最低な人間になるために
私、ルクラリズはエルラトラムの議長室で自分の話をした。当然みんなの名前を共有してからだ。
自分の話をするのはあまり得意ではないのだが、どのような生活をしていたのか、どのような考えを持っているのか包み隠さず全て話した。言葉に嘘はない。
「ああ、案外人間と似たような生活をしているのかもしれないな」
「社会の構造的には似ているわね。でも決定的に違うのが、上位種と下位種に分かれているってところかしら」
人間は生まれたときから平等と言われている。しかし、魔族の世界では天界で神を喰らったかどうかで実力が変わってくる。
下位種は言葉すら話すことができないのだ。その時点で魔族は平等ではない。生まれたときから上に立つ者か、下に従く者かに分かれるということだ。
「下位種は確か言葉も話せないんだったな?」
奥でスープを飲んでいる男がそういった。先ほど名前を聞いたレイだ。
「ええ、話すこともできないわ。それは体が複雑な声を発する器官を持っていないからね」
「上位種は下位と比べて体の作りも違うってことでいいのかしら?」
そうミリシアが資料を見ながらそういった。どのような資料なのかはここからか見えないが、かなり複雑なものであることは何となくわかった。
「そうね。だから強さも違うし、なにより神譲りの特殊能力もないの」
私たち上位種は神を喰らったことで特殊な能力を持っている。
残念ながら、私は戦士として生きていたわけではないため自分の能力に関してはよくわかっていない。ただ、わかっていることは気配を隠すのがうまいということだけ。
「神譲りっていうのは神を喰らったかどうかということだな」
「うん。信じてもらえるかはわからないけれど、私の場合はとある女神が自分を喰らってほしいと言われたの。それで今の私がいるわけ」
「……どこからどこまで本当か僕たちには判断できないからね。まぁだからといって信じないわけじゃないよ」
「少しは信じてくれるってこと?」
「まぁその話が本当だって確定するまでは保留ってところかしら」
アレクとミリシアはそう言って私の話をほんの少しだけ信じてくれるそうだ。
ただ、彼らとレイに通じることなのだが、エレインと似た雰囲気を感じさせる。最初にエレインと出会ったときの異質感のようなものが私にはわかる。
しかし、それが私の勘違いなのかどうかはまったくわからないため、今は口にしないでおこう。当面の間はここで生活することになるはずだから、適当な時にでも聞けばいいだけの話だ。
「それで、ルクラリズ自身はこの国でどうしたいの?」
すると、この国の議長を務めているアレイシアが私に話しかけてきた。
「当然ながら、私はこの国で生活したいと思っているわ。私の本質は魔族なのかもしれない。けれど、人間に協力したいのは本心なの。魔族の国は……もううんざりだから」
「向こうで何があったのかは知らねぇけどな。この国で生きていくのも辛いかもしれねぇぜ?」
「それはわかっているわ。だけど、魔族として生きていくことは私には向いていないのよ」
魔族の国でずっと感じていたもの、それは私が魔族が嫌いだということだ。私は他の魔族と比べて平和的な考えを持っている。それは神譲りの意志によるものなのかもしれない。当然ながら、私には私の生き方をする権利があるのもまた事実だ。
ただ、頂いた命を正しく、有意義なものにしたい。あの女神が私に与えてくれたものは能力の他に意志も含まれていることだろう。それなら、私はそれに従って生きていくのも良いはずだ。
「……私は私の生き方をしたいだけよ」
「なるほどな。それなら俺のそばから離れないことだな」
「え?」
すると、エレインがそう私に向かってそういった。
「エレイン、それはどういう意味?」
「彼女は魔族で何を考えているのかまだはっきりしていない。それに話していることも本当かどうかもわからない。なら、俺が彼女を責任持って監督するということだ」
「……確かにそれは良いことかもしれないけれど」
「流石に危険ですよね」
アレイシアと彼女のメイドであるユレイナがそう彼の発言に対して否定的な意見を言う。確かに彼女たちの言うように人間側からすれば魔族の私は危険な存在なのは当然で、知り合いにそんな危険な任務を与えるのはどうかとも思う。かと言って、自由に私が国内を出歩くこともできない。
それならエレインの言うように誰かが監督として見ていてくれた方が安全だろう。
「危険、か。ルクラリズ、ちょっといいか」
「何?」
後ろから話しかけられた私は振り返ってエレインの方を向いた。
そして、視界に映ったのは剣の柄を握った彼だった。
私は咄嗟に腕で防ごうとするが、瞬きした直後にはすでに剣が私の腰辺りにまで振り下ろされていた。
「……え?」
「見ての通り、一対一では俺の方が強いみたいだ。だから俺が監督するというのは問題ないように思えるが?」
「ちょっと待って、さっきの速度で剣を振ったってこと?」
「ああ」
私のそんな質問に対してさも当然かのように彼はそういった。
ありえない。瞬きする時間というのはほんの一瞬だ。それに鞘から剣が引き抜かれる気配すら感じなかった上に、何か能力を使ったとも感じられない。
ということは、彼自身の力であり技術なのだろう。
「……これでも許可はしてくれないのか?」
「もう、わかったわよ。そこまで言うのなら反対はしないわ」
「そうか」
すると、アレイシアは若干ため息を交えつつもそう許可を下した。
「でも、一つ約束して」
「なんだ」
「絶対に気を抜いてはいけないんだからね?」
「ああ、そのつもりだ」
「じゃ、許可するわ」
どうやら私はエレインの側でなら自由に活動してもいいことになった。
ただ、私には一つの大きな疑問が残った。
それはエレインと彼に近い雰囲気を醸し出している彼らの実力が気になったのだ。私も戦士ではなくとも護身的に戦闘の知識や技術はある程度学んでいる。
当然ながら、戦士の多くは神譲りの能力をうまく使って戦っているとはいえ、自身の体を駆使して戦っているわけではない。中には知略を使う魔族もいるけれど多くは力任せの、能力任せのものだった。
しかし、先ほどエレインが見せてくれた技は力任せでもなく、聖剣の能力というわけでもなく身体を最大限に活かした技術のように見えた。そして、とても美しく、それでいて実戦的な技のように私は思えた。
なぜかはわからないが、私はそれを知りたいとそう思ってしまったのだ。体の構造的にはほとんど一緒だろう。だからこそ、強く思ってしまう。
人間ですらない最低な私を彼が認めてくれたのなら、その時はどうかその美しい技を教えてほしいものだ。
こんにちは、結坂有です。
人間になるために強く決意したルクラリズはこれから本当に人間として生きていけるのでしょうか。
まだ疑いの目は向けられたままではありますが、今後とも彼女には頑張って欲しいところですね。
それでは次回もお楽しみに……
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