目指すべきもの
私は魔族としては異質だ。人や動物の血肉を食べず、野菜と呼ばれるものもほとんど食べていない。それは単に食べたいと思わないからだ。天界で私が喰らった女神は何の能力を司っていたのかはもう知りようがない。しかし、それと何か関係しているのだろうか。
今の私はまだ能力の発現が見られていない。ただ、食欲と言ったものはなぜか今の私には持っていないのだ。
多くの魔族は人間の血肉を食べることで強靭な肉体を形成している。それはそもそも魔族という存在が作られたのは天界で人間の血肉をもとに作られたからだ。そのため体を維持するためにも素材となった人間を食べるのは当然のことだ。例にもれず私も魔族として生まれた存在。普通であれば人間を食すことで自らの身体を維持しなければいけないはずなのだが、今のところ何かを食べたいと考えたり思ったりしたことは一切ない。
つまりは、私はもう魔族ではないということなのだろうか。
そんな事を考えながら、私は魔族の街を歩いていた。ここには人型の魔族が多く生息しているが、もちろん巨大でいびつな姿形をしている魔族だっている。カオスに近いこんな街を歩くのはいつまで経ってもなれないものだ。
「おっ、ルクラリズじゃねぇかっ」
そう声をかけてきたのは四本の腕を持った魔族だ。彼はなんども人間と戦ったことのある魔族の中でも特に戦うことが好きで、戦闘狂と呼ばれているアルディアンヌだ。
「なに?」
「ゼイガイアの演説、最後まで聞いたか?」
「ええ、でも途中で抜けてきたわ」
途中で嫌気が差して抜け出したとは言えない。彼の演説は多くの魔族が魅力に感じているはず、そんな中で私だけが批判的な考えを持っていると思われるのは避けたいところだ。
「お前、暇なんだろ? 最後まで聞けよな」
「あの演説を聞いている集団に巻き込まれたら死んじゃうからね。だから抜け出したのよ」
「……ほんと、神を喰らったってのに強い肉体が手に入らなかったのは残念だなぁ」
当然ながら、アルディアンヌの言っていることには同意する。私ももう少し強力な肉体を持っていればもう少し自由な生活ができたのかも知れない。人間とほとんど変わりのないこの体では不便で仕方ないのだ。
「まぁそんなことはいいや。あのゼイガイアの言ってた新時代が来たとすればお前はどうすんだ?」
「どうするって?」
「一応俺たちは上位種だろ? 夢があるってもんじゃねぇか」
「夢、ね。そういうあんたはあるの?」
私がそう聞いてみると彼は四本の腕を大きく広げて口を開いた。
「下位の連中と人間を戦わせてよ。それを娯楽として楽しむってのがいいな」
「……そう」
「当然だが、人間には聖剣を持たせねぇぜ?」
それだと完全に人間側が不利な気もする。とは言っても人間に権利などあるはずもないか。もし、新時代が来たら人間は魔族のために生きるただの道具になってしまうのだから。
「な? 楽しそうだろ?」
「私はそこまで戦いに興味はないから、面白そうだとは思わないわね」
「そうか? 面白いと思うんだがな……。それで、お前は?」
話をそらそうとしてみたのだが、無理だったようだ。
「そうね。強いて言うなら……綺麗な景色でも眺めたいわ」
必死で考えてみたのだが、新時代でやりたいことなんて特にない。ただ、人間領にある風景はこんな魔族によって作り変えられた景色とは全く違うのだろう。
そういった美しいものは見てみたいとは思う。
「景色? それなら俺と一緒だなっ」
「……人と魔族が戦っていない、普通の風景よ。戦闘狂のあんたと一緒にしないでほしいわ」
「へっ、まぁいいや。お前も夢があるってならそれを実現しろよな? せっかくの新時代なんだからよ」
どこまでも戦いが好きな彼の夢はどうやら人間と魔族との闘技場的なものを作ることのようだ。
「私のは新時代に入らなくても実現できそうだし、特に興味はないわ。それに新時代を作るには神樹を破壊する必要があるのよ。戦士なんだったら特に頑張らないとね」
「おうよっ。応援してくれよなっ」
「……ええ、期待してるわ」
私は別に新時代に興味はない。それに今の魔族に人間領にある神樹をすぐに破壊できるとも考えていない。ゼイガイアの言っている計画が予定通りに進めば、一年以内には制圧できそうではあるものの、不可能に近いと私は考えている。
私がそう伝えると彼は何故か楽しそうにまた集団のところへと戻っていった。
なんとも私とは全く違う考えを持っている彼とは本当に相性が悪い。
「はぁ」
そう私は大きくため息をついた。
「……ん?」
すると、裏路地に向かう人影が見えた。
薄暗くよく見えなかったが、人間と全く同じ見た目をした魔族はほとんどいない。おそらく、あの人影は先ほどゼイガイアが紹介していたマジアトーデなのだろうか。
もともと人間だった彼が魔族の街に来て一体何をしているのか、ほんの少しだけ気になった。
私は気配を潜めつつ、彼の後を追いかけることにした。
「……」
裏路地を進んでいくと街を抜けて、山の方へと向かっていった。この山には生気がなく、木々は枯れ果ててしまっている。
そんな枯木をかいくぐるように彼は進んでいくと洞窟のような場所に入っていった。
「自由過ぎるわね」
魔族となってしまったとはいえ、もともとは人間というわけだ。別に私はゼイガイアの手下と言うわけではないから何か口出しできる立場ではない。ただ、少しだけ違和感を覚えたのは確かだ。
それから私は少し遅れて洞窟の中へと入ってみることにした。
すると、洞窟の奥から別の気配を感じた。私はさらに細心の注意をはらいながらゆっくりと洞窟の奥へと進んでいく。
「……セシル、この世界は強い者と弱い者に分かれる。さて、人間はどっちの側だと思う?」
「そんなこと……」
「当然ながら、弱い者になる。それはお前ももう知っていることだろう。いつまで経っても自分は強くはなれない」
奥でどのような状況になっているのかはわからないが、そういった声が聞こえてきた。マジアトーデが誰かと話をしているようだ。会話からしてセシルという女性だろうか。
「……お前、本当に変わったんだな」
「ブラド、いつまで人間のままでいるつもりだ? 魔の力の適正があるというのに愚かなことだ」
「愚か者はどっちだ? 目先の力に惑わされ魔族の配下となったお前か? それとも人間として生きる俺たちか?」
もう一人いるようだ。そのブラドという男はどうやらマジアトーデと対等に話していると思われる。かつて人間のころに親しい仲だった人なのだろうか。
「強くなるためには古い体では限界が来る。魔の力はその限界を超えることができるのだ」
「全く馬鹿げているな」
「ブラド、お前は抵抗力が強いからな。後でじっくりやるとして、今はセシルにやるか」
マジアトーデがそう言うと小さな箱のようなものを取り出したのが薄っすらとだが見えた。
中から出てきたのは赤黒く不規則に蠢く肉塊だ。
私はあの正体についてはよく知らない。しかし、それが魔族の一部であるのは間違いないだろう。
「くっ、やるなら俺でやるべきだっ。セシルの体は疲弊しているはずだろ」
「……問題はない。彼女は俺と同じく魔の力との適正があるからな。それにこれは肉体の変化が少ない。多少疲弊していようが、全く問題はないはずだ」
「い、いや……」
「ただ、セシルが抵抗しなければの話だ。死にたくなければ俺の言うとおりにするべきだ」
私にはマジアトーデが何をしようとしているのか全くわからない。だが、ブラドとセシルという人は明らかに拒否しているように見える。人間である彼らが魔族になるのはそれほどに嫌なことなのだろう。
「いいか、これは進化のために必要なこと、お前を縛る鎖を解き放つものだ。これを食べるだけで、それだけで何もかも解放される」
「……」
「食べるんだ」
「…………」
「さぁ早くっ」
「……うぐっ!」
それ以降は聞くに堪えない音が洞窟を響かせた。
こんにちは、結坂有です。
連れ去られてしまったブラドとセシルですが、どうやら魔族領へと連れて行かれたようです。
そこでは恐ろしいことになっていましたね。
それでは次回もお楽しみに……
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