力と洗脳、そして潜入
私は私の父の、いや私の父の姿をした別人の話を聞くことにした。今の私にできることは情報を得ることのみだ。それが偏っているとはいえ、何もない状態では判断することすらできない。
「……今までの経緯を聞いて質問はあるか?」
彼は私にいろいろと話してくれた。
私がここに連れて来られた経緯についてが主だった。どうやら目の前にいるマジアトーデとしては娘である私を真の姿へと導きたかったそうだ。私としてはそれがどういったことなのか、まったく理解できない。
「さっきから何度も言っている真の姿ってどういうこと?」
「あぁ話していなかったな。人間の体のままではどうしても限界がある。だが、魔族はどうだ? 彼らに身体能力の限界はないように見える。つまりは彼らの姿こそが、彼らの身体構造こそが本当のあるべき姿だと思ってな」
「……つまりは魔族になるってこと?」
「そうだ」
恐る恐る聞いてみたのだが、どう考えてもおかしい。
私の父はそんなことを平然と話すような人間ではないと思っていた。私の尊敬していた父とは違う誰かなのだろう。
「人間の能力では限界がある。だからこうしてお前を魔族へと変えたのだ」
「ちょっと待って。変えたって?」
「お前をここに連れてきてからしばらくしてこれを食べさせた」
そう言って彼は小さな箱を取り出して中から奇妙な物を取り出した。
それは肉の塊のようなもの。それでいて不規則に蠢いている。その禍々しいものを私が食べたというのだろうか。彼の言葉から察するに無理やり食べさせられたのかもしれない。
そう思うと急に吐き気がしてきた。
「……」
「素晴らしいと思わないか? これを食べるだけで真の姿になれる。最初はわからないだろうが、次第に理解できることだろう」
「理解したくはないわ」
正直なところ魔族になんてなりたくない。私は人間として生まれてきた。そして人間のために戦うと誓った。誰かに言われたわけでもなく、私自身が自分で考えて決めたことだ。
そんな人間を裏切るようなことは絶対にしたくはない。
「まだ、人間のままで居続けるのか?」
「ええ、そうよ。だから私は帰るわ」
全身の痛みはまだあるもののゆっくりとなら立ち上がることはできるはずだ。
痛みに耐えながら立ち上がると目の前から巨大な体を持った何者かが来た。明らかに人間ではない。暗闇でほとんど輪郭しか見えていないが、はっきりとわかる。魔族に違いない。
「っ!」
「マジアトーデ。この女は?」
「この俺の娘だ。魔の適正も十分にある。だが、彼女は頑固だ。昔の俺に似てな」
「……説得はできそうなのか?」
「ふざけているの? 魔族と本当に交渉したっていうのっ」
そう素直に言葉が出てしまった。いや、言わなければいけなかったのだ。私の本能がそうしろと強く命令したのだ。
そして、それと同時に恐怖が湧き上がってくる。あの思い出したくない悪夢のときのように心を踏みにじるような強い恐怖心が私の体を硬直させる。痛みのせいではない。なぜなら痛みなんて感じる余裕すらないからだ。
「無理だろう。少なくともこのままではな」
「……恐怖や苦しみは脳を麻痺させる。ちょうどいい機会だ」
「え……」
「俺の娘を、立派に育ててくれないか」
何を言っているのか一瞬理解できなかった。
しかし、何度その言葉を脳内で反芻してみても結果は同じだった。
「よかろう。我が同志の願いだ」
そういって巨躯の魔族は動けなくなった私を片腕で乱暴に担ぎ上げられ、ここよりも暗い場所へと連れて行った。
その時、私は私ではなくなったのだ。それ以降の記憶なんて……思い出したくもない。
◆◆◆
翌朝、俺とミリシア、そしてルクラリズはエルラトラムを出た。
送り届けてくれたアレイシアには夜には帰ってくると伝えておいた。何があっても日付が変わる前には帰らなければいけない。
そして、門を出てしばらくすると次第に魔の気配が強まってくる。
まだ魔族領というわけでもなく、特に攻撃があったわけでもないため比較的この周辺は安全と言えるだろう。
しかし、目の前にある丘を越えれば話は別だ。
そこから先は魔族領、俺たち人間が把握できない遠い場所となっている。
「……ルクラリズはこの丘をブラドを背負って来たのよね?」
「ええ、そうよ。当時は真っ暗だったけれど、今は明るいわね」
当時のことは俺も覚えている。俺が今立っている場所はちょうどあの時気配を感じた場所となっている。俺はまったく視認できなかったのだが、彼女は魔族のため壁の上に立っている人影、俺を見つけることができたのだろう。
「夜中でもはっきりと見えていたのだろう?」
「昼間と同じぐらい見えているわけではないの。輪郭はわかったとしても、色や細かい凹凸なんかは見えなかったりするわ」
確かにそれらは光がある程度反射しなければわからないからな。ただ、輪郭がはっきりと見えるだけでも十分な気がするがな。それだけでも情報としては十分過ぎるぐらいだ。
「……そんなことはどうでもよくて、魔族でも精霊でもないのによくあの時に私を見つけれたわね」
「見つけたわけではない」
「音とか? 静かに移動したと思うのだけど」
「なんだろうな。俺も全てを把握しているわけではないが、直感と言った方が理解できるか?」
とはいったものの、直感というわけではない。
人間の知覚なんてものは自覚できるものばかりではない。俺たち人間というのは常にとんでもない量の情報を脳で処理している。そして、それらを一瞬にして処理し、感覚として反映されるものだ。
もちろん、大量の情報をすべて知覚していては脳のキャパシティを超えてしまうため、多くの情報は無自覚に処理される。
ただ、無自覚とはいえ脳にはいらないと判断された多くの情報が詰まっている。視覚や聴覚、触覚の他にも人間には優れた感覚が備わっているからな。
「直感……私にはまだ理解できないわね」
「魔族の認知機能がどういうものなのかはわからないが、いずれはわかることだろう」
直感というものは経験則も含まれる。
訓練次第ではルクラリズもある程度は直感で何かを察知する事ができるかもしれないな。
「とりあえず、ここを超えれば魔族領へとなのよね?」
「そうよ。だけど気を抜かないでね。この先には……」
「魔族が大体百体ほどいるな。草木に隠れていても気配までは隠せていない」
そう言うとルクラリズは俺の方を見て目を見開いた。そんなに驚くほどのことだろうか。ミリシアもある程度は気付いている。それに、これほど強い気配であれば多くの人間は違和感を覚えるはずだ。
その違和感は人によって感じ方が違うが、鳥肌が立ったり、冷たく重たい空気を感じたりするらしい。
「気配……鍛えれば数までわかるのね」
「まぁある程度にはな」
「そう、一応言っておくけれどこの先は下位の魔族が住処としているわ」
「一つ聞きたいことがあるのだが」
ここで俺は一つ質問してみることにした。
今まで気になっていたことなのだが、直接魔族に聞くことができる機会なんてなかったからな。疑問は解決するに越したことはないだろう。
「何?」
「下位の魔族は知能的にどうなんだ?」
「うーん、意思疎通はしているみたいだし、言葉もそれなりに理解できているみたいだけれど、どこまで把握しているかはわからないわ」
「なるほど」
「ただ、計画的に物事を考えるところは見たことがないわね。ただ言われたことを実行するだけ、単純な指示や命令しか実行できないわ」
ということは自ら作戦を立てるなんてことはしないのだろう。そして、彼らを使役するには単純でわかりやすい命令でしか動かせない。
となれば、ここにいてる連中は少なくとも見張りというわけではなく、壁の代わりを果たしているに過ぎないのだろう。
「厄介かとも思ったけれど、そうではないみたいね」
どうやらミリシアも理解しているようだ。
ここを効率よく超えるには隠密行動が最適だろう。
「行くか」
「……ちょっと待って。何をするの?」
「勢いに身を任せて突破するのもできなくはないが、あとのことを考えればここはなるべく見つからないようにするべきだ」
「つまりは隠密行動ね。だから、ルクラリズはフードを被ってて」
そう簡単に説明したミリシアは彼女の服に取り付けられた黒いフードを被せた。彼女の髪は輝くような銀髪だからな。
「ええ、わかったわ」
そして、俺たちはゆっくりと平原の中を進んでいくことにした。背を低く保ち、草木の間を音を立てずに進んでいく。
進行上で邪魔な魔族がいれば音を立てず速やかに排除する。訓練としては地下施設で何度もやっており、当時の俺は実戦ではあまり使わないだろうと思っていた。しかし、今となってはその訓練も役には立っている。
得られる知識や経験は早めに手に入れておく方がいいのだろうな。
それから俺たちはゆっくりとだが、確実に魔族領へと侵入することにしたのであった。
こんにちは、結坂有です。
潜入って響き、いいですよね。
スパイ映画の見すぎでしょうか……
エレインたちは魔族の街へと入って、なにかの情報を得ることができるのでしょうか。そして、セシルを救出することができるのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに……
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