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私は魔族じゃない

 私、ルクラリズ・アーデクルトは上位種族の魔族だ。しかし、体の多くは人間の姿形をしている。そのため私以外の上位種族からは妙な目で見られることが多い。まぁ私自身はそこまで悪いとは思っていないのだけど。

 それは置いておいて、今魔族界ではとんでもないことが行われようとしている。


「次こそ、次こそ人間を駆逐しようではないかっ!」


 上位種を統率しているゼイガイアがそう叫ぶ。

 私はそれが一番の問題だと考えている。私は人類を駆逐してはいけないと考えている。もちろん、人類の味方をするわけではない。ただ、私の本能がなぜか人類を全滅させてはいけないと訴えかけている。


「「おおーっ!」」


 多くの上位種は人類と何度か戦ったことがあり、人類は弱いものと考えていた。下位の魔族を送りつけるだけでいずれ全滅すると……しかし、その考えは甘かった。

 聖剣生産国となったエルラトラムの異常なまでの魔族対抗力、その国が提供する聖騎士団なる存在。そして、なによりも小さき盾や剣聖と呼ばれる未知の存在が私たち魔族を驚愕させていた。

 上位の魔族で奇襲を行ったときも失敗に終わり、ヴェルガーと呼ばれる国を重点的に狙ったときも小さき盾と剣聖が暗躍したことで失敗に終わった。


「おかしい、人類は弱い存在なのに。どうして我々が負けなければいけないんだっ」


 そういってゼイガイアが一人の人間の男を片腕で掴み上げる。


「この脆弱な体に、弱い精神……」

「や、やめてくれ。殺さないでくれっ」


 その人間の弱々しくもはっきりとした声が響く。

 しかし、その要求は通るわけもなく、ゼイガイアの巨大な片腕の中で悶え苦しむ。


「ぁあがあぁあ!」

「人間の体など、片腕だけで破壊できる」


 彼は力を軽く込めると人間の男の上半身が消えた。聞きたくもない惨い音とともに。


「こんな連中に手こずる事自体がおかしい。聖剣? そんなものは子どもだましに過ぎないっ。我々の力を持ってすれば、神から奪ったこの力を持ってすれば人類など敵ではないっ」

「「おおーっ!」」


 確かにその考えは間違っていないだろう。私たち上位種の魔族は神を喰らったことで特殊過ぎる力を手に入れた。私自身もその神を喰らった存在ではあるが、私の場合はもっと特殊なのだ。


   〜〜〜


「私を……食べて」

「……」

「私を食べることで私の意志を……私の心を引き継いでっ」


 天界のころ、私の体は醜い魔族らしい体をしていた。

 私と同じ姿をした魔族は無数にいて、その数の暴力で当時千人ほどの神を蹂躙していた。その中でも美しい女神と呼べる神が私の目の前に倒れていた。

 血反吐に塗れながらも美しさを残していた彼女に私はそうせがまれていたのだ。


「お願い、私のことを信じて……」


 そして、私は彼女を喰らった。その時は理性などなくただ本能のままに彼女の体を食した。味なんて覚えていない。

 目が覚めると私の体は多くく変貌しており、その女神の体に近い見た目をしていた。赤と緑のオッドアイに、左頭部には巻かれた角が生えている。体や顔は人間と同じではあるが、この角に関して言えば魔族のそれと同じだ。


   〜〜〜


 水たまりに映った私の姿を見ながら、そんな過去のことを思い出した。

 容姿はその女神の姿に似ているとはいえ、彼女の意志が受け継がれたのかは自覚していない。だけど、なぜかあのゼイガイアの言っていることには違和感を覚える。いや、嫌悪感に近い。

 これがあの女神の意志なのだとしたら、私に理性と力を授けてくれた彼女の最後の願いを受け入れるべきだろう。


「そして、我々はついに完全なる仲間を作ることに成功した」


 そんな声が響く。ゼイガイアの声だ。それと同時に周囲の魔族もざわめき始める。

 その仲間という存在を私はもう知っている。


「紹介しよう。聖騎士団副団長として活躍していたマジアトーデだ」


 そう、今紹介されている彼は私たち魔族と交渉をしようとした人類だ。魔の力と適合している彼は魔族になることが可能だった。そのため、彼は快くそれを受け入れ、自身の体に魔の力を宿した。

 人間の見た目をしているが、彼はもう人間ではない。魔族そのものだ。いや、それよりももっと悪い。私には悪魔に見える。


「かつての名前を捨て、新たに魔族としての生を全うすることにしたマジアトーデだ」

「彼の体はすでに魔族も同然、人間などという脆弱な体ではない」


 魔の力は肉体の構造すら変化させる。見た目こそ人間ではあるものの、筋肉の性質や骨格の細かな形状が異なっている。より強靭な肉体へと変化していると言える。ただ、そんな肉体的変化などはどうでもいい。一番は魔の力を使いこなせるかどうかだ。

 マジアトーデは必死に鍛錬を続けていた。その魔の力を引き出そうと何年も……

 そして、今に至るというわけだ。


「だが、まだ朗報はある。魔の力に適合する人間は少なからず存在する。彼らを魔族として受け入れるべきではないか」


 そうゼイガイアが言った言葉に会場は一瞬だけ沈黙した。


「我々はこんな愚かな人類を……救済する。文字通り魔族へと進化し、新たな時代を作り上げようではないかっ」


 彼の言う新たな時代、それは魔族が人間を使役するという時代だ。構造としてはシンプルで頂点にいるのが上位種の魔族、その下が下位種などの魔族、そして最下層にいるのが人間だ。

 魔族になれなかった下層の人間には一定の地域で自由に生息してもらい、そこから搾取を行う。上位種や下位種の魔族の()()()()()としてだ。もちろん、娯楽などに使ってもいい。つまりは人間を利用し、魔族のための世界を作ろうとしているのだ。


「新時代への道のりはもうすぐ、エルラトラムに存在する神樹を切り倒せば全ては終わる。この世界が我々の楽園へと生まれ変わるのだっ」

「「おおーっ!!」」


 先ほどよりも強い声が響く。

 ゼイガイアの掲げる新時代を知っている者たちからすれば魔族の勝利宣言とも言える言葉に聞こえたことだろう。


「そして、そのエルラトラムを壊滅させるために人間を利用するっ。これは、この作戦は魔族を勝利へと導くことだろうっ」


 そう彼が言ったことでこの演説は終わった。

 確かに人間を食べなければ生きていけない魔族も少なからずいる。そして、子孫を残すためにも人間を利用する魔族も……

 だが、私はどうだろうか。私は人間を利用しなくても生きていける。子孫を残せるかどうかはわからないが、おそらくは大丈夫なはずだ。多分、私とて人間として生きていける。


「見える、見えるぞ。お前の心が……」

「っ!」


 考え過ぎていたために周囲を見ていなかった。

 私の目の前には盲目の魔族がいた。彼は目が見えない代わりに心が見える。私の心を見透かされてしまったのだろうか。

 まずい、先ほど考えていたことは人間として生きていけると思っていた。


「気にすることはない。わしじゃて老いぼれの身じゃ。誰がなんと思おうがわしには関係ない」

「……上に報告しないの」

「ほっほっ、そんなことはするわけがなかろう。魔族は自由に生きるべきとゼイガイアは言っておった。お前がどんな思想を持っていようが自由と言えるだろう」


 確かに随分昔にそのようなことを言っていた気がする。新時代について説明していたときだっただろうか。

 どちらにしろ目の前にいる盲目の魔族は上に報告しないのだそうだ。


「それならよかったわ」

「じゃが、一つ忠告じゃよ。お前がどう考えているのかは深くまで知らないが、信じた道は本気で挑むことじゃ」

「……ええ、わかったわ」

「こんな老いぼれの、明日にでも死にそうなわしの言葉じゃ。深く考えすぎないことじゃよ」


 そういって盲目の魔族は私の真横を通り過ぎて歩いていった。

 彼は肉体的にかなり年老いている。私やゼイガイアと同じ年なのにどうしてだろうか。そういえば、彼は私と同じく人間の血肉を食べていないなんて噂を聞いたことがある。

 もしかすると、そのせいなのだろうか。

 私はあの女神のおかげもあって美貌や若さを保てているのかもしれないが、彼はそうではないようだ。

 まぁそんなことは今考えるだけ無駄か。


「おいっ、ルクラリズっ」

「何?」


 しばらく歩いていくとまた声をかけられた。


「あんたもゼイガイアの演説を聞いていたのか?」

「当然でしょ。この世界では幹部の演説を聞くか、人間と戯れるかの二択しかないわ」

「それが自由だってことだろ? まぁいい、そんなことよりゼイガイアの言っていたこと、どう思ってんだ?」


 この魔族は何が言いたいのだろうか。

 ここで私がゼイガイアに否定的な意見を言えばきっとこいつからも妙な目を向けられることになる。私はこの容姿のせいで魔族界ではかなり目立っている。悪い噂は今のところ流したくないものだ。


「もし彼の言っている新時代が訪れるのなら確かに魔族は安寧の日々を送れるでしょうね」

「やっぱあんたもそう思うよなっ」


 私は否定するわけでも肯定するわけでもなくただ事実を述べただけだ。


「あなた自身はどう思ってるの?」

「あ? 俺か? もちろんゼイガイアに賛同するぜ? 楽しい日々になるのは目に見えてるのによ」


 彼はそう楽観的に物事を捉えているようだ。しかし、それは彼にとっても多くの魔族にとっても危険な考えだと言える。私にはゼイガイアの言っていることは上辺だけではないだろうかとも思っているからだ。


「そう、夢を見る前に死なないことね」

「バカ、俺が人間に負けるとでも思ってんのか?」

「少なくとも、私は人間は強いと思っているわ。ゼイガイアのいう新時代はそう遠くない未来に実現すると思うけれど、私たちもかなりの覚悟が必要ってことでもあるのよ」


 私がそう説明すると彼は大きくうなずいてから口を開いた。


「よしっ、覚悟が必要なんだな? よく理解したぜ」

「……気軽に考えるのは良いことだと思うわ」

「そうかっ、新時代に向けて突っ走るぜっ!」


 そう言ってあいつは暑苦しく走り抜けていった。

 そんな彼を見て、私はふと思った。


 私は魔族じゃない……

こんにちは、結坂有です。


一日遅れの更新となり、これからは更新時間は朝方に変更となります。


どうでしたでしょうか。新章では新たな協力者が現れるみたいですね。

それでは次回もお楽しみに……



評価やブクマもしてくれると嬉しいです。

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