今はいない人を想って
私、リーリアはエレイン様に言われたように議会の一階にてブラドの手当をしていた。もちろん、外傷に関してはカインの聖剣で完治しているとはいえ、全ての怪我が治ったわけではない。
あくまで彼女が治せるのは目に見えてわかる大きな外傷や骨折のみだ。筋組織だったり内部の細かい箇所までは治療できない。
「……でも、よくここまで痛めつけられて平気な顔してたわね」
そうカインがつぶやいた。
確かにブラドの腹部に負っていた傷は後ろ側へと貫通していた。それなのに彼はエルラトラムに関する細かい情報を話すこともなかったそうだ。私がもし彼と同じような状況になったとしても話すことはないだろうが、普通の人ではおそらく耐えることはできないはずだ。
「ブラドさんはこの程度では口は開きませんよ。ただ、一つ問題なのが……」
「ああ、俺はともかくセシルがどういった扱いを受けたのかが気になる」
「あの気になることがあるのだけど、彼女は本当に死んだの?」
「いや、確実に死んだかどうかはわからない。奴が彼女に食わせたものがどういったものなのかもわかっていないんだからな。ただ、もう普通の人間としては生きていけないのは確かだろうな」
彼からは色んな話を聞いた。
捕まってからしばらくは目が覚めなかったようだが、目が覚めると目の前に痛々しい姿のセシルが鎖に繋がれていたそうだ。
そして、しばらく副団長と話をしたあと彼はセシルに禍々しい肉塊を食べさせたのだそうだ。その直後、彼女は呻きながらゆっくりと倒れていった。ルクラリズに助けられてから少しだけ調べてみたところ、息もなく首元にある総頸動脈も感じなかったそうだ。
脈が触れないだけであって、それだけでは死んだかどうかはわからない。とはいえ、なんらかのショックに陥っているのは間違いないようで普通であればすぐに治療が必要な状態、生存確率は低いものと見るべきだ。
「生きてたとしても魔族の何かを摂取したんだから、それはそうなのかもね」
「まぁ、わからないものをわからないと決めつけるのは良くない。調べるに越したことはないだろうな」
「……でも調べるってどうするのよ。その魔族の街にはいけないでしょ?」
「怪我は治ったし、監禁されていた場所も覚えている。すぐにでも……」
そう言って彼は立ち上がろうとすると、すぐに足が崩れて地面へと倒れた。
しかし、傷はないように見えるとはいえダメージが完全に回復したわけではない。
「ブラドさん、傷は治ったとしても体が付いていきません。しばらくはリハビリが必要です」
「……そんなことをしている場合ではない」
私が彼を支えながら立たせてあげると彼はそういった。
確かに悠長にしている場合ではないのは私もわかっている。だけど、今の彼ではまともに戦うこともできないはずだ。
侵入したとして戦いのリスクが高い以上、彼をそのような場所に向かわせることはできない。これ以上私たちの損害を増やしてしまうことの方が問題だろう。
「ですが、この状況ではまともに戦うことすらできないです。今は休養を挟むべきだと思います」
「だが、こんなことをしている場合でも……」
「わかりました。その件は私がエレイン様とご相談させていただきます。それでいいですか?」
「……エレインが?」
私がそう提案すると彼は私を睨みつけてきた。
「エレインにこの件を任せる、ということか?」
「はい。場合によってはそのまま救出作戦を実行することだってありえます」
「俺では足手纏いか?」
「言っちゃ悪いけれど、誰がどう見ても戦える体ではないのは確かよ。今は動ける人を動かすべきだと思うわ」
カインもそう私の説得に肯いてみせた。
それによって彼も少しは状況に納得してくれるといいのだが、彼は頑固な性格ですぐに自分の意見を変えるとは思えない。
「エレインが来てるのっ」
そんなことをしていると聞き慣れた声が聞こえてきた。
そして、しばらくすると奥の廊下から一人の少女がかなりの速度でこちらに走ってきた。
「ちょっと、マナっ。待って…… あ、ブラドさんっ、その子を止めてくださいっ」
少し遅れてフィレスの声が聞こえてきた。
その声に応えるようにブラドが一歩大きく踏み出すと一気に走り出した。
「邪魔しないでっ」
「はっ」
ブラドがマナを捕まえようと腕を伸ばしたが、簡単に躱されてしまった。当然ながら、彼の今の実力では彼女を止めることはできない。
仮に掴むことができたとしても強く力を込めることができないため、すぐに逃げられることだろう。
すると、マナは全速力で上の階へと走っていった。
「……」
「ブラドさん、今の実力で魔族と対峙するのは危険だと思います。私は彼女を止めに向かいますね」
「ああ」
そう言って私はマナの走っていった上階へと追いかけるように走った。
それから私は階段を駆け上がり、しばらく廊下を走っていると議長室の前でマナが止まっているのが見えた。
「……あ、リーリア」
「マナさん、議会の中では走ってはいけませんよ」
「うん、ごめんなさい」
「わかればいいのです。どうかされたのですか?」
ただ、エレイン様を追いかけてここまで来たのだからもう部屋の中に入っていると思っていた。しかし、彼女はその部屋の前で立ち止まっていたのだ。
何かを察知したのだろうか。
「中から知らない魔族の気配がするの」
「……知らない魔族ですか?」
とはいってもこんなところに魔族がいるはずもない。それならここに来ているエレインや小さき盾が動いているはずだ。
ただ、私には心当たりがある。それはルクラリズの存在だ。
「すごく薄いんだけど、部屋の中から感じるの」
「でしたら、おそらくルクラリズの気配でしょう」
議会に来るまでに聞いた話では気配を隠すのがとても上手なようで確かに彼女と話していて魔族から感じる妙な胸を締め付けられる感覚はしない。
しかし、気配に敏感なマナからすればまだ感じるのだそうだ。エレインも薄々と感じ取れているようだった。
「ルクラリズ?」
「はい。私たちの知り合いです。エレイン様とお会いしたいのですよね。でしたら、一緒に入りましょう」
「うんっ」
私がそういうと彼女は大きくうなずいて私の真横に立った。
そして、私たちは議長室へとノックをして部屋へと入ることにした。
こんにちは、結坂有です。
セシルのことですが、心配ですね。
まだ安否すらわかっていません……
それでは次回もお楽しみにっ
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