手段と目的
俺たちが大量の書類を片付け終えたのはここに来て二時間後の十一時であった。
それに俺たちの任務は急務というわけでもない。多少遅かったとしても対象が逃げるということもなさそうだからな。当然ながら、俺たち小さき盾の調査は議会の中でも極秘とされていたために対象組織に気付かれているというわけはないだろう。
ただ、問題なのが、それらの組織が魔族とどう連携しているかが問題だ。
ヴェルガーのときのように魔族が人間を操っていたりするとそれこそ面倒だ。まぁエルラトラム国内に魔族が侵入しているということはほとんどないはずだ。今は表向き活動を休止している四大氏族が国内を隈なく調査しているからな。もちろん、国境となっている防壁の警備でもある聖騎士団の防御網が突破されているとも考えられない。
色々と考えた結果、相手は魔族ではないと仮定した。だからといって手を抜くと逆に足を掬われることになるからな。正直言うと魔族なんかよりも人間のほうが面倒だ。それも機転のある連中だと尚更な。
「……これで最後だね」
そういってアレクが最後の書類を棚へと直した。
「これで俺たちの任務に集中できるってことか」
俺たちは今、議会の書庫にいる。書庫には今まで議会で処理されてきた大量の情報が保管されている。それらを精査して組織の活動を逆算することができるのだ。同じことをアレイシアがヴェルガーでもしていたことを覚えている。
資金の動きや主な活動内容などから導き出されたそれらの情報は確実性は低いものの、それでも信頼できない情報というわけではない。怪しい行動をしていれば数字として、矛盾として資料に現れるからだ。
「そうなんだけど、少し心配なことがあってね」
「心配なこと?」
「ああ、魔族の力を過小評価している気がするんだ。もちろん、僕たちも含めてね」
「どういうことだ?」
俺がそう聞いてみると彼は書庫の扉を閉めて、小さな声で話し始めた。
「おかしいと思わないか? もし、魔族の知能が低いのだとすれば、ここまで人間が苦戦するはずがないんだ」
「数で押し切られてるって解釈はできねぇのか?」
「確かにそれもあるだろうね。だけど、それだけじゃない気がするんだよね。今までの歴史を見てみても魔族に圧勝したことがないんだ」
確かに地下施設で育てられたときも魔族と人類との戦史は教えてもらった。人類が魔族へと戦いを挑んで圧勝したという記録がどこにもないのだ。防衛に関しては何度も成功しているとは言え、それでもギリギリの戦いと言えることのほうが多いことだろう。
それらの点を踏まえれば、確かに魔族の知能が弱いとは考えられない。それに知能が低いとも考えられない。人類の知略的攻撃を彼らは何度も防いでいる。
「そう考えればそうかもしれねぇな」
「……まぁ僕の考えすぎという可能性もあるけどね。ただ、一つ言えるのはミリシアも同じようなことを感じているということだ」
「へっ、二人とも考え過ぎるところがあるからな。頭の隅にでも入れておくぜ」
「その方がいいかもね」
それから俺たちは書庫を出て、装備を整えてから目当ての場所へと向かうことにした。
そう、その場所は議会から少し遠いとある村だった。
昼過ぎの一時ごろ、俺とアレクは目当ての村へと到着した。
ここはユレイナの出身地ともなっているフェーン村と呼ばれる場所だ。とはいってもなにか名産があるわけでも特別な何かがあるというわけでもない。しかし、なぜか俺たちが狙っている組織が定期的にここへと訪れているということがわかっている。その理由については不明なままだ。
「どこもかしこも畑ばかりだな」
「そうだね。ここは農業が活発だと聞いていたからね」
資料によるとフェーン村は都市部と比べて人口が少ないものの、それでも最低限の施設は備わっており、住む分にはゆっくりできる場所だろう。しかし、様々な利便性を考えれば都市部に近い部分に住みたくなるのは当然なのだがな。
「組織ってのはここの農業を狙っているのか?」
「うーん、わからないね。何を狙っているのかすらわからないから」
「人口としては少ないんだったな?」
「そうだね。村全体を合わせても二千人ぐらいだったかな」
一番人口の多い都市で、古くから存在している古都でもあるフェレントバーン市は十万人近くいたはずだ。それと比べればこの村は本当に人が少ないと言えるな。
まぁフェレントバーン市よりここのフェーン村は広くないというのもあるかもしれないが。
「まぁどちらにしろ、調べないとわからないからね。歩き回ろうか」
「おう」
アレクがそう言うと俺たちはフェーン村を歩き回ることにした。
しばらく歩き回っているととある事に気づいた。
この村は畑と家が対になっているのだ。二、三の田畑に一つの家となっている。ここに住んでいる村民のほとんどはそういった農作業をしているのだろう。確か、ユレイナも幼少の頃は訓練の他にそういった農作業もしていたと言っていたな。だから彼女の料理が美味しいのだ。
「……特に変わった様子はねぇみたいだな」
「そうだね。目当ての組織が来ているわけでもなさそうだし……」
そう話していると、アレクが急に真剣な表情に変わった。
「どうした?」
「嫌な気配がするね」
そう言って彼は遠くの森へと視線を向けた。あの地区は田畑がなく家も建っていないことから調べていなかった。
「あの場所か?」
「人が六人ぐらいかな。言ってみようか」
「ああ」
確かに複数人が森の中に入っていくというのは少し妙な気がするからな。ただの散歩だとしても人数が多いように思える。少なくともアレクが六人と言ったのだ。最低でもそれぐらいの人数はいるのは間違いないだろう。
そして、俺たちはその森へと向かった。
彼の言うように森の中に入っていくと人が何人かいるのは俺でもわかった。
「……怪しいね」
すると、アレクが小声でそうつぶやいた。
この森はそこまで大きいわけでもなく中に何かがあるということも地図を見る限りではわからない。
まぁこれに近いことはヴェルガーでもあったな。妙な施設が山や森の中に隠されていたりしたからな。まさかエルラトラムでも同じようなことが起きているとは考えたくはねぇが、可能性としてはあるだろう。
「レイ、なるべく気配を隠すようにね」
「ああ」
それから俺たちは森の中心部へと向かった。小さな森とはいっても中心部はかなり薄暗くなっている。時刻としてはまだ二時前ではあるが、夕方を過ぎたぐらいの明るさだ。
なるべく気配を隠して入るが、完全に隠すことはできない。
とはいっても、俺たちは調査に来た。ただの散歩としてこの森に来ていたのなら問題はないのだが、なにか裏があってここに来ているのなら調べる必要がある。
「湧き水、これがいろんな田畑に行き渡っているんだな?」
「はい。ここならきっと……」
そこで聞こえてきたのは声であった。
「どうした?」
「僕の聖剣が反応して……」
まだ距離は離れているが、どうやら聖剣によって俺たちの存在が気付かれてしまったのかもしれない。
ただ、彼らはまだ俺たちの正確な場所までは把握できていないようだ。
「……今の僕らは調査を目的としているけれど、本来は怪しい動きを阻止することであって、調査は手段に過ぎないんだ」
「いきなりどうしたんだ?」
「調査は終わりってこと。今から僕らは阻止するために動くってことだよ」
そういってアレクは隠れていた木陰から見えやすい場所へと歩いて出た。
「っ!」
「ここで何をしているのかな?」
すると、アレクは堂々と彼らの目の前へと姿を見せた。
彼の考えていることの全てはまだ理解できていないが、仕方なく俺も彼と同じような行動をした方がいいだろう。
そう考えた俺は思い切ってアレクの横へと立った。
こんにちは、結坂有です。
何か怪しいことをしようとしている組織がいたようですね。
ちなみにアレクは慎重に物事を考える人ではありますが、思い切った作戦も実行する人物です。
今までの行動でわかっていた人も多いと思います。
それでは次回もお楽しみに……
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