守護の力
ルクラリズの服を買いに行ってからの翌日。
仕立ての終わった服を取りに昨日の店にリーリアとルクラリズの三人と向かった。採寸通りに仕上がっているとはいえ、細かな微調整は必要とのことで少しだけ店で服に着替えることにした。
「……ルクラリズさん、着心地はどうでしょうか」
「ええ、十分よ。もう少し重たいと思っていたのだけど、結構身軽に動けるわね」
「そうですか。それはよかったです。私も入ってよろしいでしょうか」
「大丈夫よ」
彼女がそう言うとリーリアが個室の方へと入っていった。
中からは服の擦れる音だけが聞こえてくる。おそらくは微調整をしているのだろうか。とはいっても縫直しが必要というわけではなさそうだ。
「ベルトを少しだけきつくしてもらいましょうか」
「うん。その方がありがたいわね」
採寸通りだとしても細かい部分で自分の体と合わない場合だってある。それでは激しく動いたときに違和感を覚えることになるからな。
戦闘時でも機能する私服ということでオーダーしたのだからな。
それからしばらくして、店を出た。
ルクラリズの服は軍の制服のようなものではあるものの、しっかりと着崩すことでカジュアルな印象となっている。当然ながら、戦闘の際では服やベルトをきつく締めることで布地と肌をしっかりと密着させ、動きやすい服になっている。
生地もゴムのように伸縮するわけではないが、ほどよい伸縮性とともに通気性もよい素材を使っている。長時間の着用でも快適に過ごすことができるはずだ。
「……本当にこんないい服をもらっていいの?」
「ああ」
「そうですね。私たちと一緒に魔族と戦うというのですから特別に服を作ったとしても問題はありません」
それに今回の費用はすべてフラドレッド家が負担している。それに民間で売られている生地をうまく組み合わせて作っているため、特別な生地を使用している聖騎士団の制服などと比べると非常に安価だ。それにあと数着分、彼女の服を作ってもらっているのだが、完成するのはまた後日になるそうでそれらの値段もかなり低く抑えられているみたいだ。
「そう、それならいいんだけど……ありがとう」
そう言って、服の入った紙袋を持った彼女は俺たちに向かって小さく頭を下げてお礼をした。
確かに彼女は魔族で敵対されるはずの人間からここまで優しくされたら戸惑うのも無理はない。構造としては少し異なるものの魔族の世界でも社会は存在している。これらの行いがどれほどのことなのか、彼女もよく理解していることだろう。
そして、家に再び帰るとすでにアレイシアたちが帰っていた。ミリシアもアレクも少し疲れている様子ではあったが、帰ってきている。
「エレイン様、おかえりなさいませ。お夕食の準備ができております」
いつものように玄関の扉を開けるとユレイナが出迎えてくれる。
この光景も何度見たことだろうか。
「ああ、わかった」
「ルクラリズさん、明日は朝早くの出発となります。ゆっくり休んでくださいね」
「そうするわ」
明日には魔族の街へと足を進めることになるのだ。もちろん、危険はあるだろうが、無理な救出作戦は実行しない。難しいと判断すればその時点で撤退をするつもりだ。
絶対に避けるべきなのは俺やミリシア、ルクラリズが捕われないようにすることだからな。
「大事なときですからね。エレイン様、たくさん食べて英気を養ってください」
「そのつもりだ」
「では、ミリシアさんも呼んできます。先にリビングで待っていてください」
そういってユレイナは地下部屋の方へと向かった。
リビングの方へと向かうとすでにアレイシアが椅子に座っていた。
「……エレイン、おかえり」
「ただいま」
俺とルクラリズも椅子に座る。まだ机には料理が並べられておらず、ユレイナが戻ってくるのを待つことにした。
すると、アレイシアは一息ついてから口を開いた。
「ねぇ、ルクラリズ」
「なにかしら」
「……本当に人間になりたいのよね」
「ええ、私が喰らった女神が何者だったのかは今となってはもうわからないけれど、それでも彼女が託してくれたこの命を私は有意義に使いのよ」
それは俺たち人間はわからない価値観なのかもしれないが、それでも理由がなく漠然とした理由で決断したわけではない。しっかりと筋の通った意図があるのだ。
「そのことに後悔はないのね」
「後悔するもしないも未来の話、今は今のことしか考えれないわ」
彼女の言うように不確定な未来のことなんて考えている暇はない。今起きていることに集中するべきだろうな。
すると。彼女がそう言うとアレイシアはじっと彼女の目の中をじっと見つめた。
その目は普段の優しいものではなく、騎士のように凛々しく遠い何かを見つめるような目だ。
誰しも物事を判断するためにあらゆる情報を見ようとする。しかし、アレイシアは情報だけを見ているわけではない。その人自身の未来まで見ているように思える。その先見性はとても鋭いものだと俺は感じているのだ。
「……今考えても仕方ないことだしね。確かにルクラリズの言う通りだわ」
「よかったわ。私も最初は信じてもらえないと思っていたから」
「もちろん、全てを信じているわけではないわ。けれど、信頼っていうのはすぐに手に入るわけではないの。ゆっくりと築き上げていくものなのよ」
確かに一朝一夕で信頼関係は生まれない。それまでの実績や経緯などで、それら信頼や信用が形成されていくのだからな。
今は俺が彼女の監視役を引き受けることで成立したいわゆる仮の信頼関係だ。
「そうね」
すると、ユレイナがミリシアを連れて来てくれた。
「では、夕食にしましょうか」
そして、奥の厨房へと向かって料理を机に並べていく。ミリシアは並べられていく料理を見ながらゆっくりと椅子に座った。
「……エレイン、明日のことなんだけど」
「朝から出発するのだったな」
「ええ、すぐにでも向かいたいからね」
セシルを助けたいと思っているのは俺だけでなく、目の前にいるミリシアや共に訓練を続けてきたカインも同じだ。今回の件に関してはなるべく早く解决したいところだ。
「エレインとしてはセシルは死んでいないと思っているのよね?」
「そうだな。連れ去ったのがセシルの父なのだとしたら、そう簡単に死なせはしないだろう」
「でも、大量の血を吐いて倒れていたのよ?」
「それが本当にセシルの血液なのかもわからない。食べた肉塊の可能性だってあるわけだ」
そのことはルクラリズやブラドの話から聞かされていた。ただ、そうとはいっても確実にセシルが死んだとも限らない。実際に確認しないとわからないからだ。
「……生死がわからない以上、生きていると推定した方がいいだろうな」
「確かにそうね」
俺の話を聞いたルクラリズはうなずきながらそう言った。
「じゃ、少し早いけれど、食べながら明日の作戦について話すわ」
それから、俺たちはミリシアの話を聞きながら夕食を食べることにした。
その小さな作戦会議ではルクラリズが終始真剣な表情で聞いていた。ミリシアの少し難しくわからない内容にはしっかりと質問して理解しようとしているのが伺える。本当に人間に協力したいと思っているのは間違いないように見える。
だからこそ、俺もルクラリズを信じたくなる。彼女は自覚していないだろうが、そういった小さなことでも信頼関係は形成されていくのだ。そして、その信頼関係はやがて強力な守護の力へと変化することだろう。
こんにちは、結坂有です。
強い信頼関係にある人はいますでしょうか。
人間は他人から信頼されることで自らを守ります。もちろん、他人を信頼することで他人を守ろうともしますよね。
複雑な関係性ですが、ゆっくりとルクラリズも成長していくみたいです。
それでは次回もお楽しみに……
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