反逆行為
洞窟の中で私は生々しく気分の悪くなるような音を聞いていた。
マジアトーデが一体何をしているのか、セシルという人物がどうなっているのかはわからない。しかし、それでも恐ろしいことをしているのは間違いないようだ。
私は前線で人間と戦ったことが一度もないし、戦うことに関してはそこまで興味はない。前線に送られるような上位魔族はよほど戦闘が好きか、ゼイガイアの手下ぐらいだ。当然ながら私は誰からも命令を受けず、自分だけで自由に生活していた。人肉を食べるわけでも草を食べるわけでもなく、ただただ時間というものを浪費していた。
そんな私には今のこの洞窟で行われていることに嫌悪感を抱いてしまった。もちろん、人間との戦いでは当然かもしれないが、戦いをあまり経験していない私からすれば気持ちが悪いの一言しか浮かばない。
「……セシル、お前は最後まで愚かだな」
「言っただろ。疲弊しているのだからやめておけとな」
「セシルには、俺の娘にはわかってもらえると思ったのだが……仕方ない」
女性の声が聞こえなくなった。そして、暴れていた音も聞こえなくなっている。
あの謎の物体を食べたことで死んでしまったのだろうか。
すると、洞窟の外から警報が鳴り響いた。
その重低音の音は戦士に向けて発信されているもので緊急招集の合図でもある。私は戦士ではないために集まる必要はないのだが、どうやらマジアトーでは招集される対象のようだ。
「……無駄な時間を費やしてしまったな。ブラド、今度はお前だ」
「やれるものならやってみろ」
そういってマジアトーデは踵を返して私の方へと近づいてきた。
私は咄嗟に洞窟の影になっている部分に息を潜める。気配を隠すことは得意としているため彼には見つからないはずだ。
すると、彼は私の目の前を通り過ぎて洞窟の外へと出ていった。
もちろん、私も外に出る事もできるのだが、どうしても私の心がそれを許さなかった。なぜか奥で拘束されている人間を助けたいと思ったのだ。
周囲を再度警戒して誰もいないことを確認すると私は奥へと走った。
奥へとたどり着くとそこには人間の男女がいた。二人とも太い鎖に縛られており、容易に抜け出せないように拘束されていた。そして、女の方はというと口から大量の血液を吐き出して倒れていた。一人の人間から出たとは思えないほど大量に吐き出されたその赤い血溜まりはこの空間の異様さを醸し出している。
明らかに魔族でも人間でもない別の存在のようにも感じる。
「……お前は?」
すると、男のほうが私に話しかけてきた。彼がおそらくブラドと呼ばれる人なのだろう。
「私はルクラリズよ。何があったのかはわからないけれど……」
「人間かと思ったが魔族なんだな」
「ええ、でもこれで決めたわ」
この現状を許してはおけなかった。
いくら魔族といえど、人間にここまでひどいことはしなくてもいいはずだ。もっと平和的な解決をするべきだ。それができなくとも、別の方法があるはずだ。それなのにこんなことをするなんて、ただの虐殺だ。
「なにをだ?」
「……人間の協力をするわ」
「信用できないな」
「信用はしなくていい。私が勝手に協力するだけ」
そう言って私は彼の鎖を手刀で断ち切った。
「……っ!」
「それ、あなたの武器?」
「……ああ」
近くに立てかけられていた剣を彼に渡すとすぐに剣を引き抜いて私の方へと向けた。
「……ここで私を殺すと後悔することになるわよ」
「とっくに後悔している。あの男を止めることができなかったんだからな」
彼の言っていた男というのはマジアトーデのことのようだ。
確かに話の流れ的にも知り合いであったようには感じていた。
「私は戦士じゃないの。それはわかってほしい」
「魔族の言うことは信じないことにしてるのでな」
突然敵対する種族から信用してほしいと言われても誰も信じることはないだろう。しかし、ここはどうしても彼を信じさせる必要がある。もしこのままでは彼までもこの女のように死んでしまう可能性がある。
女に食べさせた物体が一体何なのかは全くわからないが、それでも死ぬかもしれないよりかは生き残った方がいいはずだ。
「ここから脱出させるために手伝ってあげる。ただ、信用できなければその剣で私を殺していいわ」
「……確かに戦闘慣れしていないように見えるが、その動きは怪しい」
「って言われてもなんのことだかわからない」
「まぁどちらでもいい。この剣があればある程度は戦える」
そう言って彼は私に向けていた剣を鞘に収めると女の方へと視線を向けた。
「くっ、才ある人を失ってしまったか……」
そう言って彼は強く拳を握った。
「その人は?」
「さっきの男の娘だ。あいつとよく似ていて剣術の才能のある人間だったが……」
今は謎の物体を食べたことで息絶えてしまった。
それもこんなにも惨い死に方をしたのだ。当然ながら許せるはずがないだろう。私もよく知る存在がこの様になってしまったらどんな感情が湧き出てくるのだろうか。それとも私に感情なんてものがあるのだろうか。
人間の感情というものがどういったものなのか、それが私にも持っているのかは全くわからない。
「この人はどうするの?」
「……置いていくしかないな。流石に背負って脱出するのは不可能に近い」
「そう、とりあえず出口はこっちよ」
そう言って私は出口へと指を指した。
しかし、彼はなかなかに動こうとはしない。
「どうしたの?」
「お前が先にいけ、俺はお前の後ろを追いかける」
「どこまでも信じてくれないのね。まぁ仕方ないか」
そして、洞窟の出口の方へと向かう。
外は相変わらず誰もいないような場所で、先ほどのマジアトーデも近くにはいないようだ。
「……あいつはいないのか?」
「ええ、招集があったから中心部へと向かったみたいね」
「あのサイレンか。お前は行かなくていいのか」
「さっきも言ったけれど、私は戦士じゃないからね」
それから私たちは山を下っていく。この方向は魔族の住む街の方角ではなく、人間領の方だ。
このまま真っすぐ進んでいけばエルラトラムの近くに出るはずだ。
エルラトラムには聖騎士団がいることで有名で、とりあえず彼らにこの男を預けることができれば問題はないことだろう。
「この方角は正しいのか?」
「正しいと思うわ。エルラトラムへと向かっているの。流石に魔族の街へは向かいたくないでしょ」
「確かに一人では行きたくないな」
とは言ってもここからだとかなりの距離がある。上位種はほとんどいないとして、下位の魔族が何体も蔓延っていることだろう。流石に警戒して進まないと簡単に気付かれてしまう。
それに私が人間を逃したとわかれば私の命もないことだろう。
そして、山を抜けるとそこには平原が広がっていた。木々が少しばかり生えているものの、その全てが枯木となってしまっている。正直言うと隠れるには物足りないといったところだ。ただ、それよりも私は違和感を覚えていた。
「それにしても今日はやけに静かね」
「そうなのか?」
「うん、普通なら下位の種族がここで暴れているから」
そう、ここには大量の下位種が大量に生息している。しかし、見渡しただけだとどこにもいないように見える。
「隠れているだけではないのか?」
「いいえ、彼らにそんな知能はないはずよ」
「……それもそうか」
「でも、妙ね。ゼイガイアが招集をかけたとしても下位種まで呼ぶのかしら」
いろいろ可能性はあるもののどれも推測の域を出ない。ここで悩んでいても仕方がない。ここは進むべきだろう。
「進んでも大丈夫なのか」
「そうね。ここから見えないってことはいないも同然よ。いたとしてもそこまで数はいないはず」
「なるほどな」
それから私たちはゆっくりとその平原を歩いていった。
平原には下位種が全くおらず、簡単に抜けることができた。しかし、すでに日は沈んでしまっており、辺りは真っ暗になってしまった。私は平気なのだけど、人間であるブラドの視界は暗闇になってしまっているはずだ。
「大丈夫?」
「ああ……問題ない」
「そう、あまり無理はしないようにね」
「……ここはまだ魔族領のはずだ。悠長に歩いている場合ではないだろう」
確かにまだ人間の領域にまではたどり着いていない。あとはあの丘を越えてしばらく歩けばエルラトラムの城壁が見えるはずだ。
「くっ!」
「どうしたの?」
「……なんでもない。先に進むぞ」
そういって彼は腹部を強く手で抑えていた。
「傷?」
「まだふさがっていなかったみたいでな。だが、大丈夫だ。まだ歩ける」
「仕方ないわね」
私はそう言ってブラドを背負った。
「な、なにを……」
「怪我をしているのなら先に言ってよね。私、人間じゃないんだから」
「……そうか」
「それに、人間と一緒に魔族領を出ようとしてるところを誰かに見られでもすれば私の命はないのよ? ここまで来たからには絶対に逃してあげる」
私は一気に丘の方へと走っていった。
歩く速度が遅いと思っていたのは怪我をしていたからのようだ。それならそうと言ってほしかったものだ。平原をゆっくりと歩くよりも私が背負って走ったほうがもっと早くエルラトラムにたどり着けたはずなのにね。
そう、心の内で文句を言いつつも私は彼を背負って丘を超えた。
こんにちは、結坂有です。
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