上と言う存在
俺たちの目の前に現れた男には見慣れた面影があった。彼の目元はある人の特徴に似ている。そう、セシルのそれと似ていたのだ。
「っ!」
ミリシアは聖騎士団本部で活動していた時期もあったために彼の写真などを見たことがあるのだろう。
それにしても、本当に魔の気配が薄い。どういうわけかわからないが、ゴースト型と同じような感覚を感じさせる。実体を持っている魔族は全て強い魔の力を放っている。彼、マジアトーデと呼ばれる男も例外なく、魔の力や気配を放っていてもおかしくはないはずだ。
「ど、どうして……」
「確か、ルクラリズと言ったな。あの演説のときに嫌そうな顔をして帰っていった女か」
「見えていたってわけ?」
「演説台からはよくみえる。それに、魔族の中では有名人だ」
確かに彼女は異質な存在だと魔族の中では思われていたようだ。上位魔族は小さなコミュニティだと聞いている。だから、異質な存在がいればすぐにでも広まるのだろう。
ただ、小さなコミュニティと言っても数万の魔族がいるのは間違いないのだがな。
「……私のせいで見つかったってこと?」
「いや、お前たちが来るのはゼイガイアから聞いていた。ブラドが誰かに連れ去られてから一週間以内に何者かが侵入してくるとな」
まぁ予測できないことではないからな。あらゆる状況を考えれば誰でも想像がつくことだろう。
「くっ……」
「それで、ここには何も残っていないだろう。さっさと帰るべきだな」
すると、マジアトーデという男は俺を見据えてそう言った。
攻撃の意思はまだ感じられないが、好戦的だった場合はどうだろうか。殺意などをうまく隠すことも簡単にできるからな。
「残っていないわけではない。現に魔族が目の前にいるのだからな」
「……ブラドを連れ去ったのは知っているな。怖くはないのか?」
「怖い? 悪いが、魔族に対してそう思ったことは一度もない」
俺がそう言うと、彼は鋭い目つきで俺を見つめてくる。
セシルの真剣な表情によく似たその目は俺の足元に、一瞬だけ視線を落とした。
「恐怖というのは人間に与えられた強みだろう。お前はそれを捨てたというのか?」
「感じないのと、捨てたというのは違うと思うがな」
「エレイン、警戒して。かなり危険よ」
ルクラリズの言うように確かに危険だろう。現に俺はまだ剣を引き抜いていないのだからな。襲おうと思えば彼はミリシアやルクラリズではなく、俺を狙ってくるはずだ。しかし、彼はまだ攻撃していない。
俺がそうさせているからだ。おそらくルクラリズにはわからないことだろうが。
「ふふっ、セシルのやつもお前みたいに強くなれたら良かったな。魔族に対する恐怖がまだ残っている。だから、あのようになってしまった」
「どういうことだ?」
「恐怖こそが、敵意こそが自分を弱くする。上に立つ者、下に立つ者が無意識に自覚することになるからな」
「なるほど、それには同感だ」
明確な敵というのは自分よりも強いということを意味している。無害な小動物を敵だと感じないのと同じようにな。
敵だと認識するということは相手の強さを認めていること、脅威になると感じているということだ。今回の場合だと、魔族を強い存在だと認識しているからこそ魔族が上、自分が下だと思い込んでしまう。
思い込みというのは厄介なもので、自分の行動を制限してしまう。最悪な場合、その弱みを洗脳に使われることもあるだろう。
「それなら、お前は魔族になりたいのか?」
「いや、そうではない。俺にとって魔族は下の存在だ」
「……そう言える根拠は? どう考えても人間は弱い存在だ」
「どうだろうな。弱い部分があるのは認めるが、魔族も同じだろう」
「そんなことはない。人間は無力だ。だから、聖剣に依存しているではないか。人間の強みなんてものは……」
人体の構造上、弱い部分は存在する。生物である限りそれは避けられない。そのために人間は道具に依存してきた。鋭い爪で攻撃できないから武器を作り、強靭な肉体を持っていないから防具を作った。
彼の言うように道具に依存しているというのは間違いないだろう。
しかし、それは人間が生き抜く上で獲得した強力な力のおかげでもある。
「知能だ。人間にはそれぞれ多様な考えがあるだろ? それらがうまく融合すればどんな敵でも倒すことができる」
「馬鹿げている。そんなもので魔族を倒せるとでもっ」
そう言って彼は俺の視界から消えた。
そして、俺はそれと同時に魔剣を引き抜く。
ゴギャンッ!
低く重たい金属音が洞窟内を轟かす。
「っく……」
「お前、見えていなかったのにどうして防げた?」
「まだわかっていないのか? 知能こそが人間の強みだってな」
「エレインっ!」
ミリシアが攻撃しようとした直後、彼は一気に俺たちから距離を取った。
「ごめんなさい。私の目では追えなかったわ」
「私もよ」
そういって、彼女たちは盾になるように前ヘ立った。
もちろん、あの速度を視認する方が難しいだろう。まぁ俺も魔剣の力を最大限に活かせれば可能ではあったがな。
「えっ、エレインっ! 血が……」
すると、ミリシアが俺の体を一瞥するとそう反応した。
そう、俺はさっきの攻撃を全て受け止めたわけではない。初動の一撃はあえて防がなかったからな。それにしても太ももをかなり深く斬り裂かれた。だが、骨折したわけでもない。魔剣の力ですぐにでも回復できるはずだ。
「問題ない」
「……わかったわ」
そう言ってミリシアは目の前のマジアトーデに集中する。
「本当に、愚かだ。これほどの実力差を見せられてもまだ人間が強いと抗うつもりなのか?」
「その程度であれば、まだ人間の方が強い」
「馬鹿げている。そんなはずがないだろっ」
直後、彼はまた視界から消えた。
予測される攻撃は左右か後ろだ。彼が狙っているのは俺で間違いない。だから、目の前の盾は避けるしかない。
「ふっ」
ギャンッ!
また重たい金属音が鳴り響く。
マジアトーデは俺の背後から攻撃してきたのだ。瞬間移動にも見える力ではあるが、なんら問題はない。考える力こそ持っていれば目で見えなくとも防げる。
「なっ!」
次こそはと思っていたのかはわからないが、かなり驚いた様子の声が聞こえた。
更に俺は魔剣の加速を使って、背後にいるマジアトーデへ振り向く。そして、一気に駆け出した。
「くそっ」
彼の腕がまっすぐ伸ばされる。俺はそれをあえて避けずにそのまま剣を突き出した。
ズンッ!
肉がはち切れる生々しい音がした。俺の左肩がえぐられていたのだ。
「……」
「バカなっ」
だが、俺の魔剣は確実にマジアトーデの胸部を貫いている。
致命傷なのは明らかに相手の方だろう。
「エレインっ!」
「っ! 下がれっ」
ミリシアがそう言ったと同時に彼は突き刺さった魔剣を片手で掴み、俺を振り払った。
「ふざけているっ。馬鹿げているっ。人間が魔族に勝つなど、ありえないっ! 所詮は精霊の真似事をしているに過ぎんっ!」
「確かに精霊の力は神に匹敵するものだ。しかし、精霊はそれしかできない。炎であれば炎でしかなく、電撃であれば電撃でしかない」
結局は使い方次第だ。
俺たち人間は複数の力を、能力をうまく使いこなすための知性がある。
「神に勝てると、そう思っているのか?」
「やり方次第では勝てるだろうな」
「……っ! その自信はやがて絶望に変わる」
すると、彼は自分の胸に空いた風穴を無理やり止血する。
聖剣や魔剣の傷はすぐに癒えないと思っていたが、上位は少し違うのだろうか。まぁどちらにしろ、即死させることができれば問題はないはずだ。
「これが、魔族の……」
『そこまでだ。マジアトーデ』
「ぜ、ゼイガイア?」
どこからともなく、そういった声が聞こえてきた。
「貴様にはまだやるべきことがある。ここで力を使うな」
「くっ、お前には必ずや絶望を見せつけてやる」
そう言って彼は一瞬にして姿を消した。同時に薄っすらとあった気配も消えていった。
「エレインっ。大丈夫っ?」
「ああ、しばらく左肩は使えないがな」
左肩の肉を全部持っていかれたのだ。すぐには回復できないためにしばらくは使い物にならないな。
「……ごめんなさい。私のせいで……」
「ルクラリズ、気にするな。ブラドを救ってくれたのだからな」
「そうよ。それに私たちだって攻撃される覚悟があったわけだしね」
「でも、重傷よね」
「痛むが、死ぬようなことではない」
それにしても、マジアトーデがとんでもない力を持っていたのは間違いない。ブラドがすぐに倒れたのもうなずけるか。
普通であれば、あれを防ぐことは難しいだろうからな。
それにルクラリズですら反応できなかったのだ。魔族の中でもあの速度を出せる存在はそういないのだろう。上位の魔族でもかなりの強さを持っていることになる。今後、彼と同等の存在が相手となるのは骨が折れるな。
「もう魔の気配もなくなったことだ。周辺を調べて今日は一旦帰るとしようか」
「……ええ、わかったわ」
「うん。エレイン、止血するからこっちに来て」
それから俺たちは魔族の街を調査することにした。
こんにちは、結坂有です。
エレインの戦闘シーン、いかがだったでしょうか。
目に見えない速度で繰り広げられる瞬間的な戦いでした。
それでは次回もお楽しみに……
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