裏切り者の真意
目の前に水を入れたコップを持った男がいる。そして、彼が僕、アレクの方へと歩いてきたと同時にレイに合図を出した。
「ふっ」
僕は一気に男を蹴り上げる。縛られているロープを引きちぎりながら繰り出されたその蹴りは男の股間へと強く命中する。もちろん、普通の人間であれば、これほどの力を出すことは困難だ。ただ、僕には義肢がある。僕の片足はもはや人間のそれとは比べ物にならないほどの力を引き出すことができるのだ。
「うぅがあぁ!」
「っ!」
当然ながら、周囲にいる人もすぐに異変に気がつく。
僕たちの周囲を取り囲むように聖剣を持った男たちがいる。それぞれ強い聖剣ではなく、強力な能力は持っていないように見える。しかし、僕たちは丸腰だ。武器を持った相手複数人と対峙するのは非常に危険と言える。
「おらっ!」
レイもすぐにロープを引きちぎると縛られていた木製の椅子を振り回す。
僕たちの武器があるのはこの部屋の隅だ。そこまで行くには少しばかり無茶なことをしなければいけないのだが、これぐらい、地下訓練よりも厳しいというわけではない。
「ロープが、どうしてっ!」
「悪いが、その程度で彼は止められないよ」
「なっ……リーダーに連絡をっ!」
「た、ただいま出ていかれたばかりで……」
そう、それを見計らって僕たちは行動したのだ。すぐに彼を連れ戻すことはできないことだろう。そして、僕がどうしてリーダーと戦おうとしなかったのか、それは彼が強力な聖剣を持っていたからだ。
聖騎士団に所属していた人なのだ。
この組織は慈善団体と言う名で地方では有名だった。聖騎士団員がメンバーのリーダーとなっていることから信頼が高かったそうだ。それは彼らの活動報告書からも伺うことができた。しかし、一番の問題は寄付された金額の一部が行方不明だということだ。
もちろん、寄付金を誰かに給料として支払ったのなら問題はない。だから、僕とミリシアはこの組織に関わったことのある人物の収益情報を調べ上げた。予想通り、寄付金が給料として支払われた情報は見当たらず、更にこの組織を調べていくとフェーン村の一区画を用途不明で買い取ってもいたのだ。
情報から得られることはそれぐらいではあったが、彼らの活動は魔族の侵攻と関連しているのも見つかったからな。当然ながら、魔族と繋がっている可能性が高かいとすぐに推測することができた。
「だったら、すぐにでも……」
「行かせるとでも思ったか?」
「い、いつの間にっ!」
そう言った直後、彼は数メートル先まで飛ばされ気絶した。
「ば、バカなっ」
「警報をっ!」
すると、大きなアラーム音が鳴り響く。
見た感じだとしっかりとした施設のようには見えなかったが、流石に警報装置の一つや二つはあったみたいだ。
まぁここにいる人が少し増えたところで僕たちを止めることはできないけどね。
「レイっ、聖剣を頼む」
「おうよっ」
そう言って彼は勢いよく、駆け出す。豪速で走り出す彼を止めることは用意ではないからな。
そんな彼を見ていると、僕の正面から三人の男が走り出してきた。
まだ両手が縛られている僕なら倒せると思ったのだろう。
「はっ」
地面を蹴り、後ろで縛られている椅子を盾のように扱い男を攻撃する。もちろん、後ろからとなる攻撃を僕は相手の剣を受け流すように防ぐ。まともに受けてしまってはこの木製の椅子は簡単に斬り裂かれてしまうからね。
「こいつっ、なんで後ろ向きで戦えるんだよっ!」
そんなことは簡単だ。五感で戦う訓練をあの地下施設で何度もしてきた。そんな訓練と比べれば、今回は後ろ向きと言うだけで感覚を失ったわけではない。
何も難しいということはないのだ。
「アレクっ!」
すると、レイがそう大きな声で言うと僕の聖剣を投げてきた。
それを僕は後ろ向きで掴むと聖剣の力でロープがはち切れる。大聖剣ハンセクルスの能力は”増幅”といって剣撃の威力を引き上げるのが目的なのだが、使い方によっては拘束具を引きちぎるのもできないわけではない。
「くっ! なんとしてもここで食い止めるぞっ」
「やれるもんならやってみろっ」
レイがそう挑発する。
しかし、彼らはすぐに襲いかかってくるわけではない。聖剣を持っていることからある程度は武術を習っているわけだからな。
「……レイ、あまり時間をかけるのはよくないからね。こちらから戦うほうがいい」
「なら、こいつら……」
「剣の力を使わなかったらなんでもいい」
「だったら、殺さない程度にやるぜ」
相手を殺すのは簡単だ。剣の能力を使えば簡単に殺すことができる。しかし、俺たちは人を殺す部隊ではない。
あくまで議会を守る存在だ。確かに敵対している組織だが、同じ人間だからな。殺す必要性などなにもない。
「嘘だろっ」
すると、レイが一気に駆け出した。彼の魔剣は”超過”という能力で自らの能力を引き上げる力だ。もともと人間を超えた力を持った彼が更に強い力を手に入れたとなれば、普通の人間なら一瞬で死んでしまうことだろう。
魔剣の能力を使わなかったとしても彼を止めることはできない。
「おらっ!」
強烈な金属音が弾けるように鳴る。
彼らの持っていた聖剣は陶器で作られたかのように砕け散り、金属の粉が舞い上がり美しい情景を描き出している。
「受け流すように受け止めるんだっ!」
「てめぇらにはできねぇよっ!」
レイの言うように高速で繰り出される攻撃を瞬時に見極めて剣の腹で受け流すのは至難の技だ。並の実力だと無理に等しい。
それにうまく受け流せたとしても彼の止まることのない熾烈な追撃は反撃の余裕を与えない。
「ど、どうしてだっ」
「実力不足、だね」
僕も聖剣を引き抜いて走り出した。もちろん、聖剣の力を使わずにだ。
そして、僕たちは連携してこの建物にいた全員を倒すことに成功した。
全てで二〇人近くいたが、無理などなにもない。
「レイ、議会の方に向かってくれるかい?」
「あ?」
「リーダー格の人がそっちに向かってるみたいだからね」
「……アレクはどうすんだ?」
「僕はここでもう少し調べておくよ」
だが、僕にもやるべきことがある。ここに来た本来の目的は組織を全滅させるだけではない。
「へっ、気をつけろよ?」
「ああ、君もね」
僕がそう言うと彼は一気に外へと駆け出していった。
あの様子だと十数分で議会にたどり着くことだろう。
「……」
僕はこの建物の奥へと足を進める。
なにかの研究室のようで、タイル張りの床はきれいに磨かれており実験卓には薬品のようなものが並べられている。
そして、その中でも異質な瓶に入れられているものを見つけた。
「やはり、か」
すると、僕の背後から何者かが近づいてきた。
僕は咄嗟に剣を引き抜いて鋒を相手に向ける。
「っ! 俺は聖騎士団だ……」
「どうしてここに?」
「近隣の人から騒音が聞こえると通報があってな」
確かに大きな音を立てたのは間違いないか。それが警報装置のものなのか、レイのバカ力によるものなのかはわからないが、どちらにしろ聖騎士団が来たのなら彼らに引き継ぐほうがいいか。
「そうか。なら、彼らを収容所へと連れて行ってくれないか?」
「……こいつらは?」
「反議会組織のメンバーだよ」
「なるほどな。それで、この研究室みたいな場所は?」
「わからないね」
すると、彼は部屋の中を見渡した。
「どうかしたのかい?」
「いや、何の薬品かと思ってな」
「なんだろうね。僕にもわからないよ」
僕はそういって彼に気付かれないように特殊な瓶をポケットの中へと隠すことにした。
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