないみたいね」
俺の歯切れの悪い返事にカインがそういった。
そもそも見た目が人間に近いだけで、筋肉の作りまで同じかどうかはわからないからな。そのあたりはまだこれから調べていく必要があるだろう。とはいえ、見てすぐに動きを真似ることができるというのは評価できるな。
「とはいえ、動きだけでも真似ることができれば上出来だろう。あとは練習を続けることで最適な動かし方を習得していくしかない」
「……そう、エレインがそういうのならそうなのかもね」
「はい。ルクラリズさんは剣術を知らないのにも関わらずここまで形にできているのですからすごいですよ」
リーリアの流派は一つの技を覚えるだけでもかなりの訓練期間を要すると言われている。だから、複数の技を同時進行で習得するという他流派にはない訓練方法のようだ。効率よく多くの技を覚えるのにそうした方がいいだろうな。実際にあの地下訓練施設でも似たような方法で訓練を行っていたと記憶している。
そのような訓練を受けてきた彼女は一つの技術であったとしても長い時間かけて身に染み込ませていく。そんな彼女からすればルクラリズの短い時間でしっかり形に出来ているのをすごいと評価するのは当然といえるか。
「だけど、意識の死角を狙う技術はまだ習得できていないわ。もう少し頑張ってみる」
そう言って真っ直ぐ俺を見つめるルクラリズはしっかりと技を習得したいという強い意志が見て取れた。あのときのクレアを思い出させるようなその目に俺は応えないといけないな。
今日の夕方までにはなんとしても技術を身に付けさせることにしよう。
◆◆◆
私、ルクラリズはなんとかエレインの訓練に付いていくことが出来ていた。彼が私のペースに合わせてくれたのかもしれないけれど、それでも複雑な動きをする彼の技を少しでも覚えることが出来たのは良かったと言える。
魔族の街にいた頃、護身術的に訓練をしていた成果だろうか。普段から体を動かすことをしていなければきっと彼に追いつくことすら出来なかったはずだ。
まぁともあれ、ハードな訓練を終えるとリーリアは夕食の準備を始めるために家の中へと入っていった。カインもどうやらリーリアのお手伝いをするそうだ。訓練場には私とエレインだけで、今は訓練場の倉庫で使った木剣などを仕舞っていた。
「……本当に私、うまく出来ていたの?」
「まだ荒い部分はあるが、それは訓練を続けていく内に上達していくはずだ」
「そう、それならいいのだけれど」
「まぁ人間と同じ見た目というだけで、筋肉の付き方まで一緒とは限らないからな。細かい技術はリーリアの言っていたように時間をかけて身に付けていくしかないだろう」
確かに彼の言っていることは正しいだろう。人間と何もかもまったく一緒ということはまずないと思う。もともと魔族の体を持っていた私は神を喰らうことで人間の体を得た。ただ、それは見た目だけの可能性だってある。
内蔵の配置だったり筋肉の細かい構造までも同じだとは断言できないからだ。
まぁ私が喰らった女神が魔族の体を完全に変化させるほどの力を持っていたのかは想像でしかないためわからないけれど。
ただ、それにしても今回の訓練は私にとってもかなり意外なものとなっていた。魔族の街で教えてもらったことよりもさらに詳しく、そして細かい部分まで教えてくれた。エレインの実力が高いと言うよりも、今まで人間が歴史をかけて培ってきた技なのだと実感した。
もちろん、それらを体得している彼もとんでもない人物であるのには変わりないが。
「魔族の街では本当に訓練してたつもりになってたわ。ここまで細かい部分まで気を配ったことなんてなかったから」
「仕方ないと思うがな。人間は魔族と違ってほとんど同じ体をしている。だからこそ、ここまで術が進化してきた」
そう言って、エレインは訓練用の木剣を壁に立て掛ける。
「いわゆる知性ってことかしら?」
「ああ、何も俺だけが強いってわけじゃない。俺はただ教えられたことを習得しただけに過ぎない」
「……しっかりと自分のものにできているだけでもすごいと思うわ」
当然だが、彼は今まで想像できないような訓練を受けてきたに違いない。本来はエルラトラムの人間ではなく、今は滅亡してしまった国の出身らしい。その国は技術的にとても発達していたようで、そこでミリシア、アレク、レイと超特殊な訓練を受けていた。
ユウナも訓練を受けていたそうだが、エレインたちのような高度過ぎるものは受けたことがない。本人はそう言っているものの、普通の人からすればハードな訓練の部類にはいるみたいだ。
私がそういうと彼は小さくため息をついて口を開いた。
「遺伝的に高い能力を持っていたのは確かかもしれないが、それを最大限に進化させたのはあの地下訓練施設であり、指導者のおかげだ。俺だけの力ではない」
「そう、かしら」
「持っている能力を活かすことができたというのはただただ運が良かっただけだ」
彼はそう言って倉庫の扉を閉めた。
その言葉はすぐに理解できなかったけれど、じっくり考えてみると理解することが出来た。彼が言いたかったのはおそらく環境がよかったから今の自分がいるということだろう。
彼の両親もエレインと同じく高い能力を持っており、幼い頃からエレインと同じく育てられたら強力な剣士になっていたのかもしれない。それに生まれる国が違っていればせっかくの才能を活かすことも出来ない。さらに、そもそも魔族なんていない時代であれば、戦争なんてない時代であれば彼の能力は何の評価もされないのだ。
努力だけでは変えられないあらゆる幸運が重なったがゆえに、エレインという存在が形成されている。
そのことがわかった私は少し思い切ったことをしようと考えた。
訓練を終えてから時間が経ち、今は夕食を食べ終えてお風呂に入っていた。エレインはすぐ横の脱衣所で待ってくれている。
「ねぇ?」
「なんだ」
私が呼びかけるとエレインはすぐに返事をしてくれた。曇りガラスの奥に見える影が動いたのが見えた。湯に浸かっている私は曇りガラスの奥を見据えながら話を続ける。
「これの使い方がわからないんだけど……」
一通り風呂場の道具については教えてもらった。シャンプーとボディソープの違いやきめ細かい泡を立てるネットのことも知っている。しかし、それらを教えてくれたのはリーリアであってエレインではないのだ。
「使い方がわからない?」
「今まで聞かなかったのだけど、気になってね」
私は湯船から出て、扉を開けた。
曇りガラスでエレインがすぐ扉の前にいることは気付いていた。私は躊躇することなく彼の腕を引っ張って風呂場へと案内した。
「……」
「これって何に使うものなの?」
私は泡立てネットを指差して、彼にそう質問した。
「教えてもらってないのか」
「うん。石鹸とか、そういう最低限のことしか教えてもらってないの」
私は嘘をついた。
このネットのことも知っているし、風呂場のことは細かいところまでリーリアに教えてもらった。
「なるほどな。泡を作るのに使うもので……」
彼はゆっくりと説明してくれる。
こんなことでも真剣に教えようとしてくれる彼にいつのまにか私は興味が湧いていた。いや、興味だけではないのかもしれない。今まで感じたことのないこの感覚は一体何なのだろうか。
「ルクラリズ?」
エレインが優しく呼びかけてくれる。なぜか胸が引き締まるような感覚に心地よさを感じた。
気付けば私は彼の肩に寄りかかっていた。彼と接している部分が次第に熱くなってくる。少しのぼせてしまったのだろうか。
「運命って信じてる?」
「……運命?」
「だって、エレインがそこまで強くなれたのってきっと運命なのよ」
「どうだろうな。運命と言う言葉はどうもこじつけだと思っているがな」
こじつけ、確かにそうなのかもしれない。
未来がどうなっているかなんて今の私たちには判断できない。だからこそ、過去を見返して運命なんだと自分を勇気付けるためのおまじないのようなもの。
「だけど……」
私がそう言いかけた途端、風呂場の扉が開いた。
「全裸で誘惑、ですか?」
扉を開いたのはリーリアであった。
「道具の使い方を教えようと風呂場に入っただけだ」
「おかしいですね。私は教えていないことなど一つもないと思っていましたが……」
彼女がそう言うと二人して私を見つめてきた。
おそらく二人は私の反論があれば聞いてくれるだろう。だけど、今回に関しては何も反論することが出来ない。そもそも嘘をついたことを正当化できるほど、まともな言い訳なんてあるはずがない。
ここは正直に話す方がいいか。
「……仕方ないじゃない」
「仕方なくありません。いいですか? ルクラリズさんは自由な身ではありますが、あくまで保護観察中なのです。もう少し自分の立場というものを……」
それからリーリアにひどく説教を受けたのは言うまでもないだろう。
こんにちは、結坂有です。
今回は少し哲学的な回となりましたね。
本編とは関係のないわけではありますが、いかがだったでしょうか。
能力というのはやはり運なのかもしれませんね。
それでは次回もお楽しみに……
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