魔族の街
俺、エレインはミリシアとルクラリズとで魔族領へと足を踏み入れていた。
当然危険であることには変わりないのだが、予想していたよりも奇妙な事が起きていた。
「……魔族、いないわね」
「そうだな。さっきの平原のところには下位の魔族が多くいたが、ここは建物だけだ」
ルクラリズが言っていた魔族の街というところに侵入してみたのだが、そこには魔族の存在がいなかった。
建物らしきものはあるものの、中に魔族がいるということもなかった。
「上位の魔族はずっと同じところに居続けるってことはあまりないっていうのは知ってるの?」
「知らないな」
人間は場所を決めて定住するのだが、魔族はそうではないのだろうか。
「定期的に移動するのよね。理由としては主に戦いに向かったりとかなんだけど……」
「他にも理由があるの?」
「まぁあんまり言いたくはないけれど、人間を収容しているところに向かって何かをしている場合かな」
その何かというのはおそらく繁殖であったり、食事であったりするのだろうか。どちらにしろ、俺たちにはあまり言いたくないことだろう。
「あ、でも私はそういうのには参加したことがないわよ。ただ、人間を食べると魔族の老化が防げたりとかいろいろあるわね」
魔族も理由なく人間を食っているわけではなさそうだ。
「それってどういうこと?」
「えっと、私たち天界で生まれた魔族ってのは神が想像した人間を素に作られているのよ。だから素となった人間を食べることで老化が防げるってわけ」
「なるほど、邪神が作ったというのはそういうことだったのか」
俺も天界に行ったことがあるため、ある程度は予想している。神は自らの力で下界を治める種族を作った。それが人間だ。
しかし、天界でとある事件が起きた。その事件で創られたのが魔族というらしい。
その魔族という存在は人間を素材にして創り出されたようだ。もちろん、素材となったのが人間であるのなら、その素材を摂取することで体が維持されるのもうなずけるか。
「ルクラリズは人間を食べたことがないって言ったわよね? でも、体は老化していないように見えるけど?」
もしそれが本当なのだとしたら、ルクラリズもとっくに老化しているはずだ。老化を防ぐには人間を食べる必要があり、摂取したことのない彼女が若々しい姿をしているわけがないのだ。
「私の場合は少し特殊だと思う。おそらくあの女神の能力に関連しているのかも知れないわ。実際に食欲が湧くこともなかったしね」
「人間を見てもか?」
「ええ」
人間も良い食材を見たりすると自然と食欲が湧いてくる。もちろん、魔族だって同じことだろう。しかし、彼女は人間を見てもそのようなことはないのだそうだ。
確かに今まで数日付き合ってきたが、飢えていると言った印象はまったくなかった。
「体が変貌したのも女神を喰らったからって言ってたわね。多分、そうなのかしらね」
「まぁとにかく私としては人間を食べたくないのは本心よ」
「そうなんだな。しかし、こうも全ての魔族がいなくなるってことはあり得るのか?」
「……それなんだけど、普通は一週間ほど前に予告があったはずなのよ。でも、そんなことは聞いたことはないし。多分私がいなくなったことで急遽、移動したのかもしれないわね」
想定外のことが起きた場合、予定が変わったりするのは俺たち人間でもよくある話だ。それに、あらゆるリスクを考えてもそうするのが懸命だ。実際、俺たちが潜入してきているわけだからな。
「予告なしでの急な移動か」
「それだと調査のために潜入したのは意味がなかったのかしら?」
ただ、まったく意味がなかったというわけでもないだろう。簡易的な建物ばかりだが、それでも得られる情報はある程度残っている。
「いや、どういった生活をしているのかは調査できる。俺たちはまったく魔族の情報がないからな。少なくとも意味がないわけではない」
「そうね。下位の魔族がどういったものなのかは経験則でわかるけれど、上位がどんな存在なのかはわかってないからね」
そう、俺たちにはまだまだ情報が足りない。魔族を分析するにしても偏った情報だけでは意味がないからな。性格に彼らを理解するには多くの情報が必要になってくるのだ。
「建物の調査もいいが、ブラドとセシルが捕まっていた場所を教えてくれないか?」
「あ、うん。そうね」
それから俺たちは街から少し離れた場所へと向かった。時刻としてはもう一時を過ぎた頃だろう。
「この洞窟の奥よ」
そして、洞窟の奥へと進んでいくと少し広い空間へと出た。
そこには拘束具がいくつかあり、手錠や足枷と思われるものには赤黒い血痕が残っていた。確かにここで誰かが捕まっていたのだろう。
「……ここ、大量に血が飛び散っているけれど」
「そこにセシルって子が倒れてたのよ。大量に血を吐いてて」
「そうか」
若干だが、セシルのシルエットが薄っすらと残されている。
「あれ、でもこんな布団みたいなのは知らないわね」
そう言ってルクラリズは端の方に置かれていた布団を見てそういった。
「どういうことだ?」
「ブラドって人を助け出したときにはこんなものはなかったわ」
「ってことは、その後に持ってきたのだろうな」
布団の方も調べてみる。
とはいっても特に変わった様子もなく、匂いも残っていなかった。
「……でも、もしセシルが生きていたとしても魔族に成り変わっているのは間違いないわ」
「みたいだな。ブラドもそう言っていた」
「最悪の場合、洗脳されることだってあるわ」
洗脳、ヴェルガーでも聞いた話だ。しかし、仲間に引き入れる手段としては強引ではあるが、有効だからな。同じく魔族がそのようなやり方をしたとしても不思議ではない。
問題なのは洗脳の方法だ。
「どういった方法なのかはわかるか?」
「えっと、いろいろあるみたいだけど、基本的には奴隷にする洗脳が多いかな。人間の自己価値を下げる方法よ」
「他にはあるのか?」
「強い立場と弱い立場を思考に植え付ける方法かしら」
内容としては人間を奴隷として使役するための洗脳と言ったところだろう。生理的道具として扱うには丁度いい手段と言える。
ただ、仲間として引き入れるのは少し弱い氣がするな。自己価値感を下げる方法も強者の認識を植え付ける方法もそこまで意味はないだろう。それだと自分の手駒として動かすのは難しい。それにはより強い洗脳が必要になるはずだ。
「なるほどな。魔族にはそういった洗脳を専門とする連中はいるのか?」
「そうね。人間の言うゴースト型がそれらの担当をしているわ。悪夢を実際に再現させてゆっくりと思考を捻じ曲げていったり、別人格を形成したりね」
「それらは人間相手にするのか?」
「する場合もあるわ」
ということはあまり行われないということなのだろう。
「……色々聞いてみたけれど、本当に魔族ってよくわからないわね。社会性があったり、知的な行動をしていたりするから」
ミリシアの言うように体や成り立ちが違うだけで、俺たち人間とほとんど変わりない生活をしているのは確かなようだ。
人間も動物を使役しているからな。時には殺して食料に、時には調教して能力を利用させてもらったりしている。俺たち人間は魔族からすればそういった使役動物と同じような感覚なのだろうな。
「ほとんど人間と変わりない……のかもな」
「神の力があってのことよ。天界の力を一切持っていない人間のほうがよっぽど優れていると思うわ」
「見方の問題だがな」
人間だって最初からいろんな事ができたわけではない。今までの長い歴史があって今が形成されているからな。
「……っ!」
すると、ルクラリズが急に振り向いた。
「どうしたの?」
彼女のその反応に俺は周囲を警戒する。
かすかにだが、魔族の気配がした。
「魔族か?」
「……マジアトーデ」
「何だ?」
彼女がそういった直後、一人の男がゆっくりと俺たちが入ってきた方向からやってきた。
「まさか、本当に人間が来るとはな」
その男を見た直後、ミリシアは強い警戒態勢に入った。
こんにちは、結坂有です。
戦闘が始まりそうな予感ですね。一体どうなってしまうのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに……
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